土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『秒速5センチメートル a chain of short stories about their distance』の感想。

「ねぇ、秒速5センチなんだって。」
「え、何?」
「桜の花の落ちるスピード。秒速5センチメートル。」
「ふーん。明里、そういうこと、よく知ってるよね。」
「ねぇ、なんだか、まるで雪みたいじゃない?」
『桜花抄』より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 美しい…、美しすぎるw耽美的って感じだなぁ。。でも、リアリティーはないよね(^_^;)まぁ、そんなものを求めた作品じゃないんだろうけど。。個人的には好みではないけれど、恋愛を美しく描いた作品としてはいいのだろうか。。画はよっぽどキレイだし、セリフもプロットも美しさを追い求めたかのような感じだった。現実にはありえないような画と物語の美しさなんだけど、それが現実離れしないのも現実に近しい画を用いていることによるんだろうか。。ただ、あそこまで美しい絵を使っているだけに、セリフが邪魔になるときが多かったんだよねwわざわざ言葉で語る必要もないだろうに、あえてモノローグで臭いセリフを言わせるっていうのは蛇足に思えなくもない。まぁ、それも耽美的な雰囲気を十全に演出しようとする狙いがあってのことなのかな?

■幻想的な恋愛を「起こりうる」と錯覚させる現実的な背景美術

 物語は現実離れした恋愛を描いているのに、なぜ美術設定は現実感のある背景を選んでいるんだろうか。。何か矛盾を感じないでもないw結論から言えば、それは物語を現実離れさせないための仕組みとして作用しているんだろうし、美しいものを並べ立てたいという意識があってのことなんだろうと思う。
 いやぁ、あんな恋愛ってありえないでしょwこの時代にあんな古典的とも言えるような恋愛は成り立たないんじゃないだろうか。。全体のベースになっている「桜花抄」での恋心っていうのが信じられないんだよねw遠距離恋愛の最中にようやく逢瀬を遂げるっていうのは感動的ではあるものの、転校・文通・逢瀬を邪魔するかのような大雪・ずっと待ち続ける彼女・手作りのお弁当・渡されない手紙などなど、すべての要素がベタだった。あの、彼らって小学生だよね?っていうツッコミを差し置いたとしても、ここまで理想的というか典型的というか、あまりに仕組まれたかのような展開っていうのは現実味を失わせる。
 というより、互いに恋に恋しちゃってるというか、別に相手自身を実際に直視しているようには思えない。それが恋愛だって言えば、そうなんだろうけどさwまぁ、これだけ純粋な恋愛っていうのも、小学生だからこそ成り立ったと考えることはできるけど…。無個性かつ純粋だからこその美しさっていうのがあるんだろうか。。世にあふれる恋愛すべての独自性や特殊性を捨象して、恋愛の美しい部分だけを絞り取ったような感じ。だからこそ、美しくはあるけど現実感のないような表現だと感じるのかもしれない。本来なら、それぞれの恋愛における特殊な関係性なり恋愛模様っていうのがあって当然なんだろうけど、彼らにはそれがなかった。彼らの恋愛は特殊でもなんでもなくって、普遍そのものだったんじゃないのかな?
 そういった普遍ではあるだろうけど特殊性を持たない現実離れした恋愛を描く一方、背景は見たこともない美しさを誇っていた。光の加減や物体の質感に見られるリアリティーに始まって、広告や看板までも実際の街に見られるものを忠実に描いたところがスゴイのかな。。そんな現実感の強い背景を持っているからこそ、現実離れしたような物語が浮かずに付いてきているんじゃないだろうか。。もしも、この作品の背景が普通のTVアニメレベルの美術であったとしたら、きっと何も印象を与えないような作品になっていたんじゃない?この作品の本質っていうのは、幻想的な恋愛関係を、現実に近しい背景を描くことによって、さも現実にあるように錯覚させて、視聴者にその理想的な恋愛を追体験させるところにあるんじゃないだろうか。。
 だって、その小学生だろってツッコミを言えば、第一に小学生はあんな手紙の文面を書くことはできないでしょw「前略」だの「拝啓」だのはいいとしても、あんな詩的な表現をわざわざ手紙に織り交ぜて書くっていうのがなかな信じられないw貴樹の行動にしても、明里の文章にしても、どちらも非の打ち所のないものだった。小学生だったら、待合室であんな時間まで待たせてくれるほど大人は空気を読まないだろうし、都合よく毛布のある小屋が道端にあるわけもないwすべてがあつらえたかのように、彼らの恋愛行動を成就させるために仕組まれていた。そういった、ありえない展開を支えたのが、あの美しすぎて現実を模写したかのような背景なんだろうね。。

