土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『COWBOY BEBOP 天国の扉』の感想。

「そいつは、ただ、一人ぼっちだっただけさ。自分以外の誰ともゲームを楽しめない…。夢の中で生きているような、そんな男だった。」
『COWBOY BEBOP 天国の扉』より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 すごく静かな作品だった。煙を燻らせながら夕日を眺めている感じ?きっとTV放映を見ていない人には冗長なように受け止められるだろうけど、カットごとにビバップの世界観がにじみ出てくるように思えて、ひどく感傷的にさせる描写が多かった。劇場版だからこその冴えた作画も見られたし、引き画がよく描けていたから雰囲気も出ていた。画も脚本や演出も成熟したビバップの世界を半ば淡々と描くことで、安定感のあるシナリオの背景を手に入れていると思う。さすがにラストではドンパチを交えながらお祭りやアクションも入っていたけどwこの静けさに近い感覚って、『十二国記』の「丕緒の鳥」でも感じたんだよね。。静かぁ~で淡々としているんだけど、何か端々に作品が温めてきた世界観の情趣が感じられて仕方がない感じ。それにしても、ビバップはセリフの一言一言が格好良すぎなんだよww

■ヴィンセントの見た夢

 夢っていうのは個人が独占できる空間であって、現実は他者と共有することによって成り立つ空間でもあります。ヴィンセントはタイタンでの実験によって記憶を奪われ、他者との関係性をすべて断ち切られてしまったわけですから孤独にならざるを得なかった。言葉の上では夢がどうのこうのと言っているけど、実際には現実に生きていることの矛盾はこの論理で解消されます。すなわち、彼はずっと「孤独でいる=夢を見ている」という状況にあったということです。

「俺はとっくにタイタンで死んでいた。この世界は蝶たちが俺に見せている夢なんじゃないのか?それとも、蝶たちがいる世界が現実で、俺のいた世界は夢だったのか。俺にはわからない。」

 ここで言う「死んでいた」っていうのも記憶を消されて自己を喪失したということでしょう。蝶とは「胡蝶の夢」をモチーフにしているんでしょうけど、要は現実と夢が曖昧に交錯している状況を視覚的に示すものと考えられます。他者との関係性が成り立たない世界は、畢竟、夢と同じ位置付けになります。だって、そこには他者が存在せずに自己の認識だけで成り立つ世界が展開されているのと何ら変わりがないんだもん。確かに、他者から見れば彼も現実世界を生きる人間に見えるんでしょうけど、おそらく、彼自信からしてみれば他者は夢の中に出てくる登場人物くらいにしか見えなかったはずです。しかし、それでも、あまりにリアルな夢ということになりますから、疑問も出てくる。

「ただ、探しているだけだ。扉をな…。夢を見ていて、それが夢だと気付いてるのに、それでも目が覚めない。そんな経験があるか?」

 現実のことを夢と同一視しちゃってますから、目は覚めないわけですwここで言う扉っていうのは彼自信の認識の段階からして現実に回帰すること。もっと言えば、他者とのつながりを回復することにあると思います。自分の見ている夢の中にも、自分のコントロールできない他者が存在していることを理解することによって、初めて現実足りうる空間に立ち返ることができる。それこそ「天国の扉」だったんだと思います。
 彼がテロを起こした動機を捉えるのはなかなか難しいところだけど、彼は自分の記憶を消した=現実から追い出した彼を取り囲む世界の秩序を壊したかったのかな?そうすれば現実に帰ることができると思っていたんだろうか。彼の外周を取り囲む世界を破壊すれば、本当に彼の夢の世界が現実のものとなるわけだから、それは一つの救いになるのかもしれない。つまり、今の状況では彼自身は他者との関係性を持たない夢の世界であると現実を認識しているんだけど、実際には他者からの干渉もある。しかしながら、彼は何か他者と認識できる存在を見出すには至っていない。だからこそ、そんな外周の世界を壊すことによって、彼の認識によってすべてを左右することのできる完全な「夢」の世界を現実に持ち込もうとしたと考えることもできると思います。あるいは、単純に彼の記憶を奪い去った社会への復讐なんだろうか。
 だから、フェイは「たった一人で生きていけばいいわ」って言うんでしょうね。それは誰からも観測されることのない客観の成り立たない自己満足な世界になりますから、現実と言うには程遠い世界になってしまいます。っていうか、フェイがまともな一般ピープルの意見を言っていて驚いたwフェイもどちらかと言えばヴィンセントと同じ側にいる人間じゃなかったの?wでも、そんな忠言には耳も貸さずにヴィンセントは「狂ってるのは、きっと、この世界のほうさ。」なんて言ってテロを実行に移します。
 このテーマって身につまされる思いがするんだよなぁ。。言い換えれば、外周を取り囲む社会の秩序を受け入れれば社会の一員として正常に生活を送ることができるんだろうけど、それは同時にある一定の個の否定を含んでいることになる。反対に、外周を取り囲む社会の秩序に反発すれば、孤独に生きていかなければならなくなる。そして、これを社会は異端とか異常って呼ぶんだろうね。でも、その境界線は曖昧で、どちらも同じ人間のことを指すんだから当然の話だと思う。人間の存在としてどっちがいいんだろうかw選ばなきゃいけない問題なんだろうか。この個の尊厳と集団での共生に関する矛盾ってなかなか大きな問題だと思うんですよね。簡単に言えば社会に馴染めるかどうかっていうこと。ニートだとか社会への不適応とか、それぞれの具体的な現象レベルでの問題っていうより、社会システムとしての問題が大きいように思うんだけどなぁ。。基本的にアニメ作品が扱っているアウトローな感じのものって、こういった問題意識が通奏低音のように流れているように思う。この間の『バスカッシュ!』だって同じような見方をしていたように思うし、『東のエデン』とか『化物語』とか、あるいは最近出された『十二国記』の「落照の獄」もその類だと思う。話を戻せば、特に初めから記憶を奪われて社会から疎外されてしまったヴィンセントは救いが欲しかったんだろうね。ヴィンセントは寂しがり屋で誰かに相手をして欲しかったんだと思う。
 スパイクもヴィンセントと同じように正常と異常の狭間を漂っているんだろうけど、スパイクには愛すべき人がいたから他者は存在していたんだよね。そうやって彼女から半ば絶対的な自己存在の保証を得ていることになるから、彼にとっての現実は正しく現実になる。

