土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『HEROMAN』#01「ビギニング」の感想。

「行け、ヒーローマン!悪者をやっつけろ!パーンチ、キーック!!」
『HEROMAN』#01「ビギニング」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 ちょっとショックがデカすぎる…。え、、、あまりにも残念過ぎる…。。。ボンズさん、どうしたの?勝手ながら、アニメの描くヒーロー像が煮詰まってきているこのご時勢に『HEROMAN』とかいうたいそうな名前を冠する以上、何か新しいヒーロー像を示してくれるものと期待していた。あるいは、従来のヒーローアニメの描いてきたヒーロー像がどれだけ虚構であるのかを暴露するような方向で、ヒーローに憧れる主人公を滑稽に描くことで新たなアプローチを試みるものとばかり思っていた。今まで『交響詩篇エウレカセブン』や『亡念のザムド』といった意欲的な作品を送り出し、そのたびに従来のロボットアニメの系譜に新たなページを追加してきたボンズなだけに、あの黒歴史となるであろう『バスカッシュ!』以来となる久しぶりのロボット関連のオリジナルアニメが出るということもあって、今回はめちゃくちゃ期待をしていた…。ボンズは決してアニメーションとしての作画や動きにこだわりを持つことに終止することなく、作品の文芸面においても文脈のある世界観や思想性において安定した仕上がりを見せていただけに、作品の全貌が見えない第一話という駆け出しながら残念でならない。この作品、一話の限りでは、そのまんまベタな地球を守る正義の味方と侵略者たる悪の対決って感じ。

■『HEROMAN』の志向するヒーローとは

「行け、ヒーローマン!悪者をやっつけろ!パーンチ、キーック!!」

 もはや言うまでもなく、典型的なヒーローものを印象付けるようなセリフだった。なぜ善と言えるのか、どうして悪だと断定できるのか、そんなことは考えずに、すでに地球を守る立場が正義であって侵略者は悪であるという二極化を前提に話が作られていることが窺える。まぁ、このあとどうなるのかは知らないけどねwそして、どうやら人助けがヒーローの定義として重要な意味合いを持っているらしい。リナを助けたときに「君は、やっぱり僕の、ヒーローだ!」って言っているし、次回の予告では「力を得たものの責務」というキーワードを出している。ヒーローっていうのは侵略者から地球のみんなを守って、人助けをすることを条件とするらしい。いかにもなアメリカンヒーローだと思う。
 今までのアニメで行ってきたヒーローはと言えば、こんなに単純ではなかった。いや、1980年代くらいまでは生息していたのかもしれない。それこそアメコミの影響があったのかもしれないけれど、日本でも予め善と悪の線引きが完璧に行われたような作品は多かったように思う。けれど、たとえば『機動戦士ガンダム』のように人と人の戦いを描いて何が善で悪なのか不分明な作品も出てきたし、そこでは主人公は人助けをするヒーローというよりも戦うことの意味を疑うような存在だった。それに、『機動戦艦ナデシコ』なんかは悪にも悪なりの道理があるということを物語に展開させて「それぞれの正義」なんていうキーワードも生んできた。2000年代になってからは善悪を簡単に線引きするようなアニメって滅多になくなったし、最近で言えば『鉄のラインバレル』が正義の味方について描いていたけれども、それも単純に人助けをして地球を守るというようなヒーローの造形ではなかった。もはや『コードギアス 反逆のルルーシュ』に至っては、主人公のルルーシュがかつての悪役に位置づけられるようなものだったし、かえって正義の味方の資質を持ったスザクは批判の対象としてさんざんに作中でイジメられていたw
 そんな中で、あえてのベタで古臭い正義の味方を語ることの意味とは何だろう。今のところ、ジョーイの言っているヒーローとは細かい事情を無視して成立するわかりやすい善悪であるし、当たり前に人助けをすることが求められるような存在としてヒーローを考えているようだった。これからどう展開させていくのか、不安と期待が入り混じる感じ。

■主人公ジョーイの造形

「力じゃ敵わないし、僕、ケンカは嫌いだから…。」

 見れば見るほど女の子に見えるwwっていうか、本当に男なの?最初のほうの場面で父親らしき人とツーショットで映っている写真があったけど、あれは完全に女の子っぽかった。妹や姉っているのかなぁ。。おばあちゃんと一緒に二人暮らしのような様子を見ると、二人はもう死んでいるとか?あ、あるいは母親なのかもしれない…。若いけどwあぁ、母親なのかもね。。それなら似ている理由もわかる。。ジョーイって母親似なんだw
 それにしても、女の子だよねwサイがジョーイの家に来て振り向くところなんかは、仕草からして女の子っぽかった。。これって、もしかして『バカとテストと召喚獣』で新たに発見された「秀吉」という性別なんだろうか…。ジョーイも演劇部に入っていて、女性役をやっているとかwもしくは、『DARKER THAN BLACK-流星の双子-』の蘇芳みたいに、単に僕っ娘の女の子だとか。。
 そんな冗談はさておき、主人公たるジョーイを徹底的に中性的にしたのはどんな狙いがあってのことなんだろうか。ああいう身体的な能力の劣る優男がヒーローになるっていうのは何だろう。。そこらへん、『スパイダーマン』なんかを見ていない身としては、類型から推測することもできないから解らないやwそれに、自分が変身して身体能力が強化されるわけでもないし、メカの中に搭乗するわけでもない。ここらへんの設定が今後の展開にどう絡んでくるのかってところかな。
 にしても、ケンカが嫌いな主人公っていうのが笑えるwそれなのに、侵略者に対しては平気で暴力を振るうんだろうか…。まだ接触してないし、侵略者との戦いに向けてどういう動機付けを行うのか不明だけど、ちょっと矛盾しそうで恐いなぁ。。

