土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『とある魔術の禁書目録』全24話の感想。

「神様、この世界があんたの作ったシステムの通りに動いているってんなら、まずは、その幻想をぶち殺す!」
『とある魔術の禁書目録』#06「幻想殺し(イマジンブレーカー)」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 超電磁砲が安定した仕上がりを見てせいたので、ついつい見てしまった…。なぜ、ここまで作品の質が違うんだろうかwスピンオフである超電磁砲は心情表現や話の展開において脈絡を持った仕上がりであるのに対し、本筋である禁書目録は勝手に盛り上がって勝手にかっこつける動機も脈絡もない軽い展開となっていた。。ちょっとガッカリですよ、上条当麻さんww

■幻想殺し(イマジンブレーカー)というシステム

 作中では超能力や魔術をキャンセルする能力として幻想殺しが描かれるけれども、そのシステムは思い込みや先入観や偏見といった観念的な部分にも及んでいると思う。そもそも、この作品では超能力の発動条件に「思い込み」を重視しているようなところがある。信じれば超能力は使える、みたいな。。

「確かに、さっき見たことで普通の人はチョコ100%だと思うでしょう。でも、アメ玉が入ってると思う人がいたら?その可能性を信じて、それを手に入れたら?まともな現実から切り離され、自分だけの現実を手に入れた人を私達は超能力者と呼ぶのです。」

 かの小萌先生は#12「絶対能力(レベル6)」で、このように解説していました。ここで言う「自分だけの現実」っていうのがポイント。これは客観性が介入することのない、自分だけが信じる秩序体系を有する現実世界と言い換えてもいいんじゃないのかな?逆に「みんなの現実」っていうのは同一の秩序体系を多くの人で共有して、いわゆる「当たり前」っていう感覚が成立するような世界観のことになる。自分だけの現実は、そんな「当たり前」を共有することのない、非常に主観的な秩序が支配する世界であると見ていいと思います。他にもアルス=マグナを完成させた錬金術師のアウレオルス=イザードも「自分だけの現実」である「思い込み」を「みんなの現実」に反映させる能力を持った人物でした。この作品が基盤としている世界には、こういった「思い込み」によって成り立つ「自分だけの現実」っていうのを超能力や魔術の成立根拠として設定していると考えていいでしょう。
 だから、幻想殺しっていうのは超能力や魔術をキャンセルする能力として機能することになる。結局、超能力や魔術は術者の「自分だけの現実」によって発動の根拠を得ているわけで、それは「みんなの現実」側からすれば単なる「幻想」でしかない。その主観的かつ傲慢な「自分だけの現実」に対して、「みんなの現実」の持つ「当たり前」の秩序を介入させるのが「幻想殺し」の本質と見ていいと思います。
 そして、その幻想殺しは能力に留まらず、他の人が「絶対に無理だ」とか「ありえない」とか、根拠なく当然のこととして受け入れている「当たり前」の意識すらも破壊することになる。たとえば、上条当麻はインデックスが一年ごとに記憶を消さないと死んでしまうという「植えつけられた前提」を破壊し、美琴シスターズが自分たちを実験動物だと信じている気持ちを打ち壊し、逆に氷華が自身を人間であると思い込んでいた幻想を守りました。この仕組みが実は話の骨子でもあり、禁書目録のすべてと言っていいかもしれないwいろんな能力者が当たり前のことだと思っていることを、上条当麻という最弱の男が外側の視点から当たり前でないポイントを見つけて幻想を破壊していくっていう流れ。そこに主人公としての資質を求めているし、その幻想殺しの視点を話に持ち込むことで禁書目録のストーリーが展開されているということになります。つまり、幻想殺しの能力は超能力や魔術を打ち消す能力であるのと同時に、人々の覆いこみや先入観や偏見を打ち壊すという二重のシステムが内在していると見ていいんじゃないのかな?
 なんていうかさ、この作品って、これで持っているようなものなのかもしれない。これが作品の骨格であり、これだけに終始してしまっているから発展性も感じられない。「見切った!」って感じだねw

