土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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トカゲ野郎の「土星蜥蜴」発言―『機動戦艦ナデシコ』による画期―

「宇宙をめぐる大螺旋、ヒサゴプラン。そのうち四つのコロニーが連続して破壊されました。四つです!何のために!誰が!これは断じて許されない!」
「今度は土星蜥蜴なんてのは、なしですぞ。」
「うっ、何だ。それはどういう意味だ!」
「さる筋に拠れば、某国の陰謀という説もあるが?」
「だっ、黙れトカゲ野郎!それはこっちの言うことだ!」
「何っ!表に出ろっ!!」
『機動戦艦ナデシコ 劇場版 ThePrince of Darkness』より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 宇宙を舞台にしたアニメは数多く作られてきています。古くは『宇宙戦艦ヤマト』(1974)や『機動戦士ガンダム』(1979)が有名なものとして挙げられますが、それ以前にも宇宙アニメは多く作られていたようです。まだガンダムを遡って見たことはないので、ここからは「アニメ新世紀宣言」(1981)以降における宇宙アニメを対象にして考察を進めたいと思います。
 なぜここで宇宙アニメを取り上げるかというと、それは今なお連綿として宇宙アニメが作られ続けていることに加え、他のジャンルに比べて前作との関連性や影響関係が強いように感じられるからです。たとえば、『機動戦艦ナデシコ』(1996)はヤマトの「戦艦」とガンダムの「機動」を合わせてタイトルに取り入れており、その内容も両作を踏まえたものとなっています。また、ナデシコに登場する「ゲキ・ガンガー3」という劇中劇は明らかにスーパーロボットアニメを意識したものとなっています。他にも、『超時空要塞マクロス』(1982)や『トップをねらえ!』(1988)は宇宙アニメの先蹤として強い存在感を示しています。
 しかし、それぞれ同じく「宇宙」を舞台としている反面、その作品の目指している世界観や精神性・思想性は大きく異なっています。したがって、宇宙アニメを比較することによって、それぞれの作られた時代ごとの文化的志向性や思想の移り変わりを読み取ることができるのではないかと考えています。「宇宙」という虚構性を多分に含んだ共同幻想空間ないしは実験領域を舞台にどのような世界観が展開されるのか、その推移や変遷を辿ることをひとつの視点として、各時代の潮流の反映を垣間見たいと思います。以上、例言。



