土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『イヴの時間』(First Season)全6話の感想。

「私には、誰も連れてくることなんてできない。あなたにイヴの時間を教えたのは、たぶん、ここに来たことのある誰か。そして、そんなサミィちゃんがリクオくんとマサキくんを連れて来た。だからね、マサキくんが連れて来る人が倫理委員会の人なら、それはそれで仕方のないこと。このつながりは、そこでおしまい。この店もおしまい。」
「ナギさんは、それでいいの?」
「ここはね、みんなの心ひとつで成り立つお店。私は、見届けたいだけ。この輪がどこまで広がっていけるのか。」
『イヴの時間』#06「MASAKI イヴの絆」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 きっとオチはナギちゃんがロボットだったというに違いない!だって、ウインクするたびに目から星が出てくるんだから間違いない!!wいやぁ、みんな可愛かったなぁwwストーリーの進むテンポも良くって、ほどよくコミカルな要素も加わっていたのでスイスイと見ることができました。とは言え、15分が6話だから実質90分しかないっていうのが短くて残念だけど、その分、作りこみが細部にまで及んでいてキレイな絵に仕上がっていた。でも、『攻殻機動隊』を見ていることを前提にしないと上手な解釈ができないんじゃないのかな?ちょっと物語の設定に不安定な要素もあって、内容本体については首を傾げる部分がないわけでへなかった。

■テンポのいい筋書き

 キビキビと話が進んでいくから、とっても見やすい。テックスが階段を上れなかったり、アキコと学校で遭遇したときにリングを画面外に隠して登場させたり、カメラワークや音楽のメリハリなんかを駆使してコミカルさを演出しているっていうのが面白かった。
 初回の最後のほうで帰宅したリクオとサミィが描かれていて、そのときのサミィの髪の毛が濡れているっていうのも、なかなか憎い演出だった。あとで二人が帰り道で相合傘をしていて、それを他の人に見られるのをリクオが恥ずかしがってサミィを傘の外に出したっていう場面とつながる。こういう細かいところまで気配りのできる演出・脚本っていうのは好きですwそもそも、イヴの時間っていう空間のゆるやか~な雰囲気が好きだし、全体的な作品の空気感が柔らかくって心地よかった。

■イヴの時間の描くロボット=単なる奴隷

 ただし、問題は山積みwこの作品ではロボットと人間を感情的にも身体的にも外見的にも非常に近しい存在として描いているけど、人間とロボットの境界について詳しい説明や背景設定が与えられていないように感じる。あるのはロボット三原則をロボットが共有していると信じられている点だけ。そんな説明がないまま、人間とロボットが感情を通わせるなんていう物語を大々的に展開しちゃうもんだから大変だ。だって、下手をすれば単なる奴隷と主人の主従関係の話になっちゃうよ?ただただ奴隷には感情がなくって扱き使っていい対象であってという認識が社会的に共有されているような状態で、人道的な?リクオが奴隷の生態について観察しながら、次第に奴隷にも感情や人間らしさがあるんだと気付いていく。そんな筋書きと何が違うのか解らなくなっちゃう。この作品を見て、あ~人間とロボットが感情を通わせるハートフルな物語だなぁ、なんて思う人がいたら相当の問題な気がするwそれって、奴隷制度万歳みたいな発想と根底でつながり兼ねないんじゃない?このアニメを見て自分は人間であると再確認して安心するっていう感じ。あるいは、人間としてロボットと感情を通わせる主人公たちに感情移入して、そんな差別されるようなロボットと感情を通わせることのできることの優越感みたいな。。
 と、言うのはアニメ一見さんが見たらの話?wこの作品を見るには『攻殻機動隊』が絶対的に必要不可欠なわけです。攻殻ではしばしば人とロボットの境界について説明もあったし、その理解や問題なんかを延長してこの作品に宛がって見るならば、むしろ人間とロボットの違いから「人間らしさ」を客観視する視座を得るに至るまでの内容を読み取ることもできる。その方面は薄いことは確かだけど…wちょっと作品の設定が攻殻に依存しすぎなんだよねwどうも思想なき作品という側面がにじみ出てしまっていて残念至極。結局、人間らしさは身体が機械であるかどうかには因らないっていうに留まるのかな??

■欠陥

 もとより人間とロボットを似せる必要がない。登場人物の多くはロボットと感情を通わせるような人々を「ドリ系」として色眼鏡で見ていたけど、そんな状況が生まれるようならわざわざ人間と同じような容姿のロボットを使役する必要性がなくなる。確かに攻殻のオペ子や『RD潜脳調査室』のホロンがそうであるように、人間の生活空間で実用的なロボットと言えば、人間と同じ体格であるほうが効率的ではあるけど。。髪型や服装まで人間と同じようにする必要はないし、個を特定できるほどの特徴をそれぞれに備えさせる必要性はまったくない。だから、そういった設定の部分で大きな矛盾を抱えることになる。当然、それは人間とロボットのドラマを描くために、わざわざ似せているところなんだけど。。ちょっと無理じゃない?w
 それに、攻殻では、人は自分たちの似姿であるロボットや人形といったものに嫌悪感や忌避感を抱くっていうことを指摘している。ロボットはロボットらしくあれ。そうでないと、人は不安になるようです。特に『イノセンス』の中で詳しい描写がありました。そんな前例があるにもかかわらず、なぜ安易にロボットを人に似せて作ったのか…。よっぽどRDのホロンさんの恋のほうが上質なものだったなぁ。

■攻殻の上に成り立つイヴの時間

 今まで攻殻だ攻殻だと騒いだけど、では具体的にどこが共通するのか。
 まずOPで「未来、たぶん日本。…」なんてテロップが流れるけど、あれは攻殻の冒頭で流れるメッセージを意識したもの。間違いない!w人とロボットの違いについて詳しい描写があるのは攻殻であり、それを延長させないと解釈できないっていうのもひとつ。あるいはセトロがロボットたちの「個性」を観察しているけれど、ロボットに個性があるのかどうかっていう実験的な部分の発想も攻殻S.A.C.のタチコマでずいぶんとやってきたこと。涙を流すテックスなんてのはタチコマと重なって見えちゃったしねwおそらく「イヴの時間」っていう空間は大学の実験として設定されたもので、1138というコードを読み取ったロボットは何らかの作用を与えられて個性の芽生えに関する実験対象になるんじゃないかと思う。とりわけ、セトロが観察対象にしているのはナギじゃないかと思うんだけど。。そんなロボットにおける個性の萌芽を観察するっていう構図も攻殻S.A.C.と同じ。



 つまるところ、攻殻のスピンオフ的な感じになっちゃうのかな?もはや人間とロボットの恋愛なんてのはRDのホロンで十分だと思うし、個性の萌芽っていう点でもS.A.C.で扱っていた。よもや、その結論が「好奇心」だなんてことにはしないよね?wわざわざ攻殻を下敷きにしなくっても、普通に人間ドラマをやるだけの力量はあると思うんだけど。。。というより、評価されるべきなのはそこでしょ!セカンドシーズンで「イヴの時間」らしい展開が生まれることを期待しています☆さて、もう一回見ようww

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/11/25(水) 02:24:50|
  2. イヴの時間
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