土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『デュラララ!!』#17「有為転変」の感想。

「勘違いしてるんじゃねぇぞ、てめぇら。みんなが怖がるから、俺は誰にも愛されない?笑わせんな。怖いのは俺のほうなんだ。」
『デュラララ!!』#17「有為転変」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 なんだか残念な方向に物語が流れてきた。こうまでして畳み掛けるような展開にさせなくってもいいように思う。具体的な物語がほとんど描かれず、淡々と説明文を読み上げられているような感覚に近いかもしれない。ちょっと味気ないなぁ。セルティとダラーズの話を描いた前半は余裕もあったのか、キャラクターそれぞれの内面に迫る部分も多かった。あのころは良かったんだけど…。。後半はオチをつけるために巻いているのか、ご都合的に片付けているように感じる場面が多いこと多いこと…w表現が尽くされていないまま進むから、消化不良になってしまう。もともとの設定から言っても、帝人と正臣と杏里の鼎立関係を作るのは作為が過ぎる気がするなぁ。。ちょっと、ここのところ不満を募らせている感じ(^_^;)

■静ちゃんという特異なキャラクター

「勘違いしてるんじゃねぇぞ、てめぇら。みんなが怖がるから、俺は誰にも愛されない?