土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『BLOOD The Last Vampire』の感想。

映像こそ雄弁に語っていたので、今回は取り上げるセリフなし。
『BLOOD The Last Vampire』

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 いやぁ、すげー!!!なんだ、この映像のクオリティーの高さは…。恐ろしく説得力のある映像表現だった。セリフは少なめというか、ほとんどなかった。だけど、その代わりに映像がいろんなことを物語っていて魅入ってしまった。なんていうか、リアル…とは違うんだけど、アニメという虚構の中で非常にリアリティーのある表現を行うものだから、あんまりファンタジックにならなかった。というか、現実離れした話なんだけど、ひどく現実味のあることのように感じられてゾクゾクしちゃったw

■映像表現の深み

 細かい仕草や光の加減や顔の表情や、いろんなところに意匠がこらされていて意味深い映像になっていたと思う。たとえば、小夜がはじめて保健室を訪れたとき、無人の部屋の窓から風が入っていたのかカーテンがゆらゆらはためいていた。これって無人なのに人の気配を漂わせる常套的な表現なんだろうけど、それが無言で進むストーリーの中で大きな役割を果たしていたように思う。そこは翼手たちが食事をするための場所として使っていたようだし、後には小夜が翼手を刀で切り付けた場所でもあった。それを予感させるような表現としてカーテンが効果的に使われていて、セリフで説明するまでもなく映像が「予感」を伝えていたと思う。その翼手が切られそうになって悲鳴を上げる場面は迫力あったなぁ。。あの表情はすごかったwなんだか上手く言葉では説明できないんだけど、とにかく映像の何がすごいのか解らないながら圧倒されてしまった。
 というより、教室に差し込む光の加減や電車の中の光なんかが効果をあげていたのかな?どうも細かい部分までリアリティのある映像を追求しているように感じられて、それが映像に説得力をも持たせる上での裏打ちを行っていたんだと思う。アニメって映像表現を行ううえでいろんなことを捨象していて、基本的には風とか光とか重力とか慣性とか重みとかっていう面倒な力学はすべて排除しちゃうのが普通のはず。だけど、この作品ではそこらへんの力学も上手に映像で表現していて、それが映像の迫力や説得力を増すことにつながっていたんじゃないのかな?
 でも、そう考えると実写でやればいいじゃんって思っちゃうw翼手なんかはCGでなんとかできるはずだし、アニメでリアリティーのある表現をやるんなら実写でやったほうがいっそリアリティはある。絵で光の加減を表現するのは難しいだろうけど、それを実写でやってしまえば、それほど苦労もなく映像に収めることができるんじゃないのかな?逆にアニメの利点っていうのは何なんだろう。。。
 ひとつ挙げれば、アニメは目の前で起こった現象を映像に収めたものではなくって、頭の中で考えた認識を映像に起こしたっていうこと。だから、いろんなことが捨象されてしまうし、いっぽうでは現象ではありえないものも付加されることがある。実写が現実を相手にするものなら、アニメは夢を相手にするものなんだと思う。だから、アニメはいくら夢を語ったところで違和感というか「変」にはならないんじゃないのかな?だって、実写でリュークが出てきても変だったでしょ??wなんて言うと、この『BLOOD』も実写映画化されるみたいだからね(^_^;)微妙。。アニメを実写化するのって止めたほうがいいと思うんだけど…。
 要するに、アニメっていうのは現実では起こり得ない出来事も成り立たせる幻想空間を提供するものであって、とは言え、映像と音楽によって伝えられるためにより現実に近いように感じさせることもできる表現方法と考えられるかもしれない。実写に比べれば…、ね。その点、押井さんの方法は夢であるはずのアニメを現実にできる限り近づけて表現しようとするところに特徴付けられるのかもしれない。

■小夜という主人公像

 まぁ、よくも淡々と翼手を切っていくもんだなぁ、と。。女子高生の制服を着て刀を持って平気な顔をして翼を切るって、その取り合わせがよかったんでしょうか。『KITE』では女子高生が銃を持って、『喰霊』では女子高生が刀を持って、みんな好きですよねwそもそも、女子高生が刀を持ち始めたのって十二国記』が始めなんでしょうか。小説版だったら1991年ですから早いですよね。まぁ、とは言え主人公の陽子が女子高生の制服を着ているのは序盤だけなんですけど(^_^;)陽子の場合は、さすがキャラクターもしっかりと構築されていて「陽子」が出来上がっていましたけど、後続の作品ではすでに「女子高生+刀・銃」っていうのが記号化されてしまったのか、人物像はそれほど細かく描かれていません。共通するのは人を殺す覚悟っていうところでしょうか。いや、『KITE』は除外しますけどw高校生の女の子が人を殺すには覚悟が必要なものです。男では単なる度胸や狂気として片付けられるでしょうけど、女の子なら話は別です。人を殺すための決心っていうのは人物模様を描く題材としてはおいしいんでしょうか。だからこそ、小夜が女子高生の制服を着て返り血を気にすることなく淡々と翼手を倒す姿には、何か深い物語を感じずにはいられません。

■『BLOOD+』との比較

 今回の劇場版の作品では小夜が十字架や神に対して嫌悪感を示す場面が二回描かれました。けど、テレビ版ではそんな設定は見られず。これって、宗教的な配慮ってやつ?wだって、劇場版では十字架を投げ捨ててましたから、それをテレビ版でもやっちゃったら大変なことになるんじゃないのかなぁ。そんな配慮があって設定を削除したのかもしれない。。
 逆にテレビ版で増えたことはいっぱいあった。ハジやシュバリエなんてのはテレビ版でしか出てこない存在だし、劇場版では英語が多く使われていて言語格差もリアルに描いていたけど、その点テレビ版ではロシアに行こうとベトナムに行こうとヨーロッパに行こうと、どこでも日本語で通じていたwまぁ、そこはテレビ版は従来のアニメと同じような方法で描こうとしていたんだろうから、言語格差を扱わないのは妥当なんだろうね。ハジやシュバリエっていう存在も話を膨らませるには必要なものだったんだろうし。。それにしても、同じタイトルだから、それなりに似通った作品なんだろうと思ったら大間違い。作風はずいぶんと違っていましたwいい意味でびっくりだよww



 いやぁ、色褪せないアニメっていうのはいいねぇ。。2000年の作品なのに、現在放送されているアニメよりも圧倒的に映像美が優れている。最近のくだらないアニメにお金を落とすことを止めれば、制作の現場の上にいる人々にアニメがビジネスにならないと思われないかな?それじゃぁアニメそのものへの出資もなくなってダメかwwアニメをビジネスから切り離したところで制作できるような環境があったら最高なんだろうけどね。。。それこそ夢なんだろうか。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/10/04(日) 04:37:07|
  2. BLOODシリーズ
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