土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『十二国記』#05「月の影 影の海 第五章」の感想。

「誰も信じられない、誰もお前のことなんかわかっちゃいない。お前も友達のフリ、イイ子のフリをして生きていくだけ。なんで杉本を殺さなかった?」
「友達だから…。」
「嘘だァ!嘘だァ!!あちらもこちらも同じだよっ!!」
『十二国記』#05「月の影 影の海 第五章」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 ネズミが出たぁ~!!wラストだけだったけどね…。。今回はようやくラストのほうで陽子がグラグラと揺れた感じでした。やっとのことで陽子の優等生キャラが生かされたのかな?他の部分では疑問点もないわけじゃないけど、陽子イジメに一区切りついたってことで、ちょっとした安心感が出ましたw

■陽子の成長譚として

 本当にラストの蒼猿が陽子を責める場面は良かった。日本に戻っても十二国にいても陽子はイイ子のフリをするだけという鋭いツッコミを入れ、蒼猿は完全に陽子をズタボロに否定したわけです。結局、陽子は日本に戻りたいって言っているけど、優等生キャラの陽子に疑念を抱く教師や両親の光景を見せられて、そこにも安心して生きていけるような環境はなかったってことだよね。。如何に自分が周囲にアプローチしていくかが問題であって、周囲の環境によって好ましい生活ができるということは幻想であるという、ひとつの十二国記におけるテーマ性が表れていたと思う。ようやく陽子が主体的に行動しようとする上での動機付けというか変化のきっかけが与えられた場面だった。

「死ぬの…、こんなとこで。」
「そうだァ、死ぬんだよォ。」
「消えろ…!」
「杉本は偉いよなァ。自分が生きるためにはお前なんか殺さなきゃいけないって知ってたァ。そもそも、この世界に来るべきは杉本で、お前は単なるオマケだったんだァ。」
「うるさい!!」
「お前にできることは何もないんだ。」
「私は杉本と違う。私には帰る場所が…。」

 最後まで陽子は周囲に対する甘えを見せていたけれど、蒼猿の「嘘だァ!嘘だァ!!あちらもこちらも同じだよっ!!」
というセリフでトドメを刺された感じだった。
 やっぱり「月の影 影の海」の主要なひとつのテーマは、如何に主体的に行動するかによって自分を取り巻く世界の見方が変わるのかっていうところにあったと思う。他人を信じることについても、相手の裏切り云々よりも自身の心持ちを第一とすることによって、まるっきり相手の捉え方が変わってくる。そんな経過が陽子と蒼猿の問答によって具体的に描かれている部分こそ、この作品の一番のポイントなんだろうなぁと思う。信じるのは自分の勝手であって、相手は関係がない。相手に依存しているからこそ、相手のために自身が危うくなったり、相手を恨んだりすることになる。もし自分というものを他者と切り離して、主体的な判断を下すようなことになれば、それは自身の問題に留まらずに周囲の世界の見え方まで変わってくる。そんな物語が陽子を通して描かれていたんじゃないのかな。。
 さんざん蒼猿を始め周囲のキャラクターに陽子は否定され続ける。「お前にできることは何もない」とか「お前は単なるオマケ」とか「死んだほうが楽だった」とか。なんだか世相を反映しているようにも思えるよね(^_^;)でも、それを裏返せば、自分が何をしたいのかとか、どれだけ自分の存在を世の中に対して訴えることができるのかといった、精神的な自律を言うものになると思う。世相も相俟って、そんな陽子のひたむきな姿勢や成長っていうところに共感を生んだ要因があったのかもしれない。
 小説ではそんな様相があったから、アニメでもようやく同様の展開が見えてきて良かった。今までは陽子を精神的に追い詰めずに、優等生キャラばっかりを押してきたこともあって、少し不安になってたんだよねw

■表現に関するいろんな疑問点

「やめてっ!私達、友達でしょ?」
「友達?あんたなんか、友達じゃない!!」
「何が友達よ。話しかけてくるのは、まわりに誰もいなかったときだけだったじゃない。みんなにも、私にもイイ子だと思われたかったんでしょ?この薄汚い偽善者…。あなたのことはずっと嫌いだった。だから…、あなたを殺せれば、せいせいするわ!」

