土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『つみきのいえ(La maison en petits cubes)』の感想。

セリフはひとつもありませんでした(^_^;)

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 絶賛!!たった12分のアニメでしたが、まるで長い長いアニメの最終回を見ているかのような感慨に陥りました。それは内容からも手法としても最終回を思い起こさせるようなものだったと思います。映像に魅入られてしまい、鳥肌が立ちまくりでした。
 ひとつひとつの場面が象徴的で、なおかつ雄弁にストーリーを物語っているところがすごいなぁと思います。だからこそ、セリフは一切なくBGMとSEだけで構成されていても成り立つアニメなんだなと。なんだかアニメの真髄を見たような気がします。アニメだから表現したい描写はとことん強調して表現できますし、逆に不必要なものはカットできます。実写では難しい表現も可能となり、むしろ「絵」というそもそも脳内の映像を相手に見せる方法からして心の内面を描くには適切な方法なのかもしれません。「つみきのいえ」という塔を中心に時間と空間を交錯させながら、人の一生を象徴的に描いた作品として、ぜひとも見てほしいアニメです。ただし、初見の場合にはナレーションの付いていないものを見ることを強くお薦めします。
 物語はたったひとりの「おじいちゃん」の生活する塔のような「つみきのいえ」で展開されます。その塔は幾重もの階層によって立ち上がっていて、すでに下の階層は水没しています。今生活している階層もじきに水没する運命にある。そんなとき、大切にしていたパイプを下の階層に落としてしまい、それをきっかけに潜水服で一番下の、つまり昔生活していた場所へと降り立つことになります。
 その階層をひとつ下がるごとに、おじいちゃんは昔の生活を思い出すことになります。まるで塔そのものが人生を描き出しているかのようで、それは人生の最終回として走馬灯を思い起こすかのようなものでした。おじいちゃんは単に同じ場所の今の時間において塔にいるだけなのに、それが昔に戻っているかのような錯覚に陥ります。そう考えると、今生活している塔の最上階が先細りになって、もうこれ以上積み上げることができそうにない状態というのも、死を暗示しているかのようでした。
 よく他のアニメの最終回でもセリフなしの場面を次々と展開する手法が取られることがあります。それは今まで築き上げてきたそのアニメの世界観を総括しながら、映像を象徴的に示すことで視聴者に今までの長いストーリーをすべて思い起こさせる効果を持っていると思います。だから、そこで示される映像は単なるひとつの場面ではなく、それまでの長い道のりを含んだ重層的な意味合いを持つ映像となります。そう考えると、『つみきのいえ』も最終回的なアニメだったと思えちゃうんです。
 ナレーション付きのもあるんですけど、映像の割りにナレーションにはあまりこだわらなかったのか、かえって興醒めの部分があります。まぁ、あれだけ雄弁な映像なんですからナレーションはそもそも不必要なんでしょうけど、逆にナレーションが解釈を狭めてしまっている部分もあって蛇足としか思えなくもありません。
 とにかく、国内外で評価を受けている作品だそうですが、名実ともに上質なアニメとしてお薦めする一品です。
  1. 2009/05/04(月) 16:10:18|
  2. つみきのいえ
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