土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『超時空要塞マクロス』全36話の感想。

「ヒカル!どうして…、どうして、そんなにまでして戦いに行くの?」
「ミンメイさん、あなたは一体、誰のために歌を歌うの?自分のため?それとも…、あなたの歌を愛してくれる人たちのためじゃなくって?私達が戦いに行くのも、あなたが歌を歌うことと同じ理由なのよ!」
『超時空要塞マクロス』#36「やさしさサヨナラ」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 やっと見終わった…。。。正直、最後まで行くのがしんどかったw『マクロスF』を見たときはアルトくんのへたれっぷりに驚いたけど、ご先祖様もへたれでしたwwガンダムとの関連や『マクロスゼロ』の下敷きや『機動戦艦ナデシコ』の原点や、いろいろと宇宙アニメを考える上では良かった。けど、敢えて何度も見るような気にはならないなぁ。。恋愛あり、宇宙あり、SFあり、アクションあり、人間ドラマあり、ロボットあり、などなど多彩な内容を見せながらも、戦争の無意味さや文化の力っていうのを訴えようとする点は評価できると思った。文化とは何かっていうことを考えるときの具体例としては良かったかな。いや、作画崩壊とかキャラの矛盾とかご都合主義とか、いろいろ無視した上での話しだよ?w当時は制作の環境も今ほどは安定していなかったようだし、ガンダムと同様に制作事情が透けて見えるような作品でもあった。メディアミックスの先蹤みたいな位置にもあるから、興行的な意味でも後続の作品に影響を与えることになったのかな?

■マクロスの世界観

 マクロスには政治とか陰謀っていうのが見られないんだよね。。だから、何かと緻密さに欠けるというか、登場人物たちを中心とした都合によって状況が簡単に変わってしまう流動性が強かった。本来ならマクロスの発艦とかゼントラーディーの亡命とか、もっと地球側内部においても様々な思惑が働いて複雑な情勢を見せるはずなのに、統合戦争によって地球は一つにまとまったという設定を重くしているのかグローバルの独断で勝手に方向性を決めちゃうんだよね。それに、人間関係における「しがらみ」みたいなものも薄くって、人の気持ちが簡単に変わってしまうのも難点。ヒカルやミンメイのみならず、マックスやミリアといった役にいたるまで、ころころと意見が変わったりするもんだから仕方ない。崩壊していたのは作画とかだけじゃなくって、こういった脚本における一貫性のなさっていうのもあると思う。一番ひどかったのはゼントラーディーからの亡命を受け入れるかどうか、ヒカルに意見を求めたときの変わり身の早さかなw他にも前後の文脈が省略されたのか無視されたのかして、たったのワンシーンしか違わないのに意見が正反対に向くことが何回かあった。それと言うのも、制作の環境が影響しているんだろうけど、それを考えたら作品を評価することもできないしね。
 この作品の世界観として特徴的なのはゼントラーディーという「文化」を考える上での仮想敵を発明したところにあるのかな?もしかしたら前例があるのかもしれないから自信がないけれど…。彼らの登場によって文化がどういったものなのかを客観的に捉える視点を得ることができた。カムジンがキスすることを「文化する」って言っていた場面は衝撃的だったし、記録参謀のエキセドルがミンメイの真似をして「きゅーんきゅーん」と歌っていたときは笑うのを忘れて引いてしまった。でも、それが文化にファーストコンタクトしたときの正直な反応なのかもしれない。作品の上ではゼントラーディーとの遭遇をファーストコンタクトとして取り上げているけれども、実際にはゼントラーディーが地球の文化に触れたっていう意味でのファーストコンタクトとしての意味合いを汲み取ったほうがいいと思う。
 他にも、戦闘や戦争といったロボット宇宙SFアニメの中心とすべき要素を押しのけて、基本的には恋愛要素を軸に据えたっていうところも特徴的。ガンダムにおいてもホワイトベースというコミュニティーの中での人間ドラマっていうのは描かれていたけど、今から思えばマクロスの比ではなかったwマクロスでは艦内に街があるんだから驚きですwwヒカルは軍規なんかも無視して恋愛に走ることだってあったし、とにかく恋愛要素優先のストーリーだった。マクロスの世界観と言えば、そんなマクロス艦内における街レベルでの広大なコミュニティーに特徴付けられるのかもしれない。

