土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『機動戦士ガンダムUC』#01「ユニコーンの日」の感想。

「君が誰だって構わない。俺のこと、必要だって言ってくれ!そしたら、俺は…。」
「必要ない!あなたは、もう私に関わらないほうがいい。」
『機動戦士ガンダムUC』#01「ユニコーンの日」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 めちゃスゲーww最新のアニメ的宇宙が展開されていて、その映像の美しさ、重力や慣性を感じさせる画力、行き届いた設定・世界観に思わず毛穴が開いてしまった…(^_^;)クシャトリヤの戦闘シーンは良かったねw冒頭のタイトルが流れたときのバックにある地球が、どうやら『機動戦士ガンダム』のいわゆる「ファースト」のOPのタイトルバックと逆向きに太陽の光が出てるみたいだった。。これってどういう意味?UCで最後にするってことなのか、ファーストと対になる作品だよってことなのか…。なにやら意味深なデザインでした。内容はと言えば、ガンダムらしくない感じがするなぁっていう部分もあったし、逆にガンダムらしいものも感じた。映像で言えば、どことなく『プラネテス』や『無限のリヴァイアス』といった作品の趣を感じる場面もあったし、脚本で言ってもオードリーがバナージを否定したタペストリーを前に会話している場面なんかは膝を叩いて喜んでしまったほどだった。さすがOVAというだけあって、これは期待大ですよ☆
 ちなみに、ガンダムシリーズは苦手ですw見たことのあるのは『機動戦士ガンダム』『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』『∀ガンダム』だけです…。アムロやシャアのセリフを丸暗記しているわけでもないし、宇宙世紀についても履修漏れって感じでつかめない部分が多くあるんだな。。なので、単にひとつのアニメを初見で見たような感想になるし、小説も読んでないので比較もできません。まぁ、いつも通りに純然たるアニメ作品として感想を書く感じですので、あしからず。

