土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『BLACK LAGOON』#02「Mangrove Heaven」の感想。

「部長、覚えておられませんか?俺はねぇ、もう死んでるんですよ。あんたがそう言った。俺の名は…、俺の名はロックだ。」
『BLACK LAGOON』#02「Mangrove Heaven」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 あんなに上手く魚雷が当たるわけないじゃんwまぁ、それが虚構の世界の話なんだろうけど。。どうしてもチキンレースに乗ってしまう心意気っていうのは数寄者の発想に思えちゃうなwwその場しのぎ、その日暮らし、日常の打算的な生活などそっちのけで、とにかく楽しく愉快に日々を過ごすって感じ。日常を生きる人間からしてみれば、この上なく魅力的に見えるんだなぁ。。あ~、誰か非日常の世界に連れていってくれ!って言っていると、ハルヒになっちゃうねwwキョンの出した結論っていうのは意外にも賢明なものだったのかもしれない。

■数寄者としてのチキンレース

 いや、戦略的に考えればガンシップはすぐさまダッチたちの乗る船を沈めるべきだった。無駄弾を使うこともなく、時間も早く終わるし、自らの安全性も上がる。だけど、彼らEO社の人間は戦いに飢えていたということもあり、戦闘行為そのものに「楽しみ」を見出していたわけです。そんな彼らがまたとない戦闘のチャンスを得たもんだから、楽しまないわけがないw撃った弾の数だけ資金を出してくれる日本の会社がバックにいるなら、なおさら遊びたくなるはず。。要は、そんな効率とか計画とかを度返しにしたところで物事を考えていたっていうことです。これって数寄者の発想に通じるのかな?日常生活で自分を取り巻く一切のしがらみを考えずに、ただひたすらに自分の興味や好奇心に従って行動するって感じ。あ、○辞苑を引いたら数寄者は「風流な人、好事家」だって…wちょっと意味が違うなぁ。。能因法師の数寄を考えれば、風流人と概して言ってしまうのはあまりに現象を簡略にしすぎているように思う。とにかく、ここではさっき定義したような感じの意味で考えてみたいなぁと思いますw
 こういった数寄の発想は日常生活を送る側からしてみれば忌避されるような行動原理にあたるはずです。だって、自分の興味や好奇心を最優先に行動していたら、他人と共有している社会のルールを守ることは難しくなってしまう。だいたい、自分に素直な欲望を押し通そうとした場合、他者の利害を損なうか競合するかして達成されることがない。だから、社会のルールに従って慎ましく相手に思いやりをもって「共生」とか「公共」とかい言う理念のもとに自己を抑制しなければならない。そうやって自分の欲望に忠実な人はだいたい「ワガママ」と言われて嫌われてしまいますw今回のガンシップの行動は明らかに日常的な効率性や合理性や計画性を追求する発想からはかけ離れていたし、あれは「ワガママ」な行動だった。あれは非日常の空間だからこそ許される、社会から逸脱した体系のもとに生きる人々だからこそ可能となる行動だったと考えられます。だけど、ダッチが言うように「おもしれぇってことは、大事なことだぜ?ロック!」なわけで、必ずしもこういった行動原理が否定されるべきではない。

「時々、いるんだ。一種の、誇大妄想と言おうか、自分のことをガンマンだと思っちまう連中。」

 このセリフこそ彼らが非日常に生きているって解る文面でもある。ガンマンって映画の中でしか出てこない存在だし、映画って非日常だもんね。おそらく、前回からの流れもあり、作者はロアナプラなんかの空間を映画の中の世界に比定して考えているようにも思う。映画館の外に広がる世界をアニメの中の日本として描き、上映している映画こそがロアナプラっていう寸法。さしずめ、映画を見ている人間がロックってところかな?
 ガンシップはチキンレースを仕掛けてきたけど、ダッチたちが乗るかどうかは解らなかった。だけど、そこはダッチたちも彼岸に生きる人間なんだから、乗らないわけがないんだよねww楽しいことは大事なこと。享楽的であることが生き様なんだから、細かいことを考えて策を弄して生き残ろうっていう発想には反吐が出るって口なんだから仕方ない。互いに数寄者としてチキンレースが始まったという見方もありだと思います。

