土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の感想。

「あ、わてねぇ、こうゆうもんだす。」
「無邪気さん。うち、ラムだっちゃ☆」
「ラムダッチャさん?…、あっ、ラムさんか。甘いような苦いような、えぇ名前でんなぁ。」
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


--------------------------------------------------------------

 なんか、すごく溢れるほどのエネルギーを感じるアニメだったなぁ。冒頭で文化祭の準備をする友引高校の面々が描かれていますけど、あれがアニメ制作の現場の様子とも重なってるようにも思えます。みんながみんな、テンでばらばらなことをワーキャーやってるんだけど、最終的に文化祭をやろうっていう目的では共通しているって感じ。しかも、場当たり的ながら、個人個人がアイデアを出したり技を出したりして、結局はまとまりのあるものに仕上がる…のかな?w古き良きアニメ…、って言ったら失礼なんでしょうけど、アニメの「らしさ」がいろんなところに感じられるし、ひとりひとりのキャラが自由奔放で良かった。なんていうか、今のアニメは悪い意味でお行儀がいいっていうか整然としすぎてるんだなぁってのが比べてみるとよくわかる。いや、逆にこの作品は良い意味でお行儀が悪いw無邪気に込められたメッセージみたいなものもよかったし、全体的によくよく楽しめました。
 にしても、やっぱり押井さんらしさってのはわかりますねw誰もいない深夜の町並みってのは見ていて押井さんだって思っちゃった。。あんなシーンってパト2でも攻殻でも見かけましたからね(^_^;)そういえば、押井監督の作品ってそんなに見てないかも。。あ、あと『スカイ・クロラ』があったかw押井さんの作品って、どことなぁく哲学チックな内容が入っていたり、答えの出ない実験的な思考があったり、シナリオの面でも「らしさ」みたいなのを感じます。でも、オーディオコメンタリーを聞いてて、押井さんは絵の人なんだなってのがよくわかったwだって、話の8割くらいが絵の話だったんだもんwwしかも、シナリオはかなり後付け的なものだったとは…w「こういう場面をやりたい」っていう思いから出発しているそうで、それを作品としてどう展開していくかっていう手順で考えているんでしょうか。コメンタリーは聞いてて面白かった。。
 感想を書く上で、原作やテレビシリーズは一切見ていませんw知り合いからのお薦めで単発的に見ただけなので、原作やテレビシリーズとの絡みはわかりません。作品単独での感想になります。

■板についたキャラ

 見ていてキャラに味がありますよねぇ、ホントwwキャラが勝手に動いている感じがします。やっぱり冒頭の文化祭の準備をしているあたりが印象的だった。っていうか、衝撃的とういか懐かしいというか、どうしてだか脳に焼き付いちゃって離れない。みんな勝手なんだもんwwひとりひとりが元気っていうか。。人のこと気にしてないでしょ?wこういう雰囲気、好きだなぁ。。いや、名前の付いたキャラだけじゃなくって、それ以外のモブもわいのわいのと動いていて面白かった。
 社会に飼い馴らされていないっていうか、みんな「自分」っていう立ち位置があるところが違うのかなぁ。今からすればワガママと言われてしまうのかもしれないけど、、。今のアニメだと他の人がどう思っているかとか他の人にこう見られたいからこうやって行動するとか、常に他の人の視線を意識したキャラ作りが中心になっているように思える。その点、好き勝手に自分のやりたいことをやって、ぶつくさ互いに文句を言いながらも一緒に生活をしているってあたりが素敵だ…wこういうのを「昭和」っていう言葉で呼ぶんでしょうかwwよっぽど有機的な感じに思えちゃうんだけどな。。
 それに、名前のある主人公たちも各人ともに「らしさ」が備わっていて、物語の世界観に合わせて勝手に動いているように見えた。なんていうか、こういう場面になったら、このキャラはこういうふうに行動するっていうのが見える設定って言うのかな?物語の展開に対して予定調和的にキャラが行動を起こすってわけじゃなくって、キャラが先に固まっていてそこに物語を放り込む感じ。だから、ドタバタしていて多少は強引な展開があっても、キャラによって裏打ちがあるから説得力もあったように思う。

■作品の骨組み

 たぶん、押井さんが考えたテーマはここにあったんじゃないのかなぁ。。繰り返し出てくるし、そもそも今回のテーマは「夢」ですからねw無邪気のキャラクターはよかったなぁ。

「お客さん、亀に乗って竜宮城へ行く話、知ってます?」
「今、その気分を味わっとる。」
「亀に乗ってったのが、太郎だけでなく、村人全員だったら、どうだったでしょうねぇ。全員が竜宮城へ行って、そして揃って村へ帰ってきたとしたら、それでもやっぱり数百年の歳月が経っていたことになるんでしょうかねぇ。村人が誰一人気付かなかったとしても。」
「何の話をしとる。」
「なまじ、客観的な時間やら空間やら考えるさかい、ややこしいことになるんちゃいまっかぁ。帯に短しまつびに長し言いますやろ。時間なんちゅうもんは、あんた、人間の自分の意識の産物なんや思たらええのや。世界中に人間が一人もおらなんだら、時計やカレンダーに何の意味があるちゅうねん。過去から未来へきちんと行儀よく流れとる時間なんて、はじめからないのんちゃいまっかいなぁ、お客さん。人間それ自体がええ加減なもんなんやから、時間がええ加減なんも当たり前や。きっちりしとったら、それこそ異常でっせ。確かなのは、こうして流れる現在だけ!そう思たらええのんちゃいまっかぁ。」
「面白い。これは本当に亀に乗ったのかもしれんなぁ。」

