土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『攻殻機動隊 ARISE』#01「Ghost Pain」の感想。

「ゼロ歳児の全身義体だってのか!?」
「わたしには肉体の記憶そのものがない。だからこれは、偽の記憶によって生じたゴーストの痛みってとこかしら。」
『攻殻機動隊 ARISE』#01「Ghost Pain」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。





 とにかく、実写映画の『ビューティフル・マインド』が思い起こされる。存在しないはずの人物を見てしまう幻覚も、部屋に落書きされた乱雑で無秩序な文字列も、統合失調症の人物の目線から見据えた一人称的な物語の構造も、両者に一致する点として指摘できる。ひとつの作品としては見応えのある充実した内容となっているように思うが、これを「攻殻機動隊」というタイトルのもとに行う必然性があまり感じられない。ゴーストの囁きを感じているとは思えないほど察しが悪く青臭い草薙素子、G.I.S.やS.A.C.で見られた表現や設定の記号的な流用、ご都合主義的な物語の展開によるリアリティーの喪失など、攻殻機動隊と銘打つにはちぐはぐな印象を受ける内容が目立つ。単なる統合失調症の症状を疑似記憶という如何にも電脳っぽい名前に言い換えただけなのではないだろうか。羊頭狗肉。もはや様々な要素を継ぎ接ぎしたキメラのようであり、作品そのものが統合失調症に陥っているかのように感じられてならない。

■一人称的な物語の視点

 基本的には草薙素子の一人称的な視点を通して物語が描かれる。ただ、草薙素子がファイヤースターターに感染して幻覚を見ているため、その視点を通して見ている視聴者としては幻覚が真実であるかのように映ることもあり、どこかトリッキーな仕組みであるように感じられる。最終的には荒巻たちの分析や暗躍するクルツたちの意図やロジコマの視線を介することで物語の視点に三人称的な客観性が生まれ、そこで初めて事態の全容を俯瞰することができる。

「ひとつ。消えた金の行方は、草薙三佐、貴官の口座だった。ふたつ、墓地で貴官が自走地雷を撃った際の弾丸は、マムロ中佐を殺害したものと一致した。」
「七日前、市内で娼婦が射殺された。弾丸はマムロ中佐を殺したものと一致。中佐は被害者と会っていて、娼婦仲間に拠れば、客の誰かについて質問していたと。」
「七日前、俺の同僚だったレンジャー隊員が家族ごと自走地雷で殺された。そいつも、死んだ中佐と連絡を取り合っていた。で、地雷のルートを追ったところ、こちらの三佐につながった。ちなみに、三佐が言うには、帰国は三日前らしいが、入国管理記録じゃぁ七日前だ。」
「グループが使うはずだった三つの地雷は、公安が墓地で掘り返したのと同型だ。ひとつは墓に埋められ、ひとつがレンジャーを殺したとして、残りひとつの行方がわからん。」
「現時点ですべての線が貴官のマムロ中佐殺害と金の強奪を示している。」
『攻殻機動隊 ARISE』#01「Ghost Pain」より

 トリッキーな仕組みが作品の面白さにもつながるし、草薙素子の感覚を追体験することによってファイヤースターター感染の感覚を疑似体験するかのような仕組みも併せ持っていて面白い。ただ、あまりに主観的に描かれているだけに、視聴者としては何が作品世界で実際に起こっている事象なのか判然としない部分が出てきてしまう。基本的にモノローグや主観表現は視聴者にとって真実と受け止められるべき表現であって、それを作品の後半で覆すことになるからややこしくなる。

「何が現実なの!?何が真実なの!?」
『攻殻機動隊 ARISE』#01「Ghost Pain」より

 後半で草薙素子が困惑のあまりに発した一言だが、これは視聴者の感覚を代弁したかのようなセリフでもある。これまで一人称的に物語を進めて来た上は、主観たる草薙素子にこれを言わせた場合、作中における表現の何を信用していいのか不安になってしまう。トリッキーで面白いからいいとは思うけど、ちょっとズルいような感じ。疑似記憶という単語で括れば確かに電脳的にはなるけれども、あれほど主観的に描写してしまっては、単なる統合失調症の人物の視点に拠った作品という感じに受け止められてしまう。

