土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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アニメーター待遇改善試案―アニメ流通の変化から―

 いまだにブログのトラックバック文化が理解できません。。あれって、関連のある記事を相互にリンクさせることに意味があるんでしょ?それはなんとなくわかってきた…。だけど、システムが理解できない!wトラックバックって返すのが礼儀なんだよね。。だけど、なぜか返せない!!頑張ってトラックバックを返そうとしても、どうしてか相手側のブログに反映されないんだよね。。。困ったものだ。。そんな状況ですので、TBを頂いた場合には出来る限り返そうと思っていますが、なかなかどうして返せません。どうかお許しを…。




 つい最近と言っても、ずいぶん前のようにも感じます。「フミコの告白」という自主制作短編アニメがネット上でちょっとしたムーブメントを起こしました。この作品を公開したのは専門の学生さんのようで、ブログの中で制作の過程を事細かに報告されています。作品の内容をどうこうするのは置いといて、こういった自主制作がネット環境さえあれば誰もが見られるように公開されるっていうことは大きな画期でもあると思う。この手のアニメと言えば、個人制作の先例として新海誠『ほしのこえ』とか宇木敦哉『CENCOROLL』もあるし、吉浦康裕『イヴの時間』はネット配信という手段を使ってアニメを流通させることになった。
 アニメ制作の手法が手描きのセルからパソコンを使ったものになって、作業工程が個人のもとに集約させることができるようになった技術面での進歩もあるとは思う。だけど、もっと大きな変化はアニメを流通させる方法にある。
 従来のアニメって言えば、広告代理店やテレビ局を通じて世の中に流通させることが必要だった。そうでもしないと、日本全国津々浦々まで作品が広がるようなことはないし、それだけ伝播させることは難しいということでもある。あるいは、どのような作品の需要があるのかといった情報だって必要になるだろうし、全国展開させるだけの費用対効果を考えれば、しっかりとした売れる根拠のある作品でないと企画は成立しない。
 したがって、個人制作のアニメとなると、とりあえずマーケティングなんて不可能だから流通させるだけの企画にならないし、宣伝もないから日本全国の誰もが見られるような状況にはならなかった。いや、コミケとか同人の活動で水面下でっていう話はあるんだろうけど、それは受け手が作品を発掘しなければならないという積極的な行動が必要になるだけに流通とは程遠い。作品のほうから受け手にアプローチをするだけの宣伝・情報がなければならないし、そうでもしないと広まらないよね。
 そもそも、個人制作は商業作品じゃないから、宣伝も必要ないんだけど…wただし、経済的な面ではなく文化的な面から考えた場合には、たとえ個人制作と言っても多くの人々に共有されることこそ作品の本来的な意味のひとつにもなる。それに、その作品で生活しようとしたら、それこそ流通させないことには始まらない。そういった場合、昔はネットがなかったから無理だったけど、最近は動画共有サイトが多く立ち上がって普及したために、そこに個人制作のアニメを投稿すれば簡単に衆目を浴びることができるようになった。宣伝がないという意味では従来と変わらないけれども、誰もがちょっと検索をかければすぐに見られる環境にあることは大きい。それに、作品に力があれば口コミで広がって、ランキングなんかで上位に食い込めば、あっという間に何千何万という人の目に届くようになる。個人制作の作品がお金をかけることなく、これだけの人の視聴を可能とすることができるのは革命的な変化だよ。もし経済的なことも考え合わせるなら、あとは資金の回収をどうするのか考えるだけ。
 たとえば、こういった情報革命は江戸時代でもあった。1600年くらいに出版の革命が起こって、従来は写本の時代だったのが版本の時代へと移った。写本は手ですべての文章を写さなきゃいけなかったから、伝播には多大な時間がかかったし、空間的な移動も難しかった。でも、版木に彫って印刷する方法を導入したことによって、写す手間が省かれて一度に何部もの本を出版することができるようになった。このことによって、多くの人が同一のテキストを享受し得ることになったし、馬琴のように本を書いてお金をもらえる職業作家みたいなのが出てくることにもつながった。だけど、やっぱり本を売るっていうことになれば広告代理店みたいな本屋とか版元っていう職掌が必要になってくるし、そうでもしないと本が広まるスピードは写本に戻って格段に遅くなる。
 今回のアナログな流通形態からネット上のデジタルな流通へと変わったことは、この写本から版本へと移行したことと同じシステム的な変革があったように思う。ツイッターのように、たった一言のつぶやきが全世界のあっちこっちの人と共有できるようになった現在、アニメが簡単に時間的・空間的な隔たりを超えて共有されるっていうのは当然だよねwそこには流通させるための経済的なシステムはアナログな流通に比べて必要性は少なくなったし、それだけ純粋に作品が世の中に通行できる時代になったことでもあると思う。それこそ、時間的・空間的な隔たりを解消するネットの特性を最大限に生かした方法だよね。
 アニメは本来的には文化藝術の作品なんだから、今のように経済と密接に結びついてビジネスの手段となってしまっていることには少なからず疑問がある。アニメを作って生活できるようになるには、明らかにビジネスにしないといけないのはわかるし、そのためには流通させるための宣伝や情報の積極的な展開が必須となる。でも、従来はその宣伝に大きな費用が必要になっていたし、宣伝のために広告代理店やテレビ局が介入すれば中間搾取もあっただろう…w泣く子と地頭には敵わない…、昔も流通を司る本屋や版元が作家に大きな顔をしていたという話はよく聞く。流通させる力がなければビジネスにならない以上は当然だよね。。だけど、その流通がネットの広がりによって簡単に可能となった。その最たる例が個人制作のアニメが広く注目されたことだと思う。
 とすれば、極論ではありながら、広告代理店やテレビ局っていらないんじゃね?ってことになるw第一、アニメの主要な客層であるオタクたちはネットに強いわけだから、劇場版で広い客層をターゲットにしない限り、わざわざアナログな広告をやらなくても不都合はない。広告代理店やテレビ局の意向も考えずに済むわけだから、制作側の意向が格段に強く反映した作品を送り出すことができるようになる。結果、宣伝の費用も大幅にカットでき、広告代理店やテレビ局へマージンを支払う必要もなくなり、その分はより広く流通させるためのネット環境の整備への投資と、制作側の給与アップにつながる…。と、いいなぁw素人考えとして、勝手にアニメーター待遇改善に向けたシステム作りを語ってみましたw

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/04/14(水) 22:00:00|
  2. アニメ時評
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

コメント

こんばんは、「ゲームやアニメについてぼそぼそと語る人」の管理人のピッコロでございます。いつもお世話になっております。記事とは関係のないコメントで大変失礼いたします。


まず最初に、お忙しい中、当ブログの企画に参加して頂きありがとうございました。現在アニメ評価企画7の最終集計結果をブログにアップしておりますので見て頂けると嬉しいです。

そして、今回も「今期終了アニメ(3月終了アニメ)を評価してみないかい?8」と題しまして、評価企画を立ち上げましたので、参加のお誘いに参りました。また、この企画に賛同して頂けるのであれば是非参加していただければと思います。

なお、投票方法等についての詳しい事は以下の記事に書いておりますのでご覧ください↓

http://blog.livedoor.jp/koubow20053/archives/51531933.html


今回はお礼とお誘いのご挨拶が遅くなり申しわけございませんでした。どうか今後とも末永いお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。宣伝大変失礼いたしました。
  1. 2010/04/15(木) 23:44:32 |
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