 要は主観的な認識を優先して考えるっていうことでしょうか。過去の自分はすでに今の自分ではないからして、すでに過去の自分すらも認識の対象となってしまうってこと、って、敷衍すればそうなりますよね。。。あ、これ、無邪気とサクラさんがタクシーで話してたセリフ。まぁ、長いセリフだことww口で説明するだけじゃなくって、もう少し物語として裏づけとなるような展開を含んで欲しいかな。。そうすれば、言わんとすることも少しは理解が進むんだけどな…。問題提起というか、言うだけ言って、実際に作品がどういった答えを出しているかっていうのは明らかにしないんですよね。。押井さんってそういうところがあるのかな?『イノセンス』のときも同じように消化不良な気分になったと思う。パト2のときも細かい部分ではそうだったし。見ている側としては、煮え切らないなぁww

「落ち着けってば。どうせ夢なんだろう?また作りゃいいだろうが。」
「おのれなんぞにわかってたまるかぃ!わての作る夢と現実と、どう違うっちゅうねん!!」

 これは無邪気とあたるの会話。無邪気のセリフの続きを考えるとしたら、「どうせ、おのれの夢も現実も同じなんやから、今、わてが作った理想的な夢のままでええんちゃうか!わてが、どんだけ丹精込めて作った夢と思うとるんや!!」って感じ??夢も現実も認識する自己は同一なわけですから、その点、夢も現実も同じ地平に立っているという論理なんでしょうか。そういった観点からすれば、こんなセリフになるんじゃないだろうか。。
 とにかく、作品の骨組みとしても、虚構を積み重ねに積み重ねた感じがありますから、結局はどれが現実なのかわからないw典型的なのがあたるが未来で冷凍保存から目覚める設定の世界に行ったときですね。壁を叩いたら壁が倒れて草原に出るってやつ。劇中劇とは違うけど、あれもこの作品を象徴するようなシーンだったと思う。本人がそれを現実だと思っていたら、夢と現実には確かに境目なんて存在しないんだろうしね。虚虚実実、虚構の中に現実に通じる真実あり、現実の中に虚構に通じる虚偽もあり、結局は個人の認識のレベルに落とさないと、この手の話には曲がりなりにも結論すら出せないんだろうか。

■他の作品とのつながり

 アニメらしい表現っていうのは、たとえばバイクが空を飛んだり、水中で追いかけられたら水面を走ることができたり、電撃を受けたら骨が透けて見えたり、あるときは顔がやたら大きく描かれていたり、抜き身の刀を歯ではさんだり、わざと大げさに描くようなものでしょうか。今となっては、こういうのを「アニメらしい」っていうのも違うんでしょうけどw今のアニメではあんまり使われない表現の方法ですよね。今はリアルに描こうとするのが主流なんだろうか。技術の問題もあるんだろうけど、それだけじゃないように思う。その点、『崖の上のポニョ』で同様の方法をいくつも見た気がする。。たとえば、ポニョがソースケに会うために波に乗って陸に押し寄せる場面。波から逃げるためにソースケを載せた車は道をひた走るんですが、クルクル道を駆け上ってるのに、いつまでたっても道が途切れないww物理的にはありえないですよね。。同じ道を永遠にループしているとしか考えられない。でも、それは「必死に逃げる」様子を描きたいためのものだから、別にリアルさは必要ないんだと思います。逆にリアルに描いたところで、伝えたいメッセージの何割も伝わらないと思う。そういう記号的な表現と言っては意味合いが少し違うかもしれないけど、いろいろと捨象して印象に残すような方法を以て表現するっていうのはひとつのアニメの伝統的な方法なのかもしれません。
 他の作品とのつながりと言えば、真っ先に思いついたのが『イノセンス』ですよねぇ。キムの屋敷に潜入したとき、バトーとトグサが無限ループに取り込まれる場面があって、その仕組みがこの作品とぴったりだったwイノセンスの場合はバトーがヒントの助けもあってイレギュラーに気付いて脱出できるんですけど、それが本作では獏だったんじゃないのかなぁ。イノセンスを作ったときにはビューティフル・ドリーマーが頭にあったんじゃないかって思うほどです。
 それに、深夜の人のいない町並みっていうのは攻殻やパト2でも同じようなモチーフがあった。なんていうか、違和感を覚える町並みですよね。。いつもは人がいるはずなのに、どこかよそよそしい街。攻殻では川井さんの音楽を流したまま看板だらけの街の様子を淡々と流していくシーンがあったし、同様のものはパト2でもあった。
 パト2の劇場版と言えば、あの作品は南雲隊長と柘植がラストで手錠をかけながら見詰め合うシーン、あれをやりたかったがために作ったんじゃないかって思うほどのものでした。どうもビューティフル・ドリーマーも近いような気がする。オーディオコメンタリーでも、「この場面を」っていうのが先にあったって言ってますし、さっきの無邪気の夢に対する考えみたいなところをやりたかったんじゃないのかな??それ以外は強引にというか、やりたい場面に持っていくためのつなぎみたいな。こういった手法も押井監督らしさになるのかなぁ。



 いやはや、考え始めると止まらない…wオーディオコメンタリーなるものは初めて見ました。やっぱりプロって見方が違うんだね(^_^;)作っている本人だけあって、ものすごく細かい部分にまで意図的な設定を持たせていたりする。でも、逆に何かしら意図を感じるような表現が実は何も意識して作っているわけじゃなかったりもするから、どっちもどっちなのかな?とにかく、作品としては満足でした。なんか元気をもらった気がする☆

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/09/10(木) 02:57:21|
  2. うる星やつら
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

<%template_post\comment>


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://lizardofsuturn.blog40.fc2.com/tb.php/110-55c5ba1e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。