■青臭い草薙素子

 もう草薙素子が青臭くって青臭くって仕方なかった。別にキャラクター設定を改めることは何も問題はない。士郎正宗の原作、押井守の劇場版、神山健治のテレビシリーズ、どれを取っても三者三様の草薙素子が登場していた。しかし、今回の草薙素子はどうしようもなく気持ち悪い。左利きのキャッチャーミットが存在しそうで存在しないことの暗喩であることと同じように、青臭い草薙素子というのも可能性としては有り得るだろうけど、存在しないはずの人格のように思えてしまう。
 これまでの草薙素子は、凄腕ニートで厭世家で好奇心旺盛な原作の人格と、達観しているかのような視点から世の中を客観的に見つめる劇場版やテレビシリーズの人格など、とにかくクールでリアリストでセクシーでペシミスティックな点は基本的に共通しているように感じる。それに対して、今回は青臭く感情的で客観的に自分自身を捕える描写のない稚拙さの感じられる人格だった。まるで今までの草薙素子像とは正反対のようでもあり、今までの草薙素子という人格を想定しながら見てしまうと、あまりの不協和音に耐えられなくなりそうな感じもする。同じ草薙素子という名前で括るには、ちょっと違和感ありまくり。
 具体的に言えば、ウィザード級の能力を見せる場面がほとんどなく、あっけなくファイヤースターターに感染するところからしても、かっこよくない。せいぜい、ウィザード級っぽかった場面はバトーやライゾウの眼を奪うことくらいじゃなかっただろうか。パズに一度でも後ろを取られる草薙素子っていうのもなんだかクールじゃないし、本当にゴーストが宿っているんだろうかって思うほど察しは悪いし、電脳化していながら幻覚を見るというバグを抱えている時点でメンテナンスすべきなのに意地を張って異常はないとか言っちゃうし、もう草薙素子とは思えない場面ばっかり。
 新鮮だし、青臭さの中に今後の成長に向けた期待を抱くこともできる。なんだけど、やっぱり草薙素子の基本的な部分は変えちゃうと看板がなくなっちゃった感じがしてしまう。これじゃ、草薙素子である必要性がない。

■リアリティーの喪失

 全体的にシビアさに欠けるというか、リアリティーを感じない場面が多く見受けられた。
 たとえば、空港の入管で「所属の部隊からです」って言われたときに、素直に草薙素子が自分の電脳とつないじゃうあたり「大丈夫なのか?」って心配になってしまう。マムロ中佐の墓場で荒巻たちに拳銃を向ける場面でも、令状も上司の指示もなく動いていて大丈夫なのかと不安になる。また、第六演習場からパズに護送されて来たときも、草薙素子を容疑者として扱っている割には、彼女が暴れたり逃走したりすることを想定しているとは思えない荒巻たちの対応だったのも相当の不思議だった。草薙素子が暴れ出したら、あんな装備や配置じゃ手に負えなくなるんじゃない?第六演習場の監視カメラに草薙素子が映っていたからと言って乗り込んでくる軍部も変な感じ。だって、義体化の進んでいる当時からすれば、草薙素子と同型の義体である可能性だってあるわけだし、監視カメラの映像の持つ証拠能力がそれほど高くないという認識があってもおかしくないように感じられる。そもそも、草薙素子が安直に死体の電脳に接続することからして違和感を感じる。S.A.C.のS.S.S.で死亡が電脳内の情報の意味消失につながる描写がなされている以上、死者の電脳につながる行為になんの意味があるのか疑問に思わないわけではない。加えて、機密情報たっぷりであろうマムロ中佐の電脳をそのまま埋葬しているというのも、どこか安直が過ぎるように感じられてしまう。第一、国防副大臣を襲撃した場面って、あれはテロでしょ!!公正の組織に入るような人間がやっちゃダメじゃん。
 もしかしたら、時代設定の問題があるのかもしれない。今回のARISEは攻殻機動隊の結成前の物語であるわけだから、シリーズすべてを通して見ても、今までに描かれたことのない時代を舞台としていることになる。したがって、あるいは電脳や義体の技術が従来のシリーズ作品に比べて進んでいない場合も想定されるし、それを前提とした社会通念も成立していないかもしれない。当然、身代わり防壁といった存在もないかもしれない。草薙素子の人格にしても同様であり、彼女の青臭さや稚拙さも時代のためかもしれない。しかし、今のところ、これらの想定を実感するような描写が見られないのも難点と言える。

