土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『がくえんゆーとぴあ まなびストレート!』全13話の感想。

「私達は、どんな学園祭だってやれるんだって。タカちゃんの学校みたいな立派な学園祭だってやれるし、そうじゃない学園祭だって、やれるんだって!」
「そうじゃない学園祭って?」
「それはまだわかんない。」
「え~?」
「みんなで考えていこうよ。愛光の学園祭を真似っこするんじゃなくて、愛光みたいな学園祭を目指すんじゃなくて、私達が考えた、私達にしかできない、世界に一個しかない…。できるよ!だって、何も決まってないんだもん。だって、真っ白なんだもん!!」
『がくえんゆーとぴあ まなびストレート!』#03「月曜日じゃ遅すぎる」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 とにかく演出の良さが冴え渡っていた。脚本・演出・作画の三要素が上手く連携できていて、疾走感のあるテンポのいい展開でありながら、わかりやすく充実した内容を併せ持っていたと思う。よく絵が動くのも見ていて楽しくなるし、画面構成も工夫されていて飽きることがなかった。従来の作品で用いられてきた表現を上手く作中で再構成させたような部分もあって、ウィットとユーモアに富んだ内容面からもよく仕上がった作品だという印象を受ける。扱っているテーマも学生の自主性を取り上げつつ、生徒会が自主自立の精神のもとに文化祭の成功へと奮闘する物語が用意されていた。他のアニメだと都合のいい展開によって青春ドラマながら安易な部分が出てしまうこともあるけれど、この作品は無理なく賢く障害を乗り越えて文化祭の成功を導いていたように思う。ミカンが可愛い。

■みんなで一緒に作り上げる文化祭

「私達は、どんな学園祭だってやれるんだって。タカちゃんの学校みたいな立派な学園祭だってやれるし、そうじゃない学園祭だって、やれるんだって!」
「そうじゃない学園祭って?」
「それはまだわかんない。」
「え~?」
「みんなで考えていこうよ。愛光の学園祭を真似っこするんじゃなくて、愛光みたいな学園祭を目指すんじゃなくて、私達が考えた、私達にしかできない、世界に一個しかない…。できるよ!だって、何も決まってないんだもん。だって、真っ白なんだもん!!」

 意外にもというか、普通に真面目な内容だったwあの幼いキャラクターデザインに加えて、初回から水着回であり、ギャグ要素があっちこっちに垣間見られるからにはお手軽なアニメだとばかり思っていた。学園の生徒会を舞台にしている作品だって数多くあるし、メイちゃんという典型的なツンデレを出してきていることからも、シリアスな内容を期待するには程遠い印象を初回からは受けていた。なのに…w至って真面目な青春ドラマって感じだった。
 基本的には近未来の設定なんだけど、そんなに現在の学校と比べて違和感があるわけじゃなかったなぁ。せいぜい生徒数が減少して、大学に進む上でも高校に通う必要性がないようなシステムになっていて、意識から言っても学校に通うよりかはバイトして遊んで勉強するというパーソナルな環境を楽しむ時代ってぐらいだった。まぁ、それが上手いこと「みんなで文化祭をやる」というテーマに対応していて、作品に奥深い内容を持たせる基礎になっていたわけなんだけど。。あと、少し町並みが未来っぽくなっていたり、通信技術に関しても発達しているような雰囲気だった。
 生徒会を舞台にした作品と言えば、『生徒会の一存』や『極上生徒会』なんかがあったけど、だいたいは生徒会活動と部活動を同じようなものとして扱って、それほど生徒会らしい活動をメインに取り上げるようなものは少なかった気がする。そんな中、この作品は生徒自身の手による自治活動を取り上げていて、単に生徒会を物語の枠組みとして使っただけに留まらなかった。本来ならば、ずいぶん真面目な内容になるはずなんだけど、そこは小気味いいギャグやウィットに富んだユーモアのある表現をふんだんに盛り込んだことで、シリアスとギャグのバランスが絶妙なものになっていたと思う。
 その「みんなでやる学園祭は楽しいに決まってる!」という発想は、みんなで何かひとつの目的に向かって取り組みを行うということだった。世の中が個人個人のバイトや勉強や遊びといったものへとシフトしている中で、こういった一致団結して「みんなで」何かをするということが特異になってきているのかもしれない。近未来の設定として与えられているけれど、今もそれほど変わらないよね。たくさんの人が集まって、それぞれの力を少しずつ出し合うことで、文化祭という大きな行事へと結実させる過程が描かれていて面白かったと思う。その動きの中に、生徒会の自治活動として主体的な生徒の行動をどうやって導き出すのかといった要素も汲み取れて、上手い具合に物語が組まれていた。何かに熱中してがむしゃらに打ち込むっていうのは、学生時分でないと難しいもんね。