 なんで杉本は陽子を殺さなかったんだろうね。。陽子のことをゴジラの類と同じように言うならば、別に退治しても問題ないんじゃないの?wやっぱり友達だからという躊躇があったような表現が作画からは読み取れたけど、そんな文脈は今まで描かれなかったもんねぇ。。実際に彼女は陽子のことを友達だとは思っていなかったし。もし友達というか同郷の好みもあって躊躇したのであれば、もう少し前後で文脈を補うような表現が欲しかったところ。

「ごめん?謝るのは私のほうよ。ごめんなさい、巻き込んでしまって…。私の物語に。」

 ここまで割り切って捉えているだけに、杉本が陽子を殺さなかったことの理由が不鮮明だよね。。あそこまで狂気を見せていたならば、普通は陽子を押さえつけた段階でひと思いに殺してると思うんだけど…。よくわからなかった。

「さぁ、剣を取りな。手始めに浅野を殺すんだァ。誰も信じないんだろう?浅野は今頃思ってるぜェ?優香には飽きたからなぁ。陽子に親切にしてやれば、適当に戦ってくれるし、言葉も通じるから便利だぁ。」
「便利だなんて!浅野くんは私を…。」

 浅野に対する陽子の甘えっていうのも微妙なんだよね。。いや、確かに優等生キャラとして無条件に周囲の人間に媚びるっていう設定があるだろうし、それは後の陽子を否定する文脈にもつながってくるんだろうと思う。だけど、浅野のことが好きだっていう脈絡は今までそれほど描かれてこなかったんじゃないのかなぁ。。それに、精神的に浅野を頼ろうとしているというよりも、他に誰もいないから、ただ表面的に甘えているだけにも見える。そうなると、優等生キャラとしてのっていう意味合いだけになってしまって、そもそも陽子が浅野のことを好きだとかっていう要素が感じられないんだよね。。さらには、蒼猿は陽子の深層心理を引き出すっていうような位置付けだったはずだから、その蒼猿が浅野を悪く言うっていうのも不思議になる。ってことは、やっぱり陽子は浅野のことを疑ってるってことでしょ?なのに、陽子は浅野にベタベタとい甘えている。ちょっと、ここらへんの陽子と浅野に関する設定や人物関係が言葉足らずになっているように感じた。慶国の難民や旅芸人たちを疑って已まない陽子なのに、無条件にも浅野にベタベタするのは納得が行かないんだよね。。
 他にも疑問点は尽きない。なぜ巧麟は今さら「お止めなさい」と陽子を殺すことを制止するようなセリフを言ったんだろうか。。おそらく、本心では他国の王を殺すという大罪を犯すことに大反対のはずであり、巧王に命令されて仕方なく陽子を襲うという設定が与えられているものと思う。そうなると、王で仙たる陽子を殺すことは冬器じゃないと無理だろうし、本気で殺そうとするならそうるすはず。自らの使令や杉本じゃ殺すには至らないことは想像に難くないことだったろうし、獣が弱った陽子を食べるとか言う発想は陽子を逃す方便にしかならない。なのに、「お止めなさい」と口に出して言うことの意味がわからない。そこは黙って見ているか、目をそらしているかっていう表現が妥当なんじゃないだろうか。。だって、巧麟は今の算段では陽子を殺すことができないとわかっているんでしょ?わからんなぁ。。
 上手く伏線として慶国の話を織り交ぜてはいるけど、あれも必要なんだろうか。。確かに慶麒がどんな状況にあるのかを描くことは必要だろうとは思うけど、そんな尺があったら陽子たちの心情をトレースするような場面を多く入れて欲しいところではあるよね。。



 せめて陽子と浅野のやつれた表情は描いて欲しかったwまったく二人とも元気に見えるじゃないかwwアニメの表現性ってセリフとキャラクターの仕草・行動とキャラクターの表情の大きく三つから生まれると思うけど、どれを取っても具合が悪い。。なんでこうなっちゃったんだろうね?何か事情でもあったんだろうか。。さて、次回は待望のネズミ回ですw

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/02/15(月) 23:16:12|
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