土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『MIND GAME』の感想。

「私、悪い人間になってた。悪ドイことして、大いばりしたかったのね。めちゃめちゃ強い、男らしい男、思われたかった。人をね、踏みつけに、こぅ、してやりたかったんデスネ。でも、ここへ来たら、ここは苦しい。でも私、生きてきちゃいマシタ~!!私また、こうして泳げる、こうして物つかむこともできる、歩ける、見ることもできる、楽しくないデスカ?海はしょっぱいデスカ?あは、ここは臭いデ~ス!でも、それがウレシイィ!!何もしないで、寝ていマスカ?それとも、何か感じていマスカ?どっちが楽しいデスカァ~!?」
『MIND GAME』より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




いやぁ、楽しかった。作画は『魔法少女隊アルス』や『鉄コン筋クリート』を手がけた「スタジオ4℃」らしく、尖がっていながら表情豊かなものに仕上がっていました。一目でわかるくらい特徴的だよね(^_^;)いかにもアニメって感じの映像表現で、アニメならではの表現方法を存分に駆使しているようなところがスゴかった。ところどころで実写をキャプションしながらの展開だったけど、それほど違和感もなかったかな。ストーリーは典型的な彼岸と此岸の対立軸を根底に敷いた主人公の成長譚でもあり、無難にまとまっていたと思う。。まぁ、話の筋立てに関してはそれほど新鮮味を感じなかったけれど、当たり前のことを当たり前に表現するほど難しいことはないだろうし。。決してすべてをセリフで語ろうとはせず、絵によって具体的に物語ろうとする部分が多かったところも好感触。何より楽しかったのは、いろんな場面に遊び心が感じられたところかなw

■クジラの胃袋という彼岸

「私、悪い人間になってた。悪ドイことして、大いばりしたかったのね。めちゃめちゃ強い、男らしい男、思われたかった。人をね、踏みつけに、こぅ、してやりたかったんデスネ。でも、ここへ来たら、ここは苦しい。でも私、生きてきちゃいマシタ~!!私また、こうして泳げる、こうして物つかむこともできる、歩ける、見ることもできる、楽しくないデスカ?海はしょっぱいデスカ?あは、ここは臭いデ~ス!でも、それがウレシイィ!!何もしないで、寝ていマスカ?それとも、何か感じていマスカ?どっちが楽しいデスカァ~!?」

「外に出たいんや!外にはいろんな世界があって、いっぱいいろんな人らが自分らの思い思いの時間を生きてて、信じられへんくらい、エエやつとか悪いやつとか、自分とまったく違ういろんな人間がごちゃまんとして世界を作っとんねや。成功するとか野垂れ死ぬとか、どっちが上とかどっちが下とか、そんなんは問題じゃなくて、俺、そん中に居たいんや!!俺、わかったんや。コネも金も才能がなくても、カッコ悪くても惨めでも、俺は自分の手で足で考えて動いて自分の人生を手に入れたいんや!」