■アメリカサイズな文化コード

「役立たずは、もう必要ない。」

 スネ夫にしては、ジャイアンの前で少し調子に乗りすぎだよねwこのセリフ、ずいぶん強調されていたように思う。プラグマティズムな感じだね。。ここらへん、偏見ながらアメリカな感じがする。あ、面倒なのでアメリカって呼称を使いますので、あしからずw
 日常の生活ではハリウッド映画にしても、政治経済にしても、米軍との安保にしても、アメリカとのつながりが深いように思うけど…。この作品を見ていると、やっぱり日本とアメリカって文化コードが違うんだなぁって思う。日本向けに作っている作品なんだろうけど、至るところ雰囲気から世界観からセリフから人付き合いから何から何までアメリカっぽい印象を受けることの不思議…wああいうジョーイに積極的なリナみたいな女の子って、なかなか日本的と言われても馴染まないと思う。それに、ジョーイに対するジャイアンの典型的かつ不条理な暴力だって、いまどきの日本にはないでしょwというよりも、描かれない。あんなガキ大将を中心とした集団っていうのも過去の遺物っていう感じがするし、そんな中でああいったやり取りを描くことの意味がわからない。親近感もわかないから、メッセージとして有効性がないでしょ。視聴者が生活している実際の現実社会と物語の世界観との親和性から考えて、ちょっとズレるように思うなぁ。そういった意味でも、等身大の主人公を描くっていうよりも、やっぱり虚構としてのヒーローを描くんだなっていう姿勢が窺える。そのほか、細かく検討するのもバカらしいから止めるけど、どことなく言動の端々に文化コードの違いが感じられるのは確かだと思う。不思議だよねぇwう~ん、日本のアニメがどれくらいアメコミから影響を受けているのかっていう点と合わせて、文化的な位相を考えるのは興味深い観点なのかもしれない。
 でもさぁ、やっぱり日本のアニメとはぜんぜん違うんだよね。。なぜ教授とは部品の買出しを頼まれるような間柄なのかとか、なぜ雷を浴びただけでヒーローマンとして特殊な状態へと変化したのかとか、なぜあんな屋内のピンポイントに落雷が集中して起こったのかとか、なぜ都合よくリナがジョーイの自宅付近で事故に遭ったのかとか、救助のときに剥がしたリナの車の破片はどこに投げ捨てたのかとか、いろいろと無視された部分は多かった。いかにもご都合主義のお約束。きっと『デュラララ!』の竜ヶ峰帝人くんは嬉々として見ていることだろうね。彼の言葉を借りれば、「ありふれてるってことは、それだけ、みんながそのことを考えてるってこと」ってとこだろうかw
 あのジャイアン、最初の印象からして『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくるイジメっこのビフを思い出したwっていうか、ジョーイをイジメる場面がビフがマーティをイジメる場面と重なって見えたんだよね。。ジョーイは悔しがらなかったけど…。と、思っていたら、「To Be Continued」のデザインがまさしく『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のものだった。。何か意識してたのかなぁ。。
 それにしても、あのジャイアンとスネ夫。。『ドラえもん』が如何にすごいかがわかるよね。。あのキャラクターがどれだけ普遍性を獲得したキャラクターだったのかっていう感じ。そんな相違点も含め、文化交流の側面から考えるっていうのはいいアプローチだと思う。

■この作品をテレ東18時にやるということ

 銀さまの後ですよwまさかの『銀魂』最終回を迎え、次の枠がこれだった。。確実に視聴者層は違うと思うんだが…w
 思えば1990年代のテレ東18時代っていうのは黄金時代だった。あのころの作品は作家性の強いものが多かったし、単に娯楽として消費されるだけに留まらない骨のある作品が多くあった。そんなもんだから、今回『HEROMAN』をこの枠でやると聞いて、あの時代が戻ってくるのかと思ったよ。そんな期待もあった。だって、オリジナルでロボットでヒーローなんでしょ?完璧じゃん。まさに王道だよ。。と思っていたら、アメコミだったw
 今の中高生がこれを見てどう受け取るんだろう。。あるいは、もはや見ないんだろうか。。ベタとは何たるかを知らしめるにはいい作品かもしれないけど、1990年代のような意欲的な作品っていうわけじゃなさそうだよね。。時代も変わったもんだ。さて、この作品が商業的にどれだけの成功を収めるのか、そこんところも気になるかな。



 正直、こんな作品、勝手にアメリカでやってください。まったく日本のロボットアニメが築いてきた文脈を無視したかのような作品ってのは、今さらっていう感じしかしないよね。それを解っているであろうボンズがこんな作品を送り出していることに、落胆も半端ないっすよ。。考えてみれば、最近のボンズって『東京マグニチュード8.0』と言い『DARKER THAN BLACK-流星の双子-』と言い、やけに理念のない俗っぽい作品が多かったかもしれない。監督変われば品変わるってことなんだろうか。。単に局の意向を強く受けているだけなのか、もはや落日なのか…。う~ん、エウレカやザムドが振るわなかったのだろうか、、方向転換として大衆向けにシフトしているのかなぁ。。そういった現状を含めた意味でも悲しいね。。とは言え、今後の展開の中でジョーイくんをケチョンケチョンに踏んで蹴って扱き下ろすことに期待する限りですw

テーマ:HEROMAN - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/04/02(金) 03:29:47|
  2. HEROMAN
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