「彼女達は、何の見返りもなく、必死になってこの学園祭を作り上げた。社会に出れば必要となってくるお金や責任、そういうものではなく、ただ純粋に一生懸命になれたり、反抗したり、夢中になれるのは学生のときだけなのではないかしら。」

「確かに、今年と去年までの学園祭の何が違うのかと言われれば、そんなに変わっているわけではありません。でも、やはり、今年の学園祭は特別だと思うんです。なぜなら、生徒達が自分自身で勝ち取った、聖桜学園最後の学園祭だから。」

 学園祭当日に愛光学園の理事長と聖桜学園の学園長がそれぞれこんなセリフを言っていた。まぁ、わざわざ言葉にしなくてもいいような気もするけど…(^_^;)wこのセリフがコンセプトなんだろうね。ただ、この二人の言っていることが単なる言葉だけのこじつけではなく、具体的なできごとが綴られてきていたために浮付くことはなかった。まなびの兄も「子どもには、大人に真似できないこともあるさ。」だなんて言っているし、「ただ純粋に一生懸命になる」とか「自分自身で勝ち取った」という部分を滲み出したようなストーリーになっていた。
 それにしても、いくら生徒会だからと言って夜まで居残りしているとか、二日も家に帰らずに学校でお泊りするだなんて、緩い学校だよねwこれも生徒の主体性を尊重してのことなんだろうか。。お祭りは準備が楽しいって言うし、文化祭も当日に意味があるわけじゃなくって、準備からみんなで取り組むことに意味があるんだよね。他の『けいおん!』みたいなお手軽なアニメでは文化祭の当日とかをバーンっとやっちゃうわけだけど、そこに至るまでの過程を描いたのがこの作品だったと思う。