■脈絡に欠ける展開とヒーローの再来

 なんだろね、登場人物たちの思い込みが激しいっていうか、なんとも上条ちゃんに都合のいい展開になっているなぁっていうのが第一印象w一番の疑問は上条ちゃんがなぜインデックスと同居するようになったのかっていうところ。彼が彼女を助ける理由や動機がほとんど語られないんだよね…。なぜ助けるのかって言えば、弱っている人を助けなきゃいけないとか言う正義感によるんだろうか。。別に彼女のことを好きになったから助けようとか、助けることが自分の利益になるとか、そんなことでもない。しかも、一度はインデックスと別れたことによって彼女が傷付いている姿を見て後悔している精神性がまったく理解できなかった。それは彼女が上条ちゃんに迷惑をかけないように出て行ったという思いやりを踏みにじることにもなるんじゃないの?なんだか押し付けがましいお節介が上条ちゃんのみならず多くの登場人物に見て取れて、かなり辟易としてしまった。そもそも、その誰彼構わず女の子を助けようとする精神性や多くの女の子とフラグを立てまくる話の展開を「幻想殺し」でやっつけて欲しかった。。
 なんにつけても、動機が語られない。上条ちゃんは、なぜインデックスを助けたのか、なぜ自身の記憶喪失を隠して綱渡り的な人付き合いを行うのか、なぜ誰彼構わず女の子を助けるのか、なぜインデックスは出会ったばかりの上条ちゃんに当初から好意的に接しているのか、なぜ基本的に上条ちゃんは女の子から好意的に接しられているのか、なぜ動機も説明されないのに命を投げ出すのか…。細かいところを挙げればきりがないけど、見ていて突っ込みどころはたくさんあったww
 この作品って、ただ盛り上がったシチュエーションを楽しむだけっていうのが実なんだろうか。。何の脈絡もないうちに勝手に盛り上がって、かっこいいようなセリフをしゃべって、いつの間にかイチャイチャ展開っていうのが毎回のことだったと思う。まったく論理性がないんだよね。。。
 まぁ、上条ちゃんからしてみれば「人を助けるのに動機なんていらねぇ」ってことなんだろうけど、それって十数年前くらいまでにあった、いわゆる「ヒーロー」の精神性じゃない?ガンダムのアムロ=レイあたりから、そういったかっこいいだけのヒーローっていうのは絶滅の一途をたどっていると思っていたんだけどw彼はそんなヒーローの生き残りなのかもしれない。。

■ラノベ特有の「軽み」

 とにかく、細かい動機や背景設定や、そんな細かいことは気にしないのがラノベの「軽み」と呼ぶべき資質なんだと思う。基本的には一過性の享楽を求めたものだろうから、繰り返して読まれることなんか意識していないんじゃないのかな?本来なら、なぜ上条ちゃんがっていう上述の問いに対する答えを作中に用意しながら、細かい心理描写や微妙な人間関係を描いていくっていうのが常套的な手法なんだろうけど、ラノベではそういった前提とすべき設定は一切排除されてしまう。とにかく、盛り上がってオチがあればいい、みたいな。
 本当なら、視聴者はこの作品を見ても脈絡をつかめないから理解が及ばないはずなんだよねwたとえば、インデックスと初対面なのに、なぜ上条ちゃんは助けようとしたのか。それは「お約束」だからだと思います。誰もが上条ちゃんを主人公であると前提していて、インデックスをヒロインだと思う。彼らが関わっていくのは必然であって、その先入観があるからこそ、作者は彼らが不自然にも関わっていくことを説明する必要がなくなる。本来ならば手順が逆なんだろうけど、ラノベって話の展開や人間関係において視聴者の思い込みを前提とするところがあるんだよね。。主に今までのアニメやエロゲで形成されてきた、「当たり前の展開」ってやつ。いわゆる「フラグ」もその一部だと思う。そういった前提があるからこそ、それを頼りにしてラノベは細かい説明を省くことができる。明らかに不自然なんだけど、それは受け手に共通して抱かれている「当たり前の設定・展開」っていうのを上手く利用した方法と言える。
 そして、設定や展開や人間関係を簡略に省いた上で、とにかくシチュエーションで楽しむっていうのがラノベなのかなぁ。。この作品で言えば、上条ちゃんがいろんな能力者の戦いに巻き込まれて、土壇場で幻想殺しの力によって主人公としての行動を起こすっていうところ。あの、かっこいいようなセリフを言わせたいがために展開させているようなもんだし、そんなありえない状況しか作品の実体を語るものがないのかもしれない。
 そうなると、どれだけ突飛な世界観なのか、どれだけ人々が共有しているアニメとかゲームとかの世界観に関わらせた世界観を構築できるか、っていう物語の枠組み勝負になっちゃうんだよね。。中身は関係ない。っていうか、ラノベに出てくる登場人物って似たり寄ったりで個性がないんだよねwそれが、ツンデレやらロリやら様々な属性の装備によって決定付けられるキャラクターになるんだけど、もはや名前が違うだけで行動様式とか思考はどの作品も変わらなくなってきちゃっている。ってことで、引き算をすれば作品の違いっていうのは世界観だけになっちゃうんだよね(^_^;)結局、登場人物の設定なり心情っていうのは省略に付されるから、そこしか違いが出てこない。ラノベに限らないのかもしれないけど、こんな「軽み」が最近の作品を取り巻いているように感じるなぁ。。



 どうしたもんか、テンションの下がる作品だった。超電磁砲は初春や佐天を中心にして、まぁベタではあるけど普遍的とも言えるような心情を描くことができていた。黒子を中心にそんな人間関係を構築できていたし、第一、初春なんかのジュブナイル的な要素も見られて良かった。そんなところに安定感を覚えたのかもしれない。スピンオフのほうが作品として自立しているっていうのは皮肉な話だよねww

テーマ:とある魔術の禁書目録 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/12/11(金) 00:16:49|
  2. とある魔術の禁書目録
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