土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『機動戦艦ナデシコ』#01「『男らしく』でいこう!」の感想。

「うわぁ、ここだここだ!みなさ~ん、私が艦長で~す!!ブイっ☆」
「またバカぁ~?」
「これでみんなのハートをキャッチ!!」
『機動戦艦ナデシコ』#01「『男らしく』でいこう!」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 確か企画のコンセプトは「宇宙戦艦ヤマトを舞台に、うる星やつらのキャラクターが暴れまわって、ガンダムも乗り回し、ときにはマジンガーも出てくる」だったっけ?どっかの本に書いてあったと思うんだけど、、何の本だったか忘れちゃった…(^_^;)このコンセプトが作品の雰囲気を象徴していると思う。いろんなアニメ作品がやってきた内容をパロディーにして、SF・ラブコメ・ロボット・宇宙・人間ドラマなどなど盛りだくさんのてんこ盛り状態なのがナデシコ。だけど、一本の筋を通して最初から最後まで作品としての統一感を出しているところがスゴイ!もはやパブロフの犬の如くにナデシコを見ると鳥肌が立つのは病気なのかもしれないけれど、ゆるゆると敢えて批判的に見ていこうとも思いますw

■破壊される「宇宙」

 宇宙でラブコメとは、これ如何に!!w木星人なる侵略者が地球を攻めてきているんだから、もっと緊張感ある雰囲気になるのが普通なんだろうけど、コミカルで軽いノリで話が進みましたw中華料理屋の客が「機動性が違うんだからさ、やめりゃぁいいのに。」と言って戦闘を悲観しているのが象徴的。。この時点で予想外というか、ガンダムやマクロスやヤマトの世界とは異なる宇宙の提示を行うことになるんじゃないのかな?ナデシコの全体を通して言えることなんだけど、常にやる気のなさが底の部分を流れているように思う。本来ならば戦闘に対してシビアに臨んで、相手に勝つことを至上命題のように感じるヒーローのような義務感を登場人物が抱いているはずなんだけど、ナデシコのクルーは民間人っていうこともあってか、そういう義務感はほとんど持っていませんwナデシコが民間の戦艦であるっていう設定そのものが、そもそも宇宙アニメの中では画期的な設定なんだと思います。
 それに、確かにマクロスは戦闘シーンよりも恋愛要素を前面に押し出してきていたけど、コメディーを取り入れるまでには至っていなかったと思う。ということは、まぁ、マクロスの方向性をよっぽど先鋭化させたようなものなのか。と思えば、一方では木星蜥蜴との戦争をかなりシビアに描いている部分もあるから、ガンダム的な部分もある。結局、やっぱりいろんなアニメの要素を寄せ集めたような感じっていうのが妥当なところなのかもしれない。
 とは言え、マクロス的な恋愛要素のあり方とも違っているところがある。マクロスでは戦闘員と非戦闘員の恋愛関係がメインだったのに対し、ナデシコはコック兼パイロットと艦長と通信士とパイロットの四角関係にまでなっているんだから徹底しているもんですwマクロスは艦内に普通の街があったからこそ、恋愛と戦闘を切り離した状態で両立させることができていたけれど、ナデシコでは両者を切り離すことをせずに両立させちゃっているから、その点も違うところ。キャラクターもオレっこ、メガネっこ、妹系、天然系、姉系、オタク系などなど盛りだくさん。こんなキャラクターアニメを宇宙で展開しようっていうんだから大変ですよねwゼントラーディが見たら「ヤック・デカルチャー!!」と叫んですぐさま逃げていくはずですwwナデシコ以前の宇宙というのは、戦闘が行われる緊張感漂う場所であって、未知の侵略者が優位に立つ中での命がけの戦闘が行われるような場所でもあった。もはや、ナデシコの提示する宇宙の様子っていうのは、ヤマトやガンダムやマクロスやトップをねらえといった先行の宇宙アニメが作り上げてきた宇宙の世界観を破壊しているとしか思えない。いい意味での破壊ですよ?w

■ブレるルリのキャラクター

「囮なら出てるわ!今、エレベーターに!」
「敵残存兵器、有効射程内にほとんど入ってる!」
「バッタ・ジョロとも残存ゼロ!地上軍の被害は甚大だが、戦死者数は5!」
「バカばっか」

 言葉遣いが変に感じられるw文字におこすとそれほど違和感もないけれど、口調もどことなく前に一歩踏み出したような強さがあって、後半のルリと比べると微妙にキャラクターが安定していないように思えます。なんていうか、冷めてないんですよね。。お決まりの「バカ」の言い方も本当に嫌がるような言い方で、ちょっと嫌味っぽい。というか、他のキャラクターを見下しているようにも感じられるような口調でした。これってルリっぽくないww文末表現も一定していないし、なんだかブレが見えますw

■ミスマル・ユリカという艦長

 ナデシコのデッキに初登場したときのセリフって衝撃的だったんだろうなぁ。ヤマトやマクロスの威厳たっぷりな艦長たちに比べると、よっぽど衝撃がすごかったと思う。何話か後に艦長の資質について、コンピューターによる戦略の立案が可能となっている中では戦略指揮や判断力というよりもカリスマ性が重視されるという考察も見えます。これも破壊される「宇宙」のひとつだと言える。

■社会的脱落者のアニメ

 ナデシコのクルーは能力は一流ながら資質や性格に少々の問題を抱える者ばかりという設定でした。これって、社会からの落伍者というか、社会秩序からは除外された人々を集めたっていうことになるのかな?艦長は艦長としては性格上の問題があるんだろうし、他のキャラも優秀な能力を持っていながら社長秘書や声優や違法改造屋といった能力を生かさないような仕事をやっていることからもわかります。要はextraordinaryってこと。能力も並外れているけれども、秩序からも外れているってことwもっと言えば、彼らはエリートではないってことです。結局、ヤマト・ガンダム・マクロスはエリートの描く宇宙だったわけで、ナデシコはエリートコースから外れた左遷させるような人材による宇宙ってことになります。思えばガンダムに登場するカイ・シデンっていうのがアキトの原形のひとつなんだろうけど、カイもエリートではなかった。アキトもカイも艦を抜け出してしまう話を持ちます。
 それまでの宇宙アニメがエリートたちによるシビアな戦闘、つまりは無駄のない戦略的に煮詰められたような緊張感のある戦闘を描いていたのに対し、ナデシコの宇宙は気の抜けた無駄ばかりのものになります。アムロもヒカルも命令違反をしながら自分の好きに戦闘を進める場面があるけれど、それはシビアな戦闘命令があった上でのものだから結局はシビアさを前提にしなければならない。でも、ナデシコはそんな命令に対する厳重生はありませんwそっちのほうが失敗やら個人的な感情やらが出てくるから、人間味を描くには適切なのかもしれない。彼らナデシコのクルーは民間人でエクストラな人材なだけに、戦闘の場面でも自分の我侭を通すだけの技術と精神性を持っていたということです。そもそも、ナデシコの描くところは「それぞれの正義」なんですから、社会の一般的名秩序から除外されるような人々にも正義はあるんだというメッセージも、あったのかなかったのか…ww



 「わが娘 子どもと思えば ナイスバデ byこうちゃん」作中では劇場版との2句しか出てこない貴重なミスマル提督の句ですwとにかく、ギャグをふんだんに盛り込みながら初回を終えました。ナデシコ以前の宇宙観のシビアさからしてみれば、ギャグとの温度差も相俟って奇妙な感じです。。次回のナデシコも、みんなで見よう!w

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/11/23(月) 00:25:33|
  2. 機動戦艦ナデシコ
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