■パロディー

 あらゆる場面にユーモアを感じさせる表現が盛り込まれていたと思う。たぶん、半分も気付いていないかもしれないwそもそも、声優さんから言って意味ありげなんだよね。。物語の語り手としてミカン役に野中さんをあてているし、ツンデレとしてメイ役には平野さんがなっていた。野中さんは『宇宙のステルヴィア』でも同様に物語の語り手をやっていたし、#04「プロモでゴーの巻」ではステルヴィアでしーぽんがいつも組み上げていたプログラムデザインに酷似した4Dの映像があったwどうも意識しているように感じてしまう。それに、ツンデレキャラを平野さんにやらせるっていうのは誰もが『涼宮ハルヒの憂鬱』のハルヒを思い出しちゃうよね。。考えすぎではあるかもしれないけれど、そういったところから何かしらパロディー的な要素が感じられる。
 あのOPだって『かみちゅ!』とかに見られるクレジットの入れ方だったし、#01「学美星人、あらわる」で「その不思議な女の子は、ある日突然、空から降ってきたのです。」として、まなびが画面上から登場したのも伝統的とも言えるものだった。あれは『天空の城ラピュタ』に代表されて『交響詩篇エウレカセブン』で踏襲されているように、女の子は空から降りてくるというモチーフを受け継いでいると思う。
 他にも細かい部分では、#01「学美星人、あらわる」で授業中に『注文の多い料理店』を文字って『注文の少ない料理店』を出すし、同話のラストで『犬神家の一族』でスケキヨが死体になって出てきたときの足のポーズになっていたし、#07「なつのおしまい(ばいばい)」での女子ソフトボール部の先輩と後輩のやり取りはスポコンアニメを彷彿とさせるものだったし、#04「プロモでゴーの巻」ではメイの操作していたパソコンに「初号機」とか「弐号機」って書いてあるからには明らかに『新世紀エヴァンゲリオン』をネタにしたものだった。あっちこっちに遊びがあるw
 そして、一番のパロディー回が#08「たたかえ聖桜生徒会!」で、まなびが演説したときだった。基本的には全共闘時代のアジテーションを模倣したものなんだろうけど、ところどころに色々なギャグが入っていたwまず「書を捨て、街に出よう。」は寺山修司の言だし、「ほらほら、これが僕の骨だ。」は中原中也のもの。もうひとつ「僕には、まだ帰れる場所があるんだ。」っていうのは『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイのセリフだった。さらには、「学園祭なのだ。最高にキラキラワクワクする学園祭を渇望しているのだ!学園祭を、21世紀最大の学園祭、大学園祭を!!」と言った部分の「学園祭を…、大学園祭を!」という言い回しはアジを下敷きにしているだろうとは思うけど、『HELLSING』に出てくるミレニアムの少佐の演説を思い起こさせるものだった。そんなパロディー盛りだくさんな締めくくりで一気飲みをして、見事にメイのハリセンで宙返りをしたところでオチたw
 そんな#04「プロモでゴーの巻」では壁紙に「環七でバイトや」とか「組線ズレてるよー」っていう楽屋ネタも入っていた。組線ってのはアニメを作るときの用語で、背景とキャラのセルを一致させるための基準線みたいなものだと思う。スタッフの誰かが環七でバイトを掛け持ちしてたんだろうか…wそれに、「私、あんな感じの演出さん、テレビで見たことある。」「超演出…、って言うんだよな?」っていうミカンとムッチーの会話も楽屋オチだよねw
 #02「まっすぐでゴー」ではホームセンターの場面が描かれていたけれど、あれは『けいおん!!』に受け継がれたのかなぁ。。この間の放送で、同じような場面があったと思う。カメのトンちゃんを買ったところ。もしかして、まなびのオマージュだったんだろうか…。

■ジュブナイルとしての物語

 基本はジュブナイルだよねぇ。まさしくアニメの王道っていう感じ。いたいけな少年少女が困難を乗り越えつつ、次第に成長していくような物語はアニメで多く取り入れられた筋書きだと思う。さらに、いろんなキャラクターを登場させて、みんなでわーっとお祭り騒ぎをやらせるパターンっていうのもよく見る光景なんじゃないのかなぁ。。最後の文化祭までずずずっと盛り上がっていく高揚感はたまらなかった。
 そんな文化祭までのストーリーを一方では用意しておきながら、実はメイの成長と人間関係を描くことも他方では大きな物語の柱になっていたと思う。メイは小学校のころから頼られるキャラとして委員長なんかをやってきていたんだけど、かえって仕事を押し付けられたりしたことでトラウマに感じているような設定を与えていた。そんな中で、まなびと出会ったことで次第に本当の友達としての付き合いをするようになるっていう感じ。単なるツンデレキャラというだけじゃなくって、しっかりと物語を用意しているあたりが憎らしい演出だと思うw

■作画

 いやぁ、絵も良かった。詳しいことはわからないけど、いろいろ工夫されていて面白かった。
 机がぐぐっと伸びたり、メイの過去話の彩色や空間が変だったり、まなびの動きがよかったり、ミカンが持ってる本の崩れ方がよかったり、スカートの揺れがリアルだったり、魚眼なカメラを使ったり、画面構成が面白かったり、あっちこっちで目を惹くような作画がなされていたと思う。キャラクターはあれだけデフォルメされているにも関わらず、妙に動きにこだわっているように感じたwっていうかさ、作画スタッフの中で尻フェチがいるでしょww



 ミカンが可愛過ぎて仕方なかった。モモも可愛かったけど、やっぱりG娘よりはミカンだよ…。意外だったのが、メイが巨乳だったことw制服では目立たなかったけど、私服になったらかなり大きかった。あの場面は単に気合を入れて盛っただけだったんだろうかwあっという間の13話だったなぁ。。うん、楽しかった。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/05/05(水) 00:01:00|
  2. がくえんゆーとぴあ まなびストレート!
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

<%template_post\comment>


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://lizardofsuturn.blog40.fc2.com/tb.php/302-b81d4c7a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。