『機動戦艦ナデシコ 劇場版 ThePrince of Darkness』1998年公開

 実は、「土星蜥蜴」という表現の意味合いを考えるには、まず「木星蜥蜴」のことを考えなければなりません。木星蜥蜴とは、劇場版の前にTV放映されている本編に登場するもので、簡単に言えば「宇宙からの侵略者」のことを指します。
 作品の冒頭では木星蜥蜴と呼ばれる「ジョロ」や「バッタ」といった無人機械兵器によって地球が侵略されている様子が描かれます。木星蜥蜴はすでに地球人の入植していた火星を占領しており、その火星には今なお地球人が取り残されていました。そこで、民間のネルガルという企業が開発した戦艦ナデシコは木星蜥蜴によって奪われた火星を取り戻すべく地球を離れることになります。
 そもそも、主人公であるテンカワ・アキトは火星に入植した地球人の生き残りであり、両親を火星会戦にて失っています。その経験から戦うことに対して少なからずトラウマを抱いており、人が死ぬことに対しても極度の抵抗を見せることがあります。そのため、作品の序盤では相手が「無人」の兵器であるからこそ、木星蜥蜴を倒すためにエステバリスに搭乗することができていました。ナデシコに搭乗したのも火星に取り残された人々を救出できるという大義と火星に帰郷できるという期待に拠るものでした。このように、特に優れた能力や資質を持つわけでもない人物が主人公として活躍する、いわば「ヒーローではない主人公」「ヒーローになりきれない主人公」「くよくよして、かっこよくない主人公」はガンダムのアムロ・レイや『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)の碇シンジ以来の設定と言えます。ただし、アムロ・レイはニュータイプという特殊能力を持っているわけですから、やはり碇シンジを初出として考えるべきでしょう。
 このような、地球外生命体が地球を侵略するという図式は『トップをねらえ!』にも見られる設定です。(注1)その場合には宇宙生物は「人間」ではない「正体不明」の敵であり、その敵を倒すことは地球を守ることに通じるという大義が主人公には与えられます。
 しかし、物語が進むにつれて、木星蜥蜴がかつて地球・月・火星を追い出された地球人であったことが判明します。その木星に追いやられた地球人が「木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体」(通称、木連)という組織によって、地球を侵略していたのです。すると、ナデシコのクルーの間で共有されていた戦いの「正義」に揺らぎが生まれ、相手が自分達と同じ「人間」であり、相手にも相手なりの「正義」があることに気付きます。(注2)従来は「桃太郎」型の勧善懲悪による正義を実行することが主流であり、そのような中では、敵は「倒されるべき」存在として無条件に「悪」として位置付けられます。しかし、相手も人間であるとわかった上では、お互いに「正義」を有しているため勧善懲悪の大義はたてられません。その点、人間同士の戦いを描いた部分はガンダムからの影響を多く受けているものと考えられます。むしろ、従来の勧善懲悪型アニメからガンダムのような人間同士の戦いを描くアニメへと移り変わった様相を、ナデシコがアニメの物語上で再構築してみせたとも受け取れます。
 それは、「ゲキ・ガンガー3」のパイロットが「地球の自然を、緑の地球を、俺達が守る!」と言うように地球全体の大衆の間で共有される「統一された正義」を強調する一方、ホシノ・ルリが「正義は人の数だけありました。」と従来の「正義」を否定するセリフを言うところに象徴的に表れています。また、テンカワ・アキトが相手を「木星人」として自分と同じ「人間」であると認識した上で、「ナデシコは俺が守る!」「これはもう、僕達の戦争なんだよ!」と戦いに自分なりの意義を見出したところにも表れています。つまり、ここで「みんなの戦争」から「僕達の戦争」へと移り変わったと捉えることができます。これらの対立した図式が劇中劇の「ゲキ・ガンガー3」と本編とが同時進行する中で展開されており、その皮肉めいた構成は宇宙アニメ・ロボットアニメの推移を見つめたものとして高い評価を受けるべきではないでしょうか。
 従来は大衆に共有される「統一された正義」によって「悪」の侵略者を打ち倒すことをひとつの「世界」としてアニメに取り入れられてきました。それは「みんなのため」の戦いであって、その「正義」は誰しもが共有できるものでした。しかし、相手も同じ人間である場合には「みんなのため」という道理が通用しなくなります。戦う相手も人間であるからには相手にも何かしら目的や考えがあり、それを否定するには「みんなのため」という大義を捨てなければなりません。そこで、テンカワ・アキトは「僕達の戦争なんだよ」と戦争と自分のかかわりを主体的に示し、ホシノ・ルリが言うように「正義は人の数だけある」ことを認めることになります。したがって、「木星蜥蜴」という言葉には「悪」たる侵略者の意味合いが表象される反面、同時に認められるべき「正義」をもって行動する「人間」であることもその意味合いに内包されます。
 ここまで、「木星蜥蜴」について説明と考察を進めましたが、最後に本題である「土星蜥蜴」のことを考えて話を結びたいと思います。土星蜥蜴とは「第二の木星蜥蜴」と考えても間違いはありません。
 話は地球と木連との火星極冠遺跡をめぐる戦争が終結して互いに和平を結んだ後、第八番ターミナルコロニー「シラヒメ」がテロリストによって爆破された場面からはじまります。そこで、誰が爆破を行ったのかという議論を行っているところで、「土星蜥蜴」の名前が登場します。当然のこととして木星蜥蜴を踏まえた表現であることは明らかなのですが、今回はその実態がありません。人間ではない地球外生命体が行ったのかテロリストが行ったのかは不明の段階であり、その社会に害悪を為す行為から「蜥蜴」が発想されたものと考えられます。そこで、どこかの国が蜥蜴かこつけてテロを行っている可能性が想定されることになります。そうすれば、一連のテロ行為を「悪の蜥蜴」の仕業と一括りに摘出することができ、自身は「正義」の立場に立つことができます。だからこそ、社会にとって許されない行為を行ったテロリストを「悪の蜥蜴」として自らの「正義」を主張しようとする主張を牽制するために、「今度は土星蜥蜴なんてのは、なしですぞ」と揶揄するのです。言い換えれば、「土星蜥蜴」とは「実態はないが、既存の社会に害悪を為す悪として排除の対象となる一方、自身の信じる正義によって行動を起こす人々」と理解することができ、その存在は「未知の生命体」と「人間」という相反する属性を併せ持ったものと考えられます。土星蜥蜴という言葉には、このような重層的な意味合いを読み取ることができると言えるでしょう。最後に、テロを起こした「火星の後継者」の首領である草壁春樹元木連中将の演説を引用して、結びにかえます。

「これは明らかに宇宙規模の叛乱である。地球連合憲章の見地からみれば、まさしく平和に対する脅威である。我々は悪である。しかし、時空転移は新たなる世界、新たなる秩序の幕開けだ!さぁ、勇者たちを導け!」

脚注
1、他にも『ヴァンドレッド』(2000)や『無限のリヴァイアス』(1999)にも宇宙生物をモチーフにしたものが登場します。また、『マクロスフロンティア』(2008)でも宇宙から侵略を行うのは「バジュラ」という昆虫を模した宇宙生物になっています。
2、「正義」や「正義の味方」の概念規定に関しては、『鉄のラインバレル』(2008)に興味深い内容が見られます。
  1. 2009/04/12(日) 23:02:08|
  2. アニメ研究
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