■ライブ感のある映像表現

 なんていうか、人間工学的というか、人間が宇宙で生活するにはこういった機械の設計になるだろうなぁというような、メカやコロニーのデザインに緻密さと奥ゆかしさを感じた。そもそも、スタッフの中にディスプレイデザインとかモニターワークといった職種を設けている時点ですごいよw各MSの操縦席にあるディスプレイやスイッチといった関係もそうだし、リアルというかライブというか、単なる模型やオブジェとしての操縦席ではなくって、実際に操縦するための機器・計器類があるように思えた。そういった細やかなデザインが作品のリアリティを裏打ちしている感じがして、それだけ充実した作品の世界観を演出することに成功していると思う。
 ああいうディスプレイの表示方法というかデザインっていうのは『攻殻機動隊』の影響が強いのかなぁ。。光の軌跡で敵の動きを表示したり、実際の生の映像にモニタ画面で必要な情報を上書きした映像を表示したり、そういった操縦者に至れり尽くせりの考え抜かれたモニターシステムっていうのが似ているように思う。
 少なくとも、ファーストの頃のプラモデルみたいなコクピットとは雲泥の差だと思うし、そう考えると時代は進んだのかなぁと感慨深いものもある。一方では、何が進歩したのかっていう気持ちもあるんだけどね(^_^;)だって、ただデザインがリアルになったっていうだけで、それは別に何も変わってないと言うのと同じだとも思うんだよ。コクピットがプラモデルだったとしても、そこに視聴者がリアリティを想像すればいいわけだし、どれだけ映像でリアリティのあるものを描いたとしても結局は現実の映像には劣ることになる。確かにアニメでしか表現できない映像っていうのはあるけれど、あのディスプレイやモニターがそれかと言えば首を傾げてしまうなぁ。。記号的に捉えれば、ファーストの頃のコクピットだって、UCの見事なディスプレイだって、どちらも「操縦に使う便利な機械ですよ~」という意味合いを提示しているに過ぎない。まぁ、UCのほうがカッコイイ機械美・システム美みたいなものがあって好きだけどねww
 他にもライブ感たっぷりの映像表現は随所に見られる。第一、重力や慣性といった力の流れが映像として表現されているところがスゴイ。オードリーが逃亡したときに間違って立ち入り禁止区域に入る場面なんかは典型的だった。慣性の力のまま進んでしまったために張り巡らされていた布を破り、なんとか掴まった棒が何かの気体を噴射するバルブになっていて、その気体の勢いに流されて身体がそっちの方向に勢い良く押し出されてしまうっていう場面だった。あの動きは秀逸でしょ。。この場面を始めとして、最初の戦闘シーンでクシャトリヤの操縦時にかなりのGが身体にかかっている様子とか、最後のガンダムUCにクシャトリヤが押し出されるときのGのかかり方とか、重力や慣性といった力のかかり具合にリアリティを感じた。クシャトリヤに付いていたエアバッグも、なんだか人間工学的な感じがするw
 それ以外にも、細やかなデブリが太陽光にきらめく様子とか、爆破のときの様子とか、太陽光のがコロニー内をどのように照らし出すのかといった明暗の付け方とか、地球の姿とか、「貴婦人とユニコーン」のタペストリーとか、どれもこれも見ていて惚れ惚れしてしまうくらい美しいものだった。それに、見せ方の面でもカメラワークがぐいぐいと動いたりして、それも良かった。
 ここらへんは、さすがサンライズっていう感じがする。宇宙の無重力は『プラネテス』で描いていたし、そのノウハウが生かされているんだろうか。。移動用のあのリフトってどこかで見たことがあるんだけど、どこだったかな…。またもやシナプスがつながらないのですよ。。サンライズだからこそできる作品だと思うし、今までの蓄積があってこその最新の映像と世界観だと思う。
 ただ、ひとつだけ気になったのがクシャトリヤが最初の戦闘を終えたときの場面だった。マリーダ・クルスが戦闘を終えた途端にヘルメットみたいなやつを脱ぐんだよね。。あれってリアルじゃないでしょw戦闘終わったって、まだまだ周囲に危険がある可能性は捨てきれないわけだし、母船に帰るまでは何があるかわからないんだから脱いじゃダメでしょwおそらくは、演出の都合としてマリーダ・クルスの顔を見せておく必要があったんだろうけど、あれはもう少し考えて欲しかった感じがする。とにかく、あの戦闘のおかげでツカミはオッケーだったわけだし、最後にマリーダ・クルスの顔が印象的に焼きついたから、それはそれでいいんだけどね。。せっかく他の部分ではライブ感のある表現が行われているんだから、この部分にかんしても気遣いを徹底して欲しかったと思う。

■主人公バナージの人物造形とティーンの憂鬱

「何をしていても、そのときを本当には過ごせていないような…。」
「それなら、私も感じてるよ。なんか、ズレてるような感覚のことでしょ。」

 これが今回の作品で分析した、近頃のハイティーンの精神的な部分に見られる傾向なんだろうか…wガンダムなんだから青少年向けにっていうのはわかるし、主人公に対して感情移入させるためにこういった分析を行うのも理解できる。まぁ、分析の程度は知らないけれど、バナージは明らかにアムロと同じく、いわゆる「中二病」だよねww自意識過剰というか、自分の力でなんでもできるというか、偉そうというか、自分のことは棚上げにしながら他人を批難するところとか、バナージにはアムロの面影が垣間見られる。実際になんでもなかったバナージがガンダムUCに乗る場面はアムロがガンダムに乗る場面と重なって見えたし、大人に対して憤りを素直に子どもらしくぶつけるところも似ているし、ニュータイプだっていうところも共通しているからね。。ここらへんはファーストを踏襲している感じのするところだった。
 でも、「そのときを本当に過ごせていない」とか「ズレてるような感覚」とかって何?あんまり具体的な表現がなかったからわからないけど、、どういう意味??それって自分が何か必要とされて存在しているわけではなくって、自らも何か生きていく上での動機を見出すことができずにいて、なんとなぁく日々を過ごしているだけっていう状況のことなんだろうか。。ちょっと理解が及ばない。