「悪いな、おれはただの賞金稼ぎだ。この世界がどうなろうと、知ったこっちゃねぇ。」

 このスパイクのセリフはそんな心持から来た言葉なんでしょうか。そして、ラストではヴィンセントにも救いが訪れる。見ていると、なぜ急に記憶が戻ったのか今一つ読み込めなかったけど、大筋では理解のできるオチのつけかただった。

「思い出した。俺が愛した女だ。俺はここから出たかった。この世界から出る扉をずっと探してきたんだ。今わかったよ。扉なんて、どこにもなかったんだ。」

「あぁ、エレクトラ。俺が生きてきた中で、お前といたときだけが、現実のように感じられる。最後にお前と会えて、良かったよ。」

 このセリフが聞けて良かったなぁw彼はエレクトラとの「思い出」を呼び戻したことによって、現実へと回帰することができたんでしょう。孤独から解放されたことになります。永遠に続く孤独な夢での彷徨から、ようやく彼女との思い出を手繰り寄せて現実へと立ち返ることができたということです。エレクトラという糸口によって社会とのつながりを回復することができ、彼も現実を真に現実と受け止めることができるようになった。他者から認識されない限り、自己存在を客観的に証明することはできないですし、それが愛した相手であれば半ば絶対的な存在の保証を相互に提供することができると思います。こんな風に愛を語ったらロマンがないって?w

■リーの背景にあるゲームと現実社会の同一視

 たまぁ~にアニメってこういうことするんだよね。。この設定はいらなかったんじゃない?ビバップの世界観にそぐわないように思う。リーはヴィンセントと組んでテロを計画していたクラッカーですが、あまり作品全体の流れにはかかわらないキャラクターだった。けど、なぜかゲームと現実社会を同一視する設定が与えられていて、ちょっとばかり鼻についた。たとえば、やっていたゲームがゲームオーバーになって「あ~あ、死んじゃった。」って言った直後に、ヴィンセントが人を殺せば同じように「あ~あ、死んじゃった」って言う場面が典型的かな?もしくは、人が死んでも「リセット」することができると思っているところとか。。この論理を使ってゲームは悪だみたいな、ゲーム嫌いな親が子供に言いそうな発想だよね…。これをビバップの世界観でやることに違和感を覚える。ビバップっていつからPTAみたいなことを言うようになったの?w
 おそらくは、なぜこのような設定を取り入れたのかと言えば、ヴァーチャルと本物の同一視ってのがあるのかな?結局、この作品の主な内容は夢と現実の問題なわけですから、あながち遠い筋ってわけでもない。ただし、リーの場合はゲームの世界を現実の世界と混同してしまっている点では、大筋のテーマと縁遠いものだったんだろうけど…。だって、ヴィンセントの言っていた夢と現実の話とは明らかに質が違う。むしろ、単に幼稚なイメージしか持てなくって、やっぱりPTA的な色合いを強く感じてしまう。このことをアニメに織り交ぜることによって、社会に対して問題喚起を促すみたいなw本当のところはどうだったんだろう。。何を目的にこんな設定を持ち込んだのか、ちょっと不思議です。

■いろんな要素を取り込むビバップ

 まぁ、胡蝶の夢っていうモチーフもありきたりだけど、ビバップの世界観とは少しイメージが違う感じがするかな?それに、ナノマシンっていうSF的な要素を取り込んだのも同じような印象を受ける。そもそも、ビバップって世界観はハードボイルド的な装いではいるけど、その内容はいろんな方面から要素をふんだんに取り込んだような側面があるから、相変わらずな感じではあるけど。それに、もとよりSFだからねw
 でも、夢と現実の交錯をビバップの世界に持ち込むっていうのは勇気のいることだったんじゃないのかな?雰囲気違うもんねぇ。。ちょっと哲学ちっくな方向に走りすぎているようにも思えるし、第一、ヴィンセントが格好良くなかったw全体的に陰鬱な感じに仕上がっちゃったし、普通の人は見ていても退屈しちゃうんじゃないだろうか。TV版での成功を受けて、少しやりたいことを自由にやっちゃった感じ。でも、それがいいんだけどねw
 とにかく、はっきりとは解らないけど、ビバップではどこかで見たようなシーンや展開がちらほらと見える。オマージュとかモチーフとかなんとでも呼べばいいんだろうけど、それもアニメが獲得しつつある表現方法のひとつなんでしょうね。実写や漫画なんかに比べても格段に多いと思うし、パロディーだけで作品が出来上がっちゃうのもアニメのすごいところwビバップは既存の作品のモチーフをうまい具合に自分の作品の文脈に沿って取り入れているから、それが素晴らしいところなんだろうなぁ。



 ビバップの良さを凝縮したような作品でした。やっぱり世界をきっちり構築している作品って見ていて飽きないなぁ。。ここまで作品を育てるのって大変なんだろうけど…。っていうかさ、エドって軟体動物なの?w骨ないでしょ!?wハリウッドで実写映画化したらどうするんだろうwww見ないけどね。。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/10/23(金) 01:48:04|
  2. COWBOY BEBOP
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