土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『機動戦艦ナデシコ』#02「『緑の地球』は任せとけ」の感想。

「いきま~す!」
「位置について~、マニュアル発進、用意、ドン。」
「とりゃ~!」
「マニュアル発進って、ただ走るだけなんだ。」
『機動戦艦ナデシコ』#02「『緑の地球』は任せとけ」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 ゲキ・ガンガーという変換を多くやっていると、何かにつけてゲキが片仮名変換されちゃいます。ゲキは、劇中ゲキ、過ゲキ、ゲキ場版…、どんな学習をしているのやらw暑苦しくってたまりません。。さて、どうも違和感ありまくり。最初にナデシコを見たときは実際に放映されていたときで、そのときはガンダムやらマクロスといった作品を見ていませんでした。だから、この系統のアニメで最初に出会ったのがナデシコだったということ。今はガンダムもマクロスも見たので、ナデシコが前提としている作品には触れてきたわけです。そうなると、明らかにナデシコがそれまでに作り上げられてきた宇宙のイメージをぶち壊している気がする…。まさか宇宙でラブコメだのギャグだのをやろうと考える発想からしてそうなんだろうけど、エプロンを着てエステバリスに乗ったり、ボケに対して周囲の登場人物がコケたり、どう考えても宇宙には見合わない感じがする。これってガンダムやマクロスを見てきたからこその違和感なんだろうなぁ。加えて、今さらながらルリのキャラクターに違和感がある。あんなに嫌味だったっけ?セリフもその口調も、どことなくシニカルな雰囲気をまとっていて、決して複雑な生い立ちを持っているとは思えない。SF設定にも疑問があるし、なんだかナデシコも最初のころは模索しながらの制作だったんじゃないかと思わせるようなところが随所に見られます。

■ぼやくルリ

 ルリがぼやくっていうのが納得できないw後半の慎ましやかで悩ましげなルリの印象が強く、劇場版では艦長として大人びたルリを見ている身としては、どうしてもルリのキャラクターに違和感を持ってしまう。後半のルリからしてみれば、ここ2話でのルリはルリじゃない!!w前回は口調が違うと思ったけど、今回はセリフの内容からして皮肉めいていて決定的に違うと思った。有名な「バカばっか」の言い方でさえニュアンスが違うし。。ルリはこんなに嫌味な子じゃありません!!
 どうも全体的に後半のナデシコと比べて雰囲気が違う。ただ登場人物たちが何かしら物語の上で経験を積んで成長をして変化したというのなら結構なことなんだけど、そうではなくって作品の見せ方が違う。最後からしてみれば、壮大な木連と地球の戦争にまつわるエピソードを背景に人間ドラマなり正義に関する提示を行うなり、シリアスな内容が多かった。それに比べれば、ここ初回からの2話はギャグ要素が強くって、それ以外の要素があまり感じられない。当然、ゲキ・ガンガーや従来の宇宙観を破壊するなど、後半のシリアス展開につながるような伏線は多く見られるんだけど、あんまりにも気の抜けた展開で肩透かしって感じは少なからずあります。これもガンダムやマクロスを見てきたから感じることなのかな?

■演出の手法

 ナデシコでは特徴的な手法がいくつか使われています。ひとつは劇中劇で、もうひとつはメタ構造。劇中劇は言わずもがな、ゲキ・ガンガーのことですw今回の話で実際にゲキ・ガンガーがアニメの中で放映されていたけど、この作品の中で他の作品が流れるという二重構造のことを「劇中劇」と呼ぶんだと思います。たぶん…wこれが後半になってくるとナデシコ本編の話とゲキ・ガンガーの話が重層的な意味合いを醸し始めて、独特の表現性を打ち出すことになります。実は、これがナデシコのスゴイところ。ガンダムやマクロスじゃ、こんな凝ったことしなかったからねwwそもそも、このゲキ・ガンガーもゲッターやマジンガーといったスーパーロボットの熱血アニメをパロディーにしたというか、そういったアニメの典型的な要素を抜き取ったようなものだから、ここにもナデシコが多くの要素を取り込んだ一端を覗くことができる。ナデシコのギャグ要素はただギャグとして終わるだけじゃなくって、しっかりと何かしら作品の背景があって、そのパロディーをナデシコ本編の中に上手く取り込んでいるところが良かった。最近の流行でもある意味のないパロディーの列挙とは、わけが違うんです!w
 そして、メタ構造も佐藤竜雄監督の得意とするところ。今回はアキトが視聴者に向かって説明する場面があったり、アキトとユリカが「空き缶はクズカゴにね。」と言って他のキャラがこけたり、いろんな場面にメタ構造を読み取ることができました。これも珍しいのかな?エヴァも視聴者であるお茶の間のチルドレンたちを相手に人類補完計画なんてものをやってたから、それもメタ構造と言えばそうなのかもしれない。こういった発想はどこから来たんだろうね。。わからん。。。