■タイトルへの疑問

 タイトルにG.I.S.と銘打っているからには、この作品がS.A.C.の系統を継ぐのではなく、士郎正宗の原作ないしは押井守の劇場版の流れを汲むものと理解してもいいのかもしれない。そうでないならば、敢えてG.I.S.という既に匂いの付いているタイトルを引っ張り出したりしないだろう。第四の攻殻と言うのであれば、それなりの副題を付けてもおかしくない。しかしながら、どうにも釈然としない感覚がある。あんまりG.I.S.っぽくない。
 いや、確かにG.I.S.へのオマージュはあちこちに見られた。街中にあふれる看板(それにしては少なかったけど…)、疑似記憶の話はゴミ清掃員の話を元ネタとしているものだし、義体が国の所有物であるっていう考え方も今までの作品と共通しているものだった。ただ、それと同じくらいS.A.C.へのオマージュも多い。あれほど正義漢っぷりを発揮している荒巻の人物像は明らかにS.A.C.由来のものだし、事件の背後で暗躍する権力者を引きずり出そうとするのもS.A.C.の匂いを感じる。とにかく、G.I.S.にしてもS.A.C.にしても、今までの攻殻シリーズを彷彿とさせるようなオマージュっぽい表現はあちこちに見られた。見られたんだけど、その設定が物語に対して有機的に働いていたかと言えば、そんな感じはしなかった。どれも記号的に継ぎ接ぎした感が否めない。それゆえのリアリティーの喪失だったようにも思える。



 すごく肉感的な作画だったし、極めてセリフも少ないながら映像で表現しようっていう感じはして良かったと思う。あの草薙素子の主観を前面に押し出した、不安や違和感を煽るような映像と音楽の独特の雰囲気は見応えのあるものだったと思う。ただ、草薙素子の人格が継承されていない点にしても、記号的なオマージュの羅列にしても、やはり「攻殻機動隊」というタイトルでやるべき作品ではなかったようにも思う。攻殻機動隊の前史を垣間見るのであれば『神霊狩』でタチコマの原型となるAIは登場していたし、あるいは『RD潜脳調査室』を見れば士郎正宗の考える近未来に少し触れることはできるだろうと思う。なんだろう、冲方さんの描くSF作品に攻殻っぽい記号を張り合わせたような作品だったような気がする。攻殻のタイトルを背負わずとも、好きに作品を作っちゃえば良かったようにも思うけど、そうも行かないのが現実ってことなんだろうか。。。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2013/09/07(土) 03:25:03|
  2. ARISE
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  4. | コメント:1

コメント

こんにちは、「ゲームやアニメについてぼそぼそと語る人」の総責任者のピッコロでございます。いつもお世話になっております。記事とは関係のないコメントで大変失礼いたします。


お忙しい中、当ブログのアニメ評価企画に参加して頂き本当にありがとうございました。大変遅くなって申し訳ありませんが、アニメ評価企画20回目のの最終結果は、現在当ブログにて現在掲載中でございますのでよろしければご覧になって下さいませ。

評価企画20の最終集計結果↓
http://picoro106.blog39.fc2.com/blog-entry-6937.html

そして大変遅くなりましたが、今回も「今期終了アニメ(6月終了アニメ)を評価してみないかい?21」と題しまして、新たに評価企画を立ち上げましたので参加のお誘いに参りました。また、この企画に賛同して頂けるのであれば、参加して下さいませ。

なお、投票方法等についての詳しい事は以下の記事に書いておりますのでご覧ください↓
http://picoro106.blog39.fc2.com/blog-entry-7046.html

なお、最終的な締め切りは9月30日(月)までになっておりますのでよろしくお願いいたします。
  1. 2013/09/15(日) 09:21:13 |
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