 あの藤井隆声のおじいちゃんの「生きてきちゃいマシタ~」っていうセリフが大好きですw要は、他の人間との関係やら、社会的な体面やら、守らなければならないルールやら、社会で生きていくために求められる能力やら、こうあって欲しいと相手から思われることやら、とにかく現実社会の束縛の届かない場所がクジラの胃袋ってことだと思う。そんな場所におじいちゃんがたどり着いちゃったもんだから、そこは桃源郷みたいな場所ということなのかな?食料は勝手に流れてくるし、クジラの胃袋の中に限れば自由気ままに過ごすことができる。何も気にすることなく、好き勝手ができる。「生きてきちゃう」ということは、以前は生きていなかったことを含意するわけだから、クジラの胃袋にたどり着く前と後で生き方に違いが出てきたっていうことは明らかだろうと思う。
 基本的にこの作品の筋立てっていうのは難しくない。起承転結がはっきりしているし、彼岸と此岸の対立軸によって整理すれば、容易にその仕組みを理解することができる。前半の部分は主人公たちが現実世界からクジラへと逃避してくる過程を描いたもので、後半部分はクジラの胃袋という彼岸よりも現実のほうにこそ生きる意味を見出して現実へと回帰していくっていう流れになるのかな。。
 結局、現実の社会で生きることには様々な規制がかかる。おじいちゃんが「大いばりしたかった」だの「男らしい男、思われたかった」と言っていることからわかるように、誰でも見栄を張ったり、虚勢を張ったり、他者に認められようとする。だって、認められなければ受け入れられることもないから、社会の中で生きていくことはできない。成人式なんかがそうだよね。。大人社会の一員として認められるようになるからこそ、その後に様々な権利なんかを与えられることになる。あぁ、最近の成人式はどうかと思うけどwまぁ、元服だの髪結いだの、そういったイニシエーションなんかは、社会から認められるようになるための儀式としての意味合いが主たるものだと思う。だけど、そこで認めてもらうためには社会から求められる能力なり経験を必要とする。割礼なんかがイニシエーションの例でよく出されるし、バンジージャンプだってその一種だと言われているみたい。ここまでのイニシエーションに関する例示もそうだし、もっと日常のありふれた場面で社会に認められるために何かするという構図は読み取れると思う。ってことで、とにかく社会で生きていくためには、認めてもらいえるように努力しないといけないっていう煩わしさは出てくる。集団の中で生きていくには当たり前のことだし、あくまで一個人の立場からして煩わしいというだけなんだけどねw
 それに対して、クジラの胃袋の中っていうのは社会の介入を一切遮断してしまっている。外界との接触を図ることのできるものは、せいぜいラジオくらい?それも一方通行だしねwということで、クジラの胃袋では社会なんかを気にしないで勝手気ままに生活することができるっていうこと。社会で生きることに疲れちゃった人からしてみれば、それは自由の残るロストパラダイスみたいなものなのかもしれない。途中でお姉ちゃんが髪の毛をバッサリと切っていたけど、あれって出家を暗に意味しているのかな?wあんまり髪の毛を切った動機は語られていないし、こういった彼岸の地へと来たことを象徴するかのように切ったから出家と同じ意味を表現しようとしたのかと思った。そうした途端、お姉ちゃんもはっちゃけちゃって、楽しそうに行動するんだよねwwクジラの中では集団での制約から解放されて、自己のあるがままの生き方を優先できるっていうことで、生き生きとしていた。ここではお姉ちゃんも「生きてきちゃって」いたw
 結局、この物語って従来のファンタジックな作品がよく使っている伝統的な仕組みを受け継いでいるんだよね。日常における自己の否定と挫折⇒彼岸における自己の復活⇒日常への回帰みたいな。だいたいの場合、主人公が日常生活に不満なり息苦しさを感じていて、あっちの世界に渡ったことで様々な困難とともに成長を遂げ、最終的には現実で生きることの意味を見出したり必要な能力を身に付けたりすることで、現実へと帰っていく。あっちの世界からしてみれば、そんな主人公はよその国から来た「客人=英雄」であって、現実の世界では認められなかった主人公の存在が新たに再定義されることになる。そんな物語ってよく見かけます。『ハリー・ポッター』だってそうだろうし、『十二国記』や『魔法少女隊アルス』だって同じだった。これらに比べてみれば、この作品では主人公の成長なんかがあまり描かれないだけに、ちょっと展開として不十分な感じはあるよね。。
 あるいは、『涼宮ハルヒの憂鬱』だってちょっと意味合いは違うけど、同様の趣向を用いている。ハルヒが最後に作った閉鎖空間が、まさしくクジラの胃袋と同じだと思う。つまるところ、彼らはつまらない現実から抜け出す手段を手に入れたはいいんだけど、その段になって初めて現実社会のありがたみや面白さといったものに気付くというパターン。むしろ、マインド・ゲームはハリポタなんかのファンタジーよりもハルヒに近いのかもしれない。
 確かに桃源郷たる閉鎖空間やクジラの胃袋には未来がない。他者が存在しないだけに、何ら変化が起こらない。もはや、ゆるやかな死を待つだけでもあり、安定しているだけに新鮮味もなくなる。やっぱり人間ってのは他者に認知されなければ、「生きている」状態にはなりえないんだろうね。っていうことを、気付かせるための装置と考えることもできる。他者との関係を一切排除してから気付くことでもあり、他者との関係性を求めれば、そこには自己存在だけでは成り立ち得ない様々な可能性の広がりが感じられるだろうし、現実でこそ夢を語ることができるのかもしれない。
 つまるところ、この物語は自己存在の回復を図るものであって、一度だけ社会の外に出ることによって現実社会の束縛なりルールの意味合いを再確認することが本筋に埋め込まれているものと思われる。とは言え、そんな堅苦しいことよりも、クジラの胃袋で繰り広げられるコミカルな展開っていうのが一番楽しいんだけどねw
 それにしても、よもやハルヒと同じ仕組みを見出してしまうとはw絵柄が違うだけで、ずいぶんと様変わりするもんだねww考えてみれば、前半部分での居酒屋場面は何がしたいのかわからなかったかなぁ。。主人公が自分の情けなさに気付いて、それを直すために突飛な行動に出るっていう寸法なんだろうけど、現実社会の様子まで拳銃ぶっぱなしたり人を殺したりと虚構たっぷりに描いてしまうのは微妙だと思う。。あれじゃぁ、クジラの胃袋の中と大差なくなっちゃうもんねw