■戦争と文化の対置

 どうも戦争を文化の力で抑えるとか、いくら戦争をしたって仕方ないから文化を育むべきだとか、反戦を掲げながら具体策としての文化を提示しているように見受けられる。だけど、致命的な欠陥もある。戦争だって広い意味では人間の文化的な営為なんじゃないの?w
 文化の定義って難しいところだけど、まぁ要素に分けて考えればいくつか挙げることもできる。ひとつには生物的に生存する上では価値をもたないもの。パンを食べればお腹はふくれるけれども、音樂を聞いたって空腹感は満たされない。ただ、「おいしい」パンを作るっていう行為は文化的なものだろうけど。そして、次には他者と共有されるものであってコミュニケーションの媒介となる性質があるということ。たとえば、言葉だって他者と共有されるからこそ有用なのであって、自分にしか理解できない言葉は文化とは言えない。同じ趣味を持っているもの同士は国境を越えて文化的集団を作ることもある。さらに言えば、文化的な共有関係が国や地域や同人といった集団への帰属意識なり境界といった共同体としての枠組みを作ることにもなる。三つ目には、文化は遺伝によって継承される類のものではなく、後天的な継承行動によって受け継がれていくこと。生まれながらにして歌や言葉を知っていることはないし、生まれた後の環境によって文化についての素養を身につけることになる。つまるところ、人間の行動ってだいたいが文化的な営為になるし、それによって生み出される所産も文化的なものと言える。農作物を収穫しようと鍬を使うことは文化であるし、そうやって収穫された作物を売買することも文化だし、それを料理しておいしく食べようとすることも文化だし、食べるときに「いただきます」とか言うことも文化だし、広い意味で考えれば政治・経済・運動・畜産・生活の至るところほとんどが文化と呼べるものなんだと思う。もちろん、狭義で言えば学問・芸術なんかが文化の主たるものになるんだろうけど。
 こんなふうに文化を考えた場合、戦争行為が果たして文化に対置させられるようなものなのか疑問がないわけでもない。
 まず、戦争をしたってお腹がふくれるわけではない。むしろ、へるw確かに歴史的に見ても豊饒な土地を求めて他者の土地を侵略する行為も行われたこともあり、それは生存に関わる行動として認められるかもしれない。けれど、この作品の扱っている星間戦争というか地球における攻守関係には特に生存に関わる動機を見出すことはできない。いや、仕掛けたのはゼントラーディーなんだから、地球側としては生存のために防衛の必要があろうけれども、それにしても北極にあったグランドキャノンなりマクロスの能力なり、戦う気まんまんって感じw難しいだろうけど、生き残るために戦争をやるっていう発想は長期的な視点で考えれば愚策としか思えない。それは戦争を常態化させることになるし、戦争と生存の本末転倒の状況を生み出しかねない。戦争って互いに実力の誇示が相手の抑止になることもあるから、ちょっと生存に必要かどうかの観点からは難しい問題なのかな。
 次に戦争が互いに共有されて、なおかつコミュニケーションの媒体足りえるのかという話。う~ん、戦争行為を愛情表現と受け取るにはあまりにも好意的過ぎるでしょw動物の赤ちゃんのアマガミとかじゃれあいとは違うんだから、、コミュニケーションの媒体にはならない。むしろ、拒絶の姿勢と言える。共有されるものなのかと言えば、互いに断絶した関係にあるんだから共有とは言えない。ただし、味方の内部においては共有される文化として肯定的に捉えることは可能だろうと思う。共有の敵を持つっていうことが同盟関係や友好関係の契機になることがあるように、同一の敵を相手に戦争するということは味方同士で「戦争」という文化の共有や交流を生み出すことになる。これは確かにコミュニケーションの媒体になりうる。戦争を行えば、味方の内部には体制的な組織が作られることにもなり技術や兵器の開発などにおいて共有基盤が形成されることもある。戦争って相手をどうこうするっていうよりも、味方の内部をまとめるには文化的にも有効と言うべき側面のあることは否めない。
 最後に戦争行為が遺伝的名ものなのかどうかだけど、これが一番の難題。というか、よくわからないww人は生まれながらにして戦争行為をするような要素を持ち合わせているのかどうか。よく心理学なんかで何でもない人々を囚人役と監守役とに別けて何日間か過ごさせると、監守役に攻撃的な姿勢が現れるって話は聞くけれども、それが果たして戦争行為にまで発展するようなものなのか。ちょっと理解が及びません。
 まぁ、とにかく戦争行為を文化的な営為ではないと否定することはできないと思います。むしろ、味方の内部で文化的な共有基盤を作るっていう意味では戦争は確かに文化的なものなのかもしれない。だとすれば、それを文化の力で…と言うのは何か間抜けな感じがするんだよねw
 いや、この作品を肯定的に受け止めるならば、歌っていうのが戦争の敵や味方の枠組みを超えて共有されるような状況を作り出すののであれば、それは戦争を抑止するための力として十全たる作用を及ぼすのかもしれない。ただし、それは敵にも共感を抱かせるようなものであったらの話。おおよその場合は言語の壁や生活習慣や宗教思想の関係で共有関係に発展することは稀なように思うなぁ。ただでさえ、クジラがどうのこうのと対立関係が作られてしまうくらいなんだから。願わくば、アニメが海を越えて世界に共有される文化になれば、あるいはアニメが戦争をなくす手段になるのかもしれないねww



 いやぁ、見ていて随所に『機動戦艦ナデシコ』の祖形とでも言うべきものがありました。ガンダムやマクロスがアニメにおける宇宙っていう共同幻想空間を開拓したんだなぁと思うと、感慨も一入です。現在のアニメの進歩というか変遷も感じながら、なんとか36話を見通しましたw

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/11/18(水) 00:51:42|
  2. 超時空要塞マクロス
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