土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『コードギアス 反逆のルルーシュ』#07「コーネリアを撃て」の感想。

「死んでおる。お前は生まれたときから死んでおるのだ。身に纏ったその服は誰が与えた?家も食事も命すらも、すべてわしが与えたもの。つまり、お前は生きたことが一度もないのだ。しかるに、なんたる愚かしさ!!ルルーシュよ、死んでおるお前に権利などない。ナナリーとともに日本へ渡れ。皇子と皇女ならば、よい取り引き材料だ。」
『コードギアス 反逆のルルーシュ』#07「コーネリアを撃て」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 ジャム入りの「おにぎり」っておいしいんでしょうか。。試すことすら躊躇われますwそもそも、ごはんにマヨネーズを和えることさえ忌み嫌っているので、ジャムなんて論外です…。前半部では前回までの流れを汲んでか学園でのふんわりした雰囲気を残しつつ、中盤からはゼロとしてのシビアな活動へと展開させました。う~ん、主人公が敗戦を喫して屈辱を味わう展開ってのもなかなかいいですねwルルーシュは確かにギアスという特殊な能力を手に入れてヒーローとしての資格を得たわけですが、一方では何かヒーローとして特別な立場にあるわけではありません。日本へ流罪になるし、母親のマリアンヌは殺されたことになってるし、今回の戦闘では敗けてしまって実力の差が露呈するし、どうにも出発点は「ゼロ」というより「マイナス」から始まってるような…。そう考えると、本作は最初からヒーローとしてルルーシュを登場させたわけではなく、ルルーシュがヒーローになるまでの過程を描いた作品として見ることもできるんでしょうね。

■ゼロの行為はテロなのか戦争なのか

 いや、本人は「戦争」だって言ってましたよね。しかも、「テロではない」と明らかにテロを意識してそれを否定していますから、自身の行為が反逆ではないとの認識に立った見解と見られます。ルルーシュは自分なりに自己の正当性を見出しているようです。けど、客観的には今のところ「テロ」って呼ばれても仕方ないよねwだって、「反体制」なんだもん。ルルーシュの望む世界を「正しい」とされる方法によって実現させるなら、スザクの取った方法こそ本来ならルルーシュが取るべき道なんでしょう。ブリタニアの政治システムがどんな感じなのか知りませんが、ルルーシュも高校を卒業してから順当に社会に身を投じたならば、貴族という立場もあり、それなりに結果を導くこともできたはずです。ギアスを使えば、なおさら望ましい結果につなぐこともできるでしょう。
 でも、ルルーシュが言いたいのは既存社会を内側から変えることではない。彼は既存社会そのもののシステムに嫌悪感を持っていて、否定しようとしているわけです。だから、内側から変えるように既存社会を認めた上での方法なんて認めたくなかったんでしょうか。

「ブリタニアの破壊と母殺しの犯人を見つけること、お前はどっちが大事なんだ?」
「同じだよ、その二つは…。ブリタニアの皇族は、次の皇帝の座をめぐって常に争っている。いや、争わされているんだ、あの男に。」
「しかし、それがブリタニアの強さでもある。そうして勝ち残った、最も優秀な人間が次の皇帝になるのだから。」
「そうだ。弱者はすべてを失い這い蹲る。ブリタニアってのは、そういう国だ。そういう世界だ。」
「弱肉強食は原初のルールだ。」
「だとしたら、ナナリーはどうなる?弱いから諦めなくてはならないのか。俺だけは絶対に認めない!そんな世界は、俺が消し去って…」