■マインド=主観的な世界認識

「昨今の若者の、止まることなく肥大する自意識、友達会話、風景感覚、暴走する幼稚な正義、すべてがリセットボタンひとつで事足りるゲーム感覚、そして無感覚。お前らはブレーキのイカれたジェットコースターや!」

「わしのイメージが定まらんのやろ。」
「お前さんのイメージがコロコロ変わるさかいなぁ。」

「唯一の解決策は、素直になるこっちゃね。」
「そしたら、簡単に正しいものを拾い上げることができるやろ?」
「あくまでも、お前にとっての正しいやけどね。」

「大丈夫。恐怖は自分の中にある。自分のマインド次第で、いくらでも変化する。心の中に明かりを灯して、その光をデカくして、楽しいと思ってみて。嘘でも、心の中で楽しいって感じてみて。それだけで、急に今までと違ったモンが見えるやろ?」

 クジラの胃袋の中が彼岸であるという仕組みは、もうひとつ背景に大切な発想があると思う。つまり、主人公は自分の主観によって好きなように世界をどうにかしたいと考えていたのが、後半になって他者の存在を求めるようになったっていう変化の仕組みがある。まぁ、あんまり変化の動機がしっかりと描かれているわけじゃないんだけどねw
 神様の姿が主人公の抱くイメージによってコロコロと変化するっていう発想が象徴的だったように思う。主観的な認識が先行していて、外界の事象が自立して存在していないってことなのかなぁ。。ヤクザのボスが「ブレーキのイカれたジェットコースターや」とか某グルメレポーターみたいなこと言ってるけど、それって自己中心的な物事の捉え方しかできずに周囲からの抑制が利かない状況にあることを言ってるんでしょ?それって神様を認識することに当てはめてもいいんだろうと思うけど、じゃぁ、あそこにいた神様って実在したの?っていう疑問が出てくる。ご本人は頭の中のイメージで「姿」だけがコロコロと変わるみたいなこと言ってたけど、存在そのものは超然として確定していたんだろうか…。そこらへんがよくわからない。ちょっと不完全燃焼だなぁ。。
 とにもかくにも、あの場面では主人公の主観によって物事が確定していく様子が描かれるわけだから、それは後半と対照して考えれば他者の存在しない自己存在のみの空間と言えると思う。本来ならば、社会集団の中では多くの他者が相互に同一の事象を認識するだけに、その認識される事象は揺ぎ無い存在として確定すると考えてもいいと思う。だけど、それを個人単独で行った場合には事象の確定が行われないんじゃないかな?結局、あの神様は夢なんでしょ?と言われてしまったら否定のしようがない。後半部で主観のみならず他者存在を認めた上での客観を求めるようになる変化もあるわけだから、その違いを表現するためのものだったのかな?
 マインド・ゲームを解題するならば、それは自身の主体的な世界認識の方法如何によって、すべては世の中の見え方が変わってくる――認識によって世界は好ましくも見えるし悪くも見えるっていうことなんだろうか。。

■キャラクター性のキャプション

 どうも絵柄よりも声のほうが勝っているように思えるw当然、吉本の人々が声を当てているだけに、すでに絵柄よりも先にキャラクターが出来上がっているってことなんだろうね。たまに絵が負けてるw先に声優のキャラクターありきで、そこにキャラデザを宛がった感じ。そのためか、キャラクターが生き生きしてるんだよね。。作画も本人の実写をキャプションしている部分があるけど、その内面的なキャラクター性までキャプションしていると言ってもいいくらい。それほど、キャラクターがしっかりとしていた。坂田師匠がハマってるんだよねw

■表現性のありかた

 クジラの胃袋の中で、とうとう「生きてきちゃった」ようなお姉ちゃんの行動がすごかったw全身にペンキを浴びて、そのまま大きな布に飛び込むシーンなんてのは、その一連の行動だけでも素晴らしく面白かった。発想がすごいっていうか、爆発だよねww前後の脈絡は意味のわからない部分が多いけど、とりあえず、こういった面での芸術性っていうのは高かったように感じる。
 それに、表現が面白かった。特に一番のクライマックスでキャラクターが水の上を駆け上るシーンはすごかったwwいや、あれはクジラという彼岸からの脱出ということで意味はあったと思うんだけど、その脱出に対する必死さが視覚的に誇張されつつ表現されていて面白かった。あれこそアニメらしい表現だよねw

■文化庁メディア芸術祭

 この作品って2004年度の大賞なんだよね…。しかも、『ハウルの動く城』を押しのけての受賞ですよ。。いや、ハウルはどうでもいいんだけど、これが大賞になるんだろうか。。
 やっぱり映像表現の面では出色するものがあったと思う。だけど、ちょっとシナリオの面で首を傾げるような部分が多かったかなぁ。。別に旧来の作品がやってきた仕組みを流用しているからオリジナリティがあるわけでもなく、物語の本筋についても脈絡の感じられない部分はあるし、キャラクターは生き生きと描けているものの、内面的な変化の動機付けや人間関係のドラマを描く部分でも十分とは思えないところがある。まぁ、映像表現やキャラクターのキャプションなんかは斬新ではあったかもね。。そこらへんが評価されたんだろうか?

