土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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アニメ量産化の時代

 さきごろ、『はなまる幼稚園』も追いかけ始めましたwガイナックス…、どうしたんだ?wwあの妹キャラのベタベタな感じには辟易してしまったけれど、毎回のEDに対する力の入れ具合が面白くって見てしまいます。今シーズンもずいぶんと放映されるアニメが多いけど、あんまり出色するような作品ってないよね。。いや、『デュラララ!!』と『とある科学の超電磁砲』に関しては見応え十分だけど、他の作品はどんぐりの背比べって感じ。これだけ縮小再生産の量産型が世に出回っていると、1990年代のテレ東18時枠が如何に秀作を生み出していたのかがわかります。あのころの作品ってのは骨があって筋も通っていたし、野心的な作品もあって、なかなか良かった。自分もテレ東18時枠を見て育った類なので、元気のない今の同じ枠を見るとゲンナリしちゃいます(^_^;)今の小中学生にとって、18時台って塾とか習い事があるからテレビを見る時間じゃないんだろうなぁ。。そうすると、視聴率も取れずにアニメは手を引くっていうことになるんでしょうか。。それにしても、あの枠に少年誌の原作モノがひしめいてアニメオリジナルがないってのが信じられない!!w




 折に触れてアニメ作品の感想とともに書いてきたことではあるけれども、ここでアニメ量産化の現状についてまとめておきたいと思います。
 最近のアニメを見ていて感じることは、アニメオリジナル作品が極端に少なくなってきていることと、パロディーやメタ要素を大っぴらに取り入れる作品が増えてきたこと、そして、同様の趣向を違った設定でやっただけの作品が多いことの三点です。アニメがある程度の市場を持つひとつのビジネスモデルとして注目されているのか、なぜか作品数だけはうなぎのぼりになっていて、とりあえず似たような作品でもいいから出してしまえっていうことなんだろうか。。別に社会的に仰々しくアニメが取り上げられているわけでもないし、取り上げて欲しくもないんだけど、どうしてこんなにアニメが活況を呈しているの?よくわかりませんw
 アニメが大量に作られるのはいいとしても、その中身が空虚なものになっているのは残念な感じ。さっき挙げた三つの所感についても、量産化のために起こっている現象だと理解することもできる。
 まず、量産化のために作業効率を上げるには、原作モノが手っ取り早いんだろうと思う。オリジナルは一から作り上げなきゃいけないし、メディアミックスやタイアップも面倒だろうし、ヒットするのかどうか未知数になってしまうし、ビジネスとしてはリスクが大きすぎるんじゃないのかな?原作付きならば、プロットや世界観は出来合いのものを流用できるし、コミックやノベルズとの相乗効果もあると触れ回ることができるだろうし、原作でヒットしたものをアニメ化するとなれば賛否両論を含めて話題になる可能性は十分にある。特にラノベ原作に関してはヒドイんだよねぇ。。下手したらラジオドラマみたいに、ただラノベを読み上げているだけになっている嫌いもある。セリフばかりが口数多く目立ってしまって、ほとんど絵で物語ることがなくなってしまってアニメらしさを感じない。せっかくのアニメなんだから、もっとキャラクターの仕草や表情を生かしつつ、表現の可能性を追いかけて欲しいところ。でも、それは手間もかかるだろうからねぇ。。アニメは音と映像とセリフの総合芸術なんだから、もっと三位一体の表現性を求めたい。原作モノは昔から一定数あったけれども、オリジナルが少ないのは至って残念だなぁ。。
 次に、パロディーやメタ要素といったアニメに精通した人を対象にするような内容を盛り込むところについて言えば、明らかに今までのアニメ視聴者を惹き付けるための要素と考えられる。だって、一見さんは理解できないじゃんwひっそりと盛り込むぐらいのセンスでやるなら構わないけど、それを主体にしてやってしまうのは度が過ぎるんじゃないのかなぁ。。いや、アニメばかり見ている身としては面白いんだけどねw品がないと言うか、オリジナリティーもないしね…。新しい作品を量産化したいんだけど、内容も充実させないと見てくれない。そんなときに、今までの作品を下敷きにしたような表現を取り入れれば、あら不思議。ちょっとした一言だけで他の作品とリンクして、世界観がぐっと広がるって寸法です。いわゆる「作家性」の観点から言えば、こういった手法を使うことはこれ以上ない屈辱なんだろうけど。。だって、他の人の表現を頼って作ってるんだよ?まぁ、ビジネスのためなら仕方ないか…、なんて割り切るしかないんだろうねwただし、そういった他の作品の内容を下敷きにすることがすべて悪いわけではない。そうやってアニメの有機的な表現の連環を生み出すことは文化としての成熟を感じさせるところではあるし、従来の文学作品が典故表現を多用して短くも豊かな表現性を獲得してきたことは歴史的にも確認されることと言える。問題は、そういったパロディーやメタ要素といった手法の運用にあって、その表現がただただ前作を踏まえたという記号に堕してしまわずに、自らの作品世界と重層的な意味合いを打ち出せるような有機的な表現として使うならば、それはアニメのさらなる段階へのステップになると思う。
 同様の趣向を違った設定でやっただけのアニメが多くなっているのも嘆かわしい。キャラクターの顔や舞台が異なっているだけで、実は内実がほとんど変わっていないっていうのはよく見かける。上っ面だけ変えても中身が変わらないタイプの作品が多くなってきたように感じる。それこそ縮小再生産の典型であって、オリジナリティーがまったくない。特にツンデレだのヤンデレだのといったキャラクターの属性を組み替えるだけで新鮮味を演出し、ほとんどキャラクターの成長や心理描写を取り上げずに終止してしまうのは誠に遺憾としか言いようがない。。そりゃぁ、量産化のためには楽だろうけどさw「ツンデレ出せば、みんな見てくれるよ。」ってやつだねw
 以上、敢えて具体的な作品名を出さずに言及してみましたwwまぁ、今のうちにせいぜいお金稼ぎをして、近いうちに本当にやるべき作品を制作して欲しいところです。いやぁ、本当に90年代のテレ東18時台が懐かしい。あの頃は『COWBOY BEBOP』『新世紀エヴァンゲリオン』『機動戦艦ナデシコ』『天空のエスカフローネ』『少女革命ウテナ』『ポケットモンスター』などなど、名を残すような作品を挙げるに事欠かない。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/02/16(火) 00:01:00|
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はなまる幼稚園 山本先生

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  1. 2010/02/16(火) 03:07:09 |
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