■日常と非日常の混濁

 そんな日常と非日常の対比を描くなんてのは他のアニメでもしばしば取り入れられる構造であって、特筆すべきようなところでもない。数寄の発想というか、ここまで純粋に楽しさを追求して行動する人たちの生き様を愉快に描いた作品っていうのも無かったかもしれないけど…。だけど、大事なのはロックの存在です。ロックは昼でもなく夜でもなく、夕闇に自分の立ち居地を置いている人間だと言います。彼岸と此岸の間の部分、まだ三途の川を渡りきらず、映画においては出演者でも部外者でもない中途半端な観客の位置にいる存在。そんな中間者としての意味がロックにはあると思われる。
 そして、今回の話でも中間者的な発想を遺憾なく発揮しちゃいましたwさっきも言ったように、本来ならその場しのぎで享楽的で打算のない非日常に生きる人々なら、魚雷に高速艇に沈没船のアルペンコースを組み合わせて戦略的に物事を考えることはしないはず。そこらへん、日常的な打算や計画性といったものをロックが非日常に持ち込んだような感じがする。これって、ちょっとルール違反だよね?彼らは数寄者として打算を嫌うんだから、あんな戦略を立てることは嫌ってもいいはず。だけど、まぁ、ロックの提案も必ずしも打算的かと言えばそうでもないから難しいなぁw誰も成功すると思わないじゃんwそこらへんはロックの提案も浮世離れした突飛なものであったのかもしれないけれど。ここらへん、ロックが日常の戦略的な発想を非日常のロアナプラの世界に持ち込んだからこそ、彼はそれを強みとして生き残れたのかもしれない。本当なら、ダッチたちは非日常のルールに従って、あそこで果てるはずだったよね?w
 ブラックラグーンはそんなグレーゾーンを描くところが斬新だと思う。非日常の世界を舞台に選んでおきながら、そこで活躍するロックは日常の流儀で生きようとする存在になる。逆から見れば、彼こそロアナプラの世界から見ればアウトローになるわけだし、そんな彼だからこそロアナプラから見ればヒーローになり得るのかもしれない。彼は水戸黄門やハリー・ポッターと同じ客人なんだろうなぁ。

■日常にあふれる娯楽の抱える矛盾というか違和感

 彼らロアナプラの住人たちが明日をも知れぬ生活を送っていることは確かであって、そんな風俗によってか享楽的な発想を原理に行動するっていうのも理解は容易だと思う。それがチキンレースを成立させた背景にあるんだと思うし、あれこそ純粋にその場の楽しみを追い求める数寄の発想に近いものだとも感じる。でも、それって非日常だからこそ成り立つ発想だよね?さっきも言ったように、日常の他者と同一の社会ルールを共有して「公共」なんていうものが成り立っている世界では数寄は通用しない。少なくとも、それは大多数の人間に共有されるような発想ではないはず。
 だけど、日常の世界には享楽的で一過性の「娯楽」というものが蔓延していますw別にその場だけ楽しければいい。重苦しい主張を盛り込んだ映像作品よりも何の意味もなく笑って終わる気軽な作品を、手の込んだ料理よりも手軽に食べられるスナックを。次の日に残るような笑いは上質ではない、なんていう発想すらあるようです。とにかく、その場だけ楽しければいい。そんな発想は日常の生活にもありふれている。これってダッチやEO社の人々がチキンレースをやった背景にある考え方と共通するのか、、って考えると違うように思う。日常生活の中で打算や計画性を考える人々が娯楽を語ることはできるんだろうか?
 日常生活の発想は数寄を嫌うし、だけど娯楽は追い求める。これって矛盾じゃないのかなぁ。。少なくとも違和感はある。公共の存在する社会に生きる人々にとっての娯楽ってのはなんだろうか。原理的に考えれば極論ではあるけれども、娯楽って排除の対象になるよね?娯楽ばかりに興じる人は社会的には侮蔑の対象になり得るし、その社会集団に帰属する人が全員で娯楽に溺れたら社会が成り立たなくなるし、それはロアナプラになってしまうのか。。そう考えると、今の社会で通用している娯楽っていうのは中途半端なまがい物っていうか、娯楽であって娯楽でない、本物の娯楽になりきれない素人考えの娯楽なんじゃいのかな?適度に娯楽で適度に社会との兼ね合いもあるみたいな。今の社会にあふれている娯楽っていうのは実体のない幻想のようにも思える。本当の娯楽を追い求めることは、ダッチたちのように命がけになるんだろうし、それを何の理念もなくただ笑いながら享受している人々っていうのは何だろうね。。ちょっと気持ち悪いなぁ。。まぁ、受け手の解釈によって幻想になるか現実になるかは分かれるし、一概に言うこともできないか…。
 それにしても、ちょっとロアナプラに流れる享楽的な風俗と日本社会なんかに流れる娯楽っていうのを同じレベルで考えるのは問題だと思う。敢えて、ロアナプラ側を非日常的な意味合いも含めて「数寄」として、反対側を「娯楽」っていうことにしておこうかな?同じ享楽でも、あまりに内実が違うもんね。
 極論を言ってしまえば、エンターテイメントってのも文化的な思想背景のある娯楽ではなく、単なる経済活動として利潤を追求するための搾取の手段にしか思えないしwwなんだか現代の文化って経済に侵食されてなのか病的に見える。。まぁ、経済活動も人間の文化だと言えば文化なんだろうし、それもまた一興なのかなw
 あ、数寄をマニアって言い換えると解り易いのかもしれませんwマニアは社会的に侮蔑の対象になることもあるし、マニアの道を突き進むことは命がけでもあるでしょうwwワガママと言われようと、自分が楽しいと思ったら何を差し置いてでも目的に向かってひた走る。そんな心意気こそ数寄であってマニアなのかもしれない。。



 「ヤポンスキーにしておくには、もったいないタフガイだわ。」とはバラライカ姐さんの言ですが、彼女ほどカッコイイ女性はいないなぁwまさか、中の人が「んちゃ!」とか「キーン」とか言うロボットの声をやったり、「我輩」とか「○○なり~」が口癖のロボットをやったりしてる人だとは想像だにしませんでしたw

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/12/04(金) 02:34:34|
  2. BLACK LAGOON
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