「表現のあり方が本芸術祭にふさわしくないのではないかという議論があったものの、物語のテーマと現代の歪みを直截的に表現しているストーリーテリング、そして、アニメでしか描き得ない技法をもって、誤解なく一般的な映画といえる様式を獲得しているので評価できた。」

 富野さんは講評でマインド・ゲームについて、こう述べております。

「アニメが社会的に認知されているという錯誤に基づく製作態度や、もともとアニメなどはレベルの低い仕事であるという潜在的な認識を証明するような現れ方は、当事者として正視することができなかった。上等な媒体でないという認識に立つなら、せめて内向せず公共に楽しさを与えるものであってほしいと思うのである。」

 他のアニメについて、ご不満があったようですw具体的な話をしてくれないと、なかなか何を言いたいのかわからないよね(^_^;)紙幅の関係もあるんだろうけど、もう少し丁寧に言って欲しいもんだ。このままじゃ、言いっぱなしだよね。。
 でもさ、正直なところ、マインド・ゲームを大賞にするのは気が引けると思う。映像の面では十分な資質を発揮していると思うし、それだけで大賞としてもいいくらいなのかもしれない。だけど、ストーリーの面では微妙じゃん…。アニメの社会的な認知をどうのと言うのであれば、こういった作品は優秀賞に留めるくらいの厳しい姿勢が必要なんじゃないのかなぁ。。一方では、同じ湯浅監督の『カイバ』は2008年度には優秀賞で留まっているし、2004年度で言えば『魔法少女隊アルス』は選外になってしまっている。なんていうか、やっぱりメディア芸術祭のアニメ部門って迷走している気がしてならない。。

■マインド・ゲームの欠点と古さ

 最大の欠点は全編を通して彼岸にあたる部分しか描かなかったところにあると思う。クジラの胃袋の中は言うまでもないけれど、本来ならば仕組みから言って現実の世界として描かれるべき大阪の居酒屋が無法地帯になってしまっていた。これでは、せっかくの日常と非日常の対立軸がぶれてしまう。。この物語の示す現実がどこにあるのかわからなかったんだよねぇ。。最後は永遠にマインド・ゲームが続くみたいに終わっていたけれど、あれも中途半端にしか思えない。脱出させたのであれば、ゲームは終わるはずなんじゃないのかなぁ。。『迷宮物語』じゃないんだから、思考が永遠にループするような作品構造はそぐわないと思う。だって、決着が付かないじゃないかwどうも筋立ての面で不満が残った。
 この作品も2004年なんだねぇ。。古さを感じるwwもはや非日常から日常性のありがたみを再確認するなんていう趣向は昔昔のお話なんですよ。。なんかねぇ、まるで現実の社会の持つ束縛に対して忠実に生きる模範囚みたいじゃんw今の感覚から言ったら、どうしても共感はできない。今となっては、社会そのもののありように問題を投げかけたり、どうすれば社会と個人との乖離を解消できるのか考えたり、日常性に侵食して同化しつつある非日常性を描いたり、そこらへんが描かれる趣向の最先端なんだと思う。具体的な作品を言えば、『東のエデン』『コードギアス 反逆のルルーシュ』『電脳コイル』『デュラララ!!』なんかが当たるんだろうか。。ここらと比べてみると、やっぱり古さを感じてしまう。
 そう考えると、やはり普遍性は持たないように感じちゃう。時代が過ぎれば評価や意味合いが移ろってしまうっていうのは、なかなか作品として良くないことだよね。。こんな作品を大賞に選んでいていいんですか?と、言いたくもなるw



 さて、監督の湯浅さんは『カイバ』で初めて知った人なのですが、今回の作品を見て改めてスゴイなぁと思いました。。そうそう、『カイバ』に出てくるヒューヒューと同じ顔したキャラクターが神様のイメージとして出てきてましたwあのキャラお気に入りなんだろうか…。そして、今年の湯浅監督は『四畳半神話大系』の監督も務めるそうなので、期待大です☆原作読んでないから、アニメ見て面白かったら原作へと移ってみようかなw

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/02/08(月) 01:00:00|
  2. MIND GAME
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

<%template_post\comment>


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://lizardofsuturn.blog40.fc2.com/tb.php/225-82e58fcb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。