■相手不在のモノローグ

 独白でほとんどのセリフを終えるっていうのは、あんまり他の作品でも見ないよね。最近の作品で言えば『君に届け』がそうかな?あれもモノローグだけでほとんど構成されているようなもんだもんね。。だけど、相手との生のセリフのやり取りがないだけに、人物関係の変化ってのは起こりにくいことになる。すべて自己内で悩んだり解決したりしてしまうから、ぶっちゃければ、相手の存在が不必要でもあるんだよね。。いや、恋愛とは勘違いが元なんだから、会話しないで一人ごちているほうが都合がいいってのは当然なんだろうけど…w
 さっき言った相手を直視していないっていう理由もここにある。だって、相手と会話してないじゃんw確かに文通はしているけれど、実際に会わないうちに互いに美化されるか劣化されるか、とにかく相手の実像からは離れていくように思う。相手に手紙を書くという行為そのものに恋愛行動としての意味を感じていて、相手の反応でさえも一連の恋愛の中に収斂されてしまう。モノローグばかりで進められるっていうことは、そういった現実離れの自己内恋愛を完結させることになる。相手がどうであろうと関係なく、自分の恋愛として自分の思いを遂げれば満足なわけじゃない?簡単に言えば、恋に恋しちゃってるってやつだよねw
 結局、こう考えれば、最後まで貴樹が満足のいく恋愛ができなかったっていうのも納得のいく筋書きとなる。彼にとって恋愛とは自分の妄想している「彼女」に対する思いを遂げることであって、実際にその場所に宛がわれる「現実の女の子」は見ていないわけだ。たぶん、本当に明里と再会したところで、彼は納得の行くような恋愛はできないんだろうね。。それに、過去の小学生時代の明里だって、実際の明里本人の実像ではなかったんだろうと思う。まさに、彼女の「彼」は具体性を持たない「あっち」の存在としての女の子だったと言えると思う。

■コスモナウト

 唯一、まともだったのが澄田花苗だったんじゃない?w貴樹を見ながら、「優しくしないで…。」って言ったところは良い表現だった。彼女こそ物語のヒロインだと思うww貴樹は優しいからこそ、東京に彼女がいるにも関わらず自分にも親しく接してくれる。実際には彼女はいなかったわけだし、どうやら花苗も貴樹が実際には存在しないような「彼女」を求めていたことに気付いていたのかな?彼の優しさっていうのは、全方向への優しさだからこそ、自分に優しくされると好きになってしまうから、優しさを止めて欲しい。そんなところだろうか…。ロケットの打ち上げと貴樹の高望みを重ね合わせて表現しているところや、花苗の切ない恋を描いたってところで、作品全体の中でも「コスモナウト」が一番いいように思う。



 恋愛について言葉で語ろうっていうほど愚かなことはないとは思うけど、語ってしまったwまぁ、よくわからんですよ(^_^;)それにしても、見ていながら貴樹が嫌な男だと何回思ったことか…。あれは優しいのではない!ただ、夢ばかり見ているダメ男なのです!!w

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/01/21(木) 00:01:00|
  2. 秒速5センチメートル
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