■SF考證での違和感

 チューリップがパンジーとクロッカスを吸い込んでいたけど、あれってどんな都合で吸い込んだの?それに、ナデシコがチューリップに飲み込まれてからグラビティ・ブラストを発射して撃破してたけど、あれはどうして??なぜなにナデシコなどを見ても、ここらへんの論拠がわからない。
 これらの現象って今回しか登場しないから厄介なんですよ。まだ説明オバサンが登場してないから、誰も説明してくれないwチューリップはワープの出入り口であって、それを地球に送り込むことによって木連は大量の兵器をすぐさま地球に送り込むことができるようになります。基本的に地球にあるチューリップは出口としての役割が大きいと思う。なのに、なぜか能動的にチューリップが動いて戦艦を2つ吸い込んじゃうっていうのが理解できない。相手を吸い込むという行動すら珍しいし、目的がわからない。単なる地球側の兵器のサンプル採取?そう考えればまだいいけど、だったら他の戦艦も吸い込んでいいはず。それに、あんな触手みたいなものを出しているのも納得できない。チューリップは出入り口なだけであって、それに戦闘行動における役割を求めていることからして合理的ではないと思う。しかも単独行動なんだから、余計に意味がわからない。負けることが目に見えてるじゃんwちょっと、ご都合過ぎるように思う。
 ナデシコがチューリップに飲み込まれたら、その段階でワープするんじゃないの?っていうか、チューリップって入り口の部分でワープの入り口を設定しているから、そこに飲み込まれた段階でグラビティ・ブラストを発射したところで、ワープの出口側に届くことはあっても入り口側であるチューリップを破壊することは不可能だと思う。確かにモノを爆破するときには物体の中心で爆発させるのが一番の破壊力を持つとは思うけど、それとチューリップの爆破は別物だと思う。本当ならナデシコは飲み込まれた時点でボソン・ジャンプを開始していなきゃおかしいもんね。
 どうもご都合主義的に展開させたように思います。クロッカスがチューリップに飲み込まれるのは火星での話を展開させるのに必要な布石だし、それをやりたいがためのご都合的な設定だったのかな?チューリップに飲み込まれる部分も艦長の突飛だけども有能な判断を下すっていう設定を演出するための方法だったように思う。その代わり、SF考證的にはつじつまの合わない結果をもたらしてしまっていることは否めないんじゃないのかな…。



 もう、「破壊される宇宙」っていうテーマは前回の感想で書いていますからいいですよねwとにかくナデシコは徹底的にそれまでの宇宙観を壊します。宇宙でギャグをやるというようなギャップもさりながら、戦艦が民間だったり、戦艦に女の子ばっかりが乗っていたり、エプロン着てエステに乗ったり、艦長がボケキャラだったり、カッコイイ人を求めて通信士になる人がいたり、とにかく設定の段階から従来の宇宙アニメと正反対とも受け取ることのできるようなものを用意します。ここらへんがナデシコらしさなのか、、と言えば少し違う。最近思うのは、どうもナデシコって前半と後半で作品の方向性が大きく違っているんじゃないかと思う。おおまかに言えば、前半はギャグで後半はシリアスって感じ?まぁ、そんな作風の変遷もおいおい。ってなことで、次回、機動戦艦ナデシコ「早すぎる『さよなら』!」を、みんなで見よう!!

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/12/07(月) 23:26:18|
  2. 機動戦艦ナデシコ
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