土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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大人と子どもの間を彷徨うアニメ

 いわゆる「大人アニメ」とか「大人向けアニメ」と呼ばれるようになったのも最近のことなんだろうか。昔はアニメと言えば「子どもが見るもの」っていう観念が通行していたと思うし、その反動として「大人アニメ」という考え方も成り立つんだと思う。そもそも、なぜアニメは子どもが見るものだったのか。そして、大人アニメとは何が違うのか。そんなところを少し考えてみたいと思います。




 まずは放送される時間帯が違ったのかなぁ。。最近のアニメはずいぶんと深夜枠が増えてきて、そういった意味でも大人化している面はあると思う。そんな時間に子どもが起きていることは社会通念としてよろしくないという意識はあるだろうし、実際に深夜枠の放送は子どもが見ないことを前提にした倫理的な規制や放送コードを敷いていると思う。それにともなって、たとえば性的な描写とかグロテスクな表現がだいぶ緩和されることになって、内容表現的に大人向けであることは間違いない部分はある。だけど、大きな疑問としては、単にそういった刺激的な面で大人向けっていうだけで、何ら中身が単純かつ浅薄なものになっていたり、ラノベ的な文脈欠如や記号的なキャラクターやシナリオの台頭から安易な内容になっていたり、むしろ子ども向けとも受け取れるような面があることも確かだと思う。
 そもそも、アニメが子ども向けであるっていう考え方は絵本や紙芝居や漫画の延長から来ているものと思う。たとえば、『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968)は予告編の中で「長編まんが」と銘打っているし、同様に『白蛇伝』(1958)でも予告編で東映社長の大川博が「長編まんが映画」と言っていた。このことからも、少なからずアニメが漫画を前提としている部分があることは確かだと思う。ただ、漫画が子ども向けなのかって言われると、それはまた難しいwそんなこと言い始めたら江戸や明治に降って講談や立川文庫のことを考える必要も出てくるだろうし、人形劇や時代劇との関わりや、海外からの影響関係も考えなきゃいけな(1937)いから、これは面倒だなwでも、ディズニーのアニメーションが子ども向けであったことは間違いないと思う。『白雪姫』はグリム童話を原作にしているだけに明らかに子ども向けではあるし、『ダンボ』(1941)だって大人が見るものではないと思う。そういったアニメーションの起源から言っても、子ども向けっていうのは常に意識されてきたことなのかもしれない。実際に日本で作られたアニメだって漫画原作が多かったわけだし、子どもが好き好んでいつも見るのはジブリのアニメーションだろうし、ジャンプやサンデーといった少年誌の作品がアニメ化されることは常でもある。オリジナルアニメにしても王道と呼ばれるものには少年少女の成長譚が含まれ、その主人公はほとんどが子どもなんだよね。まぁ、子ども向けっていうのは切っても切り離せない部分なんだろうと思う。
 そんな子どもアニメが大人アニメと呼ばれるようになったのも、内容的にも放送時間的にも大人を視聴者として選ぶようシフトしてきたからなんだろうか。童話や民話を題材にしたアニメなんて最近はほとんどないし、子ども向けと言えば『ポケットモンスター』とか『プリキュア』シリーズとか『ケロロ軍曹』とか『デジタルモンスター』の類があるんだろうか。。そのほか、『名探偵コナン』とか『ドラえもん』とかも入ってくるのかなぁ。相変わらず子ども向けとしてアニメの立ち位置があることは間違いないからには、大人アニメっていうのは新たに付け加わった部分だと思われる。
 なんだけど、大人アニメと言いながらも子どもっぽさが抜けないのはなぜだろう…wいわゆる「大きな子ども」を相手にしているからなのか、大人アニメとは言いながら主人公が子どもだったり学園を舞台にしていたり、子ども向けアニメと変わらない部分が多々見受けられる。そりゃぁ『攻殻機動隊』シリーズなんてのは子どもが見たところで理解できないだろうし、明らかに大人の教養がないと理解できないアニメも増えてきている。他にも『東のエデン』とか『東京マグニチュード8.0』とか『空中ブランコ』なんかもあって、それはそれで確かに大人向けなんだろうねwあれれ、これって、どれもノイタミナの枠じゃないか!ww局の意向としても、大人をアニメの新たな視聴者として取り込もうっていう狙いがあるんだろうね。だから、いわゆる「大人アニメ」と呼ばれるジャンルが成り立つであろうことも確かなんだろうと思う。
 ちょっと気持ち悪いのが、大人向けへと志向しているにも関わらず、子ども向けのような内容から脱却していない部分があるところかな。たとえば典型的なのが『とある科学の超電磁砲』なんだろうか。あれは女子高生四人の友情だとか青春を描くジュブナイル的な要素を持ちつつも、大人的な黒子の変態描写があったり、AIMバーストとか言う社会の澱のようなものを悪として取り上げたような難しい部分も併せ持っている。子ども向けアニメの特質である少年少女の成長が取り上げられつつも、深夜枠としての特質を生かした表現も含まれていて、社会的な問題提起を示す部分もあった。これは大人向けアニメと子ども向けアニメの両方の特質を持っているってことだよね。そうなると、大人であって子ども的な部分を持っていて、だけど子どもではない。っていうような、いわゆる「大きな子ども」を限定的に視聴者として選ぶようになるわけだよね。。これって、アニメとしてどうなんだろう。。
 いや、アニメの王道として本筋としては、むしろこういったアニメのほうが正しいのかもしれない。アニメが伝統的に扱ってきた内容はヒーローものであってジュブナイルであった。それを取り除いたら、アニメの本分から逸脱していると言われても否定はできないだとうと思う。だけど、一方では「大人アニメ」として新たな領域をつかもうとする動きも出ている。思えば、アニメをたくさん見て育ってきた年代が大人になってきている今日この頃、新たな視聴者として大人も想定するっていうのは当然の流れかもしれない。その上で、「大人アニメ」と「大きな子ども向けアニメ」という二つの方向性が出てきて、それぞれに新たなアニメのあり方を見出そうと奮闘しているっていうところなんだろうか。個人的な願望としては、『電脳コイル』や『天元突破グレンラガン』や『コードギアス 反逆のルルーシュ』なんてあたりが、これからのアニメとしても目指すべきものであって欲しいと思う。当然、『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』といったジブリ作品も入るけど。。要は、表向きは完全に子ども向けの顔をしながら、内実として大人が見ると察するところのあるようなもの。ルルーシュはちょっと子ども向けと言うには憚りがあるけどねwなにより、ディズニーのアニメでもない、漫画でもない、オリジナルの日本アニメとして独特と呼ばれる気質は、そんなところなんだと思う。それにしても、エンターテイメント性と作家性、公共性とマニア的なもの、大人と子ども、これらの要素をどれくらいの按排で配合するのかっていうところが問題なんだろうね。いやぁ、難しい。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/04/13(火) 02:18:56|
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