土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『コードギアス 反逆のルルーシュ』#12「キョウトからの使者」の感想。

「もう熱は下がったそうだね。」
「ちょっと、拗ねてみただけなのかも。」
「拗ねる?」
「なんだか…、最近、お兄様が少し遠くなったような、そんな気がして…。」
「えっ…。」
「だから、身体が勝手に、かまってもらいたがったのかもしれません。」
「誓うよ。俺は変わらない。何があろうと、いつまでもお前の傍にいるよ、ナナリー。」
『コードギアス 反逆のルルーシュ』#12「キョウトからの使者」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 これって本当に日曜の夕方17時に放送されていたアニメなんですよね…。スゴイなぁwwお茶の間もびっくりだ。。前にも言ったとおり、思想的な面についても問題にされないことが不思議なくらいで仕方ないんだけど、今回は特にニーナの自慰が描かれていて、より直接的に問題にされそうな気がするんだよね…。確かに、暗闇の中で衣擦れの音がしているだけってわけですから、きっと世の中の良心的な方々は筋トレぐらいにでも思ったんでしょうかw放送されていた当時はどんな受け止めだったんだろう。。。

■ナナリーのためのルルーシュとゼロ

 冒頭に掲げたセリフを聞く限り、ルルーシュはナナリーにゼロとしての活動を知られたくないんでしょうね。当然、ナナリーがそれを聞いたら悲しむという判断があってのことなんでしょうけど。R2になってからは途中でルルーシュ=ゼロということを公にしましたけど、今のところは二つの顔を使い分けるつもりのようです。
 それにしても、「俺は変わらない」と言っている「俺」って何を指しているんでしょう?ゼロは相変わらず世界を変えようと必死になっていますから、ナナリーの知るところではありませんl。だから、ルルーシュ本人が「変わらない」ということを誓ったことになります。要は、「俺は変わらない」っていうのは「ルルーシュ自身の性格や資質が変わる」ということを言っているのではなくって、「ゼロとしての活動をしながらも、ルルーシュ=兄としての今まで通りの顔は捨てないよ」という宣言なんでしょう。ナナリーはルルーシュのことが遠くなったように感じているようなので、ゼロとしての活動にばかり身を投じていたことにルルーシュが少し反省をしたという流れに解釈されます。ナナリーのことが大好きなんですねw極悪非道なゼロと、人間ルルーシュと、その間で生まれる葛藤っていうのも『コードギアス 反逆のルルーシュ』の見所のひとつとも言えるでしょう。

■繰り返される「正義」というテーマへの問いかけ

「ロイドさん、ゼロは、黒の騎士団は、何をしようとしているんでしょう。こんな犠牲の上に何ができると思ってるんでしょう。」
「正義の味方だろ?本人の言葉によれば。」
「これが正義ですか?」
「おいおい、まさか正義とは何かなんて、恥ずかしい議論をふっかける気じゃあるまいねぇ。僕らはいちおう軍人だよ?」

 やっぱりスザクって青臭い正義の味方ってイメージなんですよねぇ。「みんなのために」とか言うフレーズが簡単に口を突いて出てきちゃう感じ。そして、作中ではそれを徹底して否定するっていうか、イジメちゃうんですね(^_^;)ロイド博士とのやり取りもそのひとつ。ゼロと対峙したときの問答もそんな感じ。スザクに昔ながらの正義の味方を演じさせて、それを仮想敵の如くにとって反駁するって構図はなかなか痛快ですwしかしながら、スザクは自分では一度も自分のことを正義の味方だなんて言ったことはない。けれども、その行動や心情といったものは「正義の味方」というイメージに符号するようなものが多くあります。スザクの体現している「正義」とは「弱きを助け強きを挫く」ってことでしょうか。そして、平等?wそういったことを心の底から信奉しているような感じです。ゼロの場合は方便として使っているわけで、そこらへんはロイド博士も理解しているところ。正義とは公言せずに正義の実現を理想とするスザクと、正義という言葉を方便として使ってはいるものの手段を選ばないゼロと、この2人の対立軸が鮮明に打ち出されていて解りやすい。
 ひとつ、「正義」を「弱きを助け強きを挫く」という意味合いで解釈されていることは、シャーリーとルルーシュのやり取りでも同様の受け止めが見られます。

