土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『電脳コイル』#02「コイル電脳探偵局」の感想。

「都市伝説によると、ミチコさんを呼び出した子どもは、あっちに連れて行かれてしまうそうです。」
『電脳コイル』#02「コイル電脳探偵局」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 類型的なキャラクターに頼っていない作品というだけで安心感を覚えるようになってしまった今日この頃、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。優子って主人公としてはずいぶんと冴えないキャラクターですよねwクラスの仲良し三人組のうち、影の薄いキャラクターの立ち位置にいそうな感じ。とは言いながら、しっかりと今のアニメらしくパロディー要素も盛り込みつつ、今までのアニメを下敷きにしているところは相変わらずで(^_^;)ん?もはや2007年の作品を「今」と言うのは無理があるのか…w

■子どもがワクワクするような設定

 メガビーとかレンガの壁とか信号の操作とか、子どもが好きそうな道具がいっぱい出てきていい感じ。基本的に改造とかって好きですよねwちょっとお茶目な…にしては、やり過ぎな感じもするけど。。それに、正体を誰も知らないイリーガルとか、メガシ屋とか、子どもはワクワクしながら見るんだろうなぁ。。ここ初回の2話はフミエによる道具の説明が多くって、ちょっと説明セリフばかりの展開につまらなくなっちゃう部分があるけれども、それも仕方のないことと思えるから不思議。

■散りばめられるパロディー

 メガばぁを見ると「コンピューターおばあちゃん」を思い出しますw単なる歌なんだけど、発想としては共通するものがあるのかな?最新の知識を持っていて、しかも子どもより精通しているお年寄りっていうのは意外な存在としての印象を持ちます。っていうか、メガばぁはそれがなくても強烈なキャラクターだしw他にもドラえもんみたいに道具の名前を叫ぶところもパロディーちっく。
 あんまり宛てつけるのも良くないとは思うけど、どうしても感じちゃうのは『となりのトトロ』でしょう。京子なんかは、そのままメイちゃんそっくり。モジョを見つけてニターっと笑うところなんかは、メイちゃんが真っ黒くろすけを見つける場面に似ていて思い出しちゃいます。それに、彼女たちが引っ越してきているっていうのも共通するところ。心なしか、音楽も似ているんだよねw二人の姉妹が引っ越してきて、その町に伝わる不思議な話の中に取り込まれていくっていう構図はトトロと似ているとしか思えない。京子の世話を焼く優子はサツキに重なるしねw

■デジタルな怪異

 鳥居で区切られるっていう発想は昔からあるものだと思います。他にも橋とか階段とか注連縄とか、何か場所を区切るものっていうのは「アッチ」と「コッチ」を区切る境目として意識されてきた経緯がある…のかな?まぁ、実際に注連縄はそういった効果を狙って張られるものだし、橋は彼岸と此岸を区切るものとしての役割があったのは確か。いや、橋というより川にあったと言うべきか。
 加えて、冒頭では「ミチコさん」なる怪談が語られるけど、同時に後半ではイリーガルっていう怪異も語られる。これはミチコさんはアナログな怪異であって、イリーガルはデジタルな怪異と考えることもできる。基本的に電脳コイルの怖い話っていうのは、今までのほかの作品がアナログな段階で展開させてきた怖い話をデジタルに置き換えて焼きなおしたようなものだから、発想としては昔からあったようなもんなんだよね。具体的なことは後の展開とともに見ていきましょう。

■作品の雰囲気を作っていく細かな言動

 たとえば、400円のことを400万円と言う場面、メガネが破壊された場合の修理費用をお年玉換算で考えるところ、改造好きの子ども像、音声入力の鍵に対して「それだけじゃ危ない」と言うセリフ、カレーを見て「うんち」と言いそうになるキョウコを止める母、娘の前で裸になる父を怒る場面、「うんち」と叫ぶ習性が共通する姉妹、どれも作品の背景的な設定ではあるけど、こういった細かい配慮が作品の安定感や雰囲気を作るものとして機能していると思う。習俗っていうと変だけど、何気ない言動が彼らの日常を思い起こさせるし、奥ゆかしさをかもし出します。
 特にフミエが音声入力のドア鍵に「いまどき、それだけじゃ危ない。」と言う場面は良かった。これって、音声入力のドア鍵ってだけで見ている側の人間は目新しい未来の産物だと思うけど、物語の中ではそれが既に古いものになっているという設定を匂わせる効果を持ちます。これって地味なセリフだけど、意外にもそんな心象を効果的に与える上では重要なファクターになっている。ここらへんの何気ないセリフに設定を滑り込ませるあたりが上手いところなんだよなぁ。。作品の「空気」を作るのってすごく難しいことなんだろうけど、こうやってセリフの端々に物語の空気を忍ばせるっていうのはお手本として勉強になるものです。



 触った感触のないデンスケっていうのが後々になって効いてくるんだよなぁwラストを見ているだけに、感慨深いものです。とにかく、今回は京子が大活躍だった感じ。無邪気にデンスケにメイクをするところは面白かった。っていうか、足の指でクレヨンをつかんで手に渡すって、、できるの?無理じゃね??身体の柔らかい人ならできるのかなぁ。。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/12/13(日) 00:01:00|
  2. 電脳コイル
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