 彼は「ブリタニア」という思想体系・秩序体系そのものの破壊を望んでいます。母が殺されたことも遠因としてはブリタニアの「争う」という秩序がもたらした不幸であるとも考えられますから、どちらも「同じ」目的になるんでしょうか。そして、ルルーシュは「弱者はすべてを失い這い蹲る」社会や「弱いから諦めなくてはならない」社会というのを否定します。そもそも、ルルーシュ自身も先に触れたように弱者からスタートするわけで、動機としては十分。ですから、秩序の内側から変革を望むことは耐え難い屈辱を伴うはずです。飼い殺しみたい…ちょっと違うかな。。問題はルルーシュのように既存社会の秩序から逸脱したような存在や排除された存在が、どのように主体性に根ざした十全たる生活を社会の中で送り得るのかということです。社会に従属するならある程度の生活も許容されるのでしょうけど、そもそも一般社会の秩序体系から排除されるような人々は「従属」という行為に抵抗がある。そもそも、排除された人間の主体性を否定しない限り、既存社会の秩序への従属は不可能なわけです。そうなると、自己否定という屈辱を乗り越えなければ社会への適応を図ることは難しい。秩序体系への従属を前提として「正義」や「大義」を語るような社会はちょっと卑怯に思います。まぁ、こう考えればルルーシュの正当性というのも少しは確保できるのかな?ww
 と、いうことで。客観的にというか体制側からしてみれば、ルルーシュは反体制のテロ活動を行っていることになる。でも、今回のサイタマゲットー包囲作戦はテロと何が違うんでしょうか。作戦区域内に居住している人物たちを何ら具体的に審議することなく断罪している行為は、明らかな虐殺であり国家による暴力です。ルルーシュも同様に敵側とは言え、その戦闘行為の一翼を担っています。従って、戦闘行為そのものはどちらも同様なわけで、違っていることと言えば体制であるか反体制であるかという点しか見当たりません。コーネリアは体制側だからこそ、今回の戦闘行為に正当性を確保することができているんです。決して、行為そのものに正当性があるわけではない。
 思い起こされるのは、攻殻で合田一人が言っていたセリフです。「結果が手段を正当化する。これは、テロリストにも、民主国家にも通用する理論だ。」と、彼は申しておりますが、いわゆる「勝てば官軍」ってやつですね。体制側になってしまえば、すべての行為は「体制」という権力のもとに正当化される。言い換えれば、テロという概念規定でさえも体制によるエゴでしかないということになります。確かに、テロ行為で勝ち得た権力というのは同じくテロによって覆される論理を内包してしまい不安定です。ただ、やはりテロの定義が体制による一方的な見方によるものであるとの認識に立てば、そもそも先の論理は破綻してしまいます。要は、体制を覆そうとする行為はすべてテロとみなされるんですから、どんな権力の交代だってテロだってことになっちゃう。こういった矛盾はルルーシュの行為がテロそのものでありながら、自身は「戦争」だと主張している状況によく表されていると思います。
 不思議なのは、コードギアスでは「革命」という概念を使っていないことなんですよね。今のところ「革命」というキーワードは出てきてないし、何回か見たけど記憶の中で「革命」という言葉が使われた場面が蘇って来ない。。不思議だ。。。ルルーシュの目的は達成されていますから革命だと言ってもいいんじゃないのかな?何か意図があって使っていないんでしょうか。。

■既存社会への抵抗

 まぁ、長々と語ったところで、テロだか戦争だかなんて論議はどうでもいい。。wこの作品が訴えかけているものは主体性を否定するような社会への反発と既存社会に従属することの批判だと思います。っていうか、こんな内容を夕方のお茶の間に届けてる行為こそテロ行為と言ってもいいんじゃないのかな?wみんなスルーしてるのか、気付いていないのか知らないけど。

「俺は、お前に会うまでずっと死んでいた。無力な屍のくせに、生きてるって嘘をついて。何もしない人生なんて、ただ生きているだけの命なんて、緩やかな死と同じだ。また昔みたいになるくらいなら…。」
「待て!…確かに意味はないな、そんな命なんて…。」

 ルルーシュは自己の生い立ちを抱えながら、それを隠して社会に対して従順に生きてきたと説明します。だからこそ、「無力な屍」と言っている。彼は「何もしない人生」だなんて言ってますけど、生徒会活動やら学園での生活やらナナリーとの平穏な生活やら、「何もしない」わけがありません。だけど、ルルーシュ自身は「何もしない」と言っている。この矛盾をどう解消すると言うのでしょうか。彼の認識の上では自分が送っている今の日常は「何もしない」部類に入るようで、それは「緩やかな死」と同じだと語っています。なんていうか、ゼロの仮面が皮肉ですよね。。仮面を付けていない「ルルーシュ」としての顔のほうが彼としては「仮面」と同義なんでしょう。ゼロの仮面を付けることが彼の本性を表に出すことになるとは、なんたる皮肉ww主体的に自身の考えに従って行動すると社会から排除されるために、それを隠して適応を図る。でも、そこには「緩やかな死」しか待っていないと彼は考えるんですね。
 よく 「社会秩序の外側にいる人間が社会を批判する資格はない」なんて論理が通行しますけど、これって先も言ったように卑怯にしか思えない…。なんだか、こんなこと書いていると、圧倒的なマイノリティーを感じますwwもとい、社会秩序に従うことは本人の主体性を少なからず損なうわけだから、真に個人の意志を尊重する態度としては不適切でしょう。それに、なんだか権威主義の匂いもしますw
 グローバリゼーションは同一の秩序体系のもとに世界を統括しようという思想を背景に抱えているようですが、そこで否定される個々の文化や言語の多いこと多いこと。なんというか、こういった発想って、何も世界的な縁遠い規模で展開されているんじゃなくって、ごくごく身近なところにも思想的には忍び寄ってきているように思います。コードギアスもそういった現状への批判を含んでいるのでは、っていう見方は偏っているのかな?ちょっと自分で書いてて不安wwそういった既存社会への反発って意味では『東のエデン』で少しく取り上げられていましたね。



 今回はきな臭い話になっちゃったwもっとテキトーに気楽にいきたいなぁwwこんなこと考えていると、萌えアニメや商業アニメが隆盛を誇る昨今、日本は平和だなぁと実感します。平和ボケには平和ツッコミを入れなければ…wそれにしても、すぐにナイフを出すカレンが怖かった…w次回はとうとう黒の騎士団の結成だぁ!!ルルーシュ劇場第二幕の開演ですw

テーマ:コードギアス 反逆のルルーシュ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/09/04(金) 17:26:16|
  2. コードギアス 反逆のルルーシュ
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