「ねぇ、ルル、ゼロって弱い者の味方なんだよね?」
「あ、あぁ、そう言っていたな。」
「なら、なんで私のお父さん、殺したんだろう。お父さん、優しくて、私、ぶたれたこともなくて、何にも悪いこと…。なのに…」

 ゼロは確かに自分の口で「正義の味方」だって言いました。それを素直に解釈すれば、そのまま「弱きを助け強きを挫く」ってことになるんでしょうか。とりあえず、作中では「正義の味方=弱い者の味方」として解釈されるようです。でも、それを作中では否定しようとしているんですよね。実際に、正義の味方とは言え、シャーリーの父親を犠牲にしてしまっているという現状を引き起こしているわけです。それに、ゼロが「正義の味方」だと言ったのは人心掌握のための手段でしかありませんし、その方法を意図的に用いたことを彼は「スタンピードに弱い日本人」と言って自ら認めています。
 これら一連の「正義」に関わる流れからは、スザクを使うことで果たして「正義」が成り立つのかという実験が行われているようにも考えられるのかな?もしくは、もはや「正義」なんてのは成り立たないっていうのを前提にしてしまって、それを表現する方法としてスザクとゼロっていう対立軸を持ち出しているのか。。どちらにせよ、「正義」というのが『コードギアス 反逆のルルーシュ』における大きなテーマであることは間違いのないことなんでしょう。

■絡み合う人物関係

 シャーリーのルルーシュに対する恋がここまで皮肉な結果を生むとは、今はまだ誰も想像していなかったんですよね…。いやぁ、R2で見た結末はすごかったwナナリーとシャーリーとカレンと、ルルーシュ=ゼロに対してそれぞれ恋愛の役割が分かれていたように思います。ナナリーはルルーシュとの関係性が中心に描かれて、最終的にはゼロ=ルルーシュということを知るってことで、ルルーシュ派。シャーリーはルルーシュ=ゼロと知った上で恋愛が進むので、ルルーシュとゼロの中道。カレンはゼロに対して尊敬とともに恋愛感情すら持っているが、後にはゼロ=ルルーシュということを知るので、ゼロ派。それぞれ、違ったアプローチでルルーシュ=ゼロに関わりを持って、それぞれ二つの顔を持つルルーシュの欺瞞と矛盾と葛藤を浮かび上がらせる役割を持っていたと思います。加えて、すべてを知った上でルルーシュのことを愛していたC.C.の存在もあるわけですから、基本的にルルーシュにとってはハーレム状態ですねww
 とにかく、スザクにしろ、コーネリアにしろ、ユーフェミアにしろ、黒の騎士団にしろ、いろいろな登場人物の心情が錯綜している感じです。いやぁ、実に良いw次回は悲嘆にくれるシャーリーと葛藤するルルーシュが中心ですけど、そのあとはマオ編です。個人的にはマオ編は必要性をあまり感じない…。結局、寄り道さえしなければ、四期という長いスパンをかけてやらなくってもよかったんじゃないのかな?なんていうか、ちょっと最近の話数ありきのシリーズ構成っていうのに疑問がなくもない。



 カウボーイビバップを久しぶりに見直しました。見直したというより、初見に近いかも(^_^;)なんせ、放送されていた当時になんとなぁく見ていただけなので、本腰を入れて見るのは初めてと言ってもいいかもしれません。なんていうか、当時のアニメって自由度が高くて表現も幅があったんだなって思ったし、すべての話が内容の詰まったものだったので見ていて時間があっという間だった。あれを超える表現性を示した作品ってあったのかな?名作って時代が変わっても名作のままなんだなってのを実感してました。コードギアスもそうなるんだろうか…。カウボーイビバップを見た直後だと、少し気の抜けた作品に見えなくもないような…wまぁ、まずは十年後に見てどう思うかですね(^_^;)

テーマ:コードギアス 反逆のルルーシュ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/09/22(火) 00:16:02|
  2. コードギアス 反逆のルルーシュ
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