「バナージ、帰って。ここまで連れて来てくれて、ありがとう。あとは自分でできます。」
「オードリー、俺、手伝うよ。君は戦争を止めに来たんだろ?この人はそういう力がある人なんだろ?君の言う戦争って言葉は、学校の先生が口にするのとは違う。重いんだ。怖いことなんだって、わかるんだ。だから俺、だから…。今朝、君が空から落ちて来るのを見て、すごくドキドキした。それまでズレていたものが元に戻って、初めて自分の居場所が見えたような気がして…。君が誰だって構わない。俺のこと、必要だって言ってくれ!そしたら、俺は…。」
「必要ない!あなたは、もう私に関わらないほうがいい。」

 いいねぇwwしてやったり!ww中二病をバッサリです。。
 さっきの「そのときを本当に過ごせていない」の意味について、この部分を読めばバナージが他人から求められることを必要としていることがわかる。やっぱり、さっきの理解でよかったのかなぁ。。バナージは生きる上での意味を求めていたわけでしょ?戦争という大きな問題に口を出そうとするところや、女の子を前にしてかっこつけようとするあたり、いかにも中二病って感じではあるwそんな中でも、自分の存在理由を「必要だと言ってくれ」と他人に求めるあたりは今までになかったことなんだろうか。。自分で勝手に生きろよ!とかツッコミたくなるけどねwwとりあえず、こういった中二病的な性質や、自分の存在理由を他者に求めて依存しているあたりが、いちおうの分析結果っていうことになるんだと思う。
 なんだろうなぁ、戦争を止めるという大義に理由もなく燃えるところとか、初めて会ったオードリーを守ろうと理由もなく身を投げ出すところとか、根拠や動機付けがないよねぇ。。ここらへんはラノベの匂いがプンプンするwwでも、それを「必要ない!」とバッサリ切り捨てているあたりは好感触だよね、うん。
 でも、バナージが名家というか由縁のある出自であるっていうのはどうなんだろうねぇ。。一般人でよかったようにも思えるけど。。これから出自をどう扱っていくのかっていうところも見所なんだろうか。。

■典型的なボーイミーツガール

 女の子って空から降ってくるものなんですね。。『天空の城ラピュタ』のシータが最初なのかどうか知らないけれど、『交響詩篇エウレカセブン』だってそうだったし、ボーイミーツガールのひとつの方法として女の子を空から降らせるというパターンができつつあるみたいですwしかも、女の子は何か曰くつきの感じなんだよねw
 オードリー・バーンって名前からして、オードリー・ヘップバーンを思い出すよね。。何か意味があったのかな?どうも性格的には『∀ガンダム』のキエル・ハイムっぽい感じがする。たくましいお姫様って感じ。食べ物を歩きながら食べることに抵抗を感じているあたりは出自の良さを匂わせる表現だったし、それで「おいしい」と驚くあたりもお約束って感じだったwここらへんんお出自の良さっていうのが、後にバナージとどう関わってくるのかっていうのも興味深いと思う。
 彼女の印象と言えば、やっぱりタペストリーの前での「必要ない!」とバッサリ言い切ったところなんだよね。。口数が多いわけじゃないんだけど、異様な存在感があって、これからが楽しみなキャラクターではある。

■時代との食い違い

 相変わらずミノフスキー粒子がどうのと言ってるんだよね。。この名前を聞いたことで、ガンダムが地続きなんだっていうことが確認されるけど、さすがにリアリティがないwレーダーや通信に干渉・妨害するっていう設定みたいだけど、それならECMとかECCMが実際にあるんだからそっちを使えばいいじゃんwしかも、粒子ってまたアバウトな…wここらへんは、もはやガンダムのつながりを示すためだけのお飾りだよね。。

「人間が一人で生きていけないように、国家もそれ単独では…」

 ちょっと後半は聞き取れなかった。首相官邸「ラプラス」で執り行われた改暦セレモニーでの発言です。基本的には昔ながらのガンダムとして、国家やコロニーといった枠組みと戦争との関係性をテーマにしていたこともあってか、やはり「国家」という言葉が出てきた。人間が集団で生きていく上での社会的な組織体系としての国家が、いかに互いにやり取りをして戦争を生み出すのかといった問題意識もあるんだと思う。
 だけど、これって時代遅れじゃね?wもはや、今となっては国家という枠組みも薄れ掛けていると思うんだけどなぁ。。ポストモダンの発想だってあることだし、国民的アイドルなんてのはいなくなったし、せいぜいサッカーとかオリンピックの応援のときに国家の枠組みを意識するくらいで、あんまり「国」レベルでの共同体意識ってのは実感しないよねぇ。。たぶん大戦中の「国家」の概念と今の概念とでは大きく意味合いが異なっていると思う。そんな中、ガンダムは依然として大戦中の「国家」の意識のままでいるから、それこそズレてしまっているように感じる。ちょっとナンセンスだよねぇ。。

■戦争というテーマ

「宇宙に出た人類は、その広大な空間に適応するために、あらゆる潜在能力を開花させ、他者と誤解なくわかり合えるようになる。かつてジオン・ダイクンが提唱したニュータイプ論は、人の革新、無限の可能性、まさしく力を謳ったものだった。」

 ニュータイプの発想ってSFとしてはよくありそうな感じがする。。人間が宇宙に出たら、その環境に適応するために何らかの特化が生じるはずだっていう考え方だよね。ガンダムはそこからさらに一歩踏み込んで、その新たな能力を獲得した人々と地球に暮らす旧来の人々との間に格差が生まれ、そこに火種ができるっていう展開に持ち込んでいる。ここらへんがガンダムの社会的な内容を示す部分になるし、大事な骨格のひとつになっていたと思う。ただ、今の時代になっては戦争っていうのも忘れかけている部分があるし、実際に「国家」という枠組みを基本に据えた意味での戦いっていうのもズレているように思える。
 だからこそなのか、妙に戦争の残酷さを喚起するような内容になっていた。急に身近な人がごっそりと死んでしまったり、人が爆破のために燃え上がって死んだり、かなり鮮烈に人の死っていうものを描いていた。そして、バナージ本人にも「あんなの、人の死に方じゃありませんよ!!」って言わせるんだよね。。まるで「戦争」っていうのが映画の中だけに出てくる異世界の物語であって、それが現実に起こっていることに驚きを隠せないような展開を演じさせていた。おそらくは、戦争の記憶を風化させないっていうメッセージ性もあるんだろうとは思う。ただ、如何せん、「国家」とか「戦争」という枠組みや概念に対する認識が甘いため、リアリティがない。ただ戦争の悲惨さを伝えるだけになってしまい、それこそ単なる非日常として受け止めるしかない状況になってしまっている。



 ガンダムらしさって何だろうね。。今回の内容から見ると、それほどガンダムガンダムしていない感じだった。第一、キャラがそれほど濃くないww我侭というか自分勝手なキャラクターがそれほど多く出てこないっていう印象がある。どうしてもガンダムっていうと、アクの強い個性の強い、互いにぶつかり合うようなキャラクターが出てきて、だからこそドラマが生まれるし、互いに成長のきっかけを与え合うみたいな構図も出てきていた。だけど、今回はあんまりそういう感じがしないんだよねぇ。。脇役も脇役のままって感じがしてしまって、バナージとオードリーの心象にばかりスポットがあてられているようにも見える。これからの展開で真の脇役が出てくるんだろうけど…wいやぁ、久しぶりにしびれる作品に出会えました。こういう作品を見た後の余韻ってのは格別だよねぇ。。。

テーマ:機動戦士 ガンダムシリーズ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/03/01(月) 01:00:00|
  2. 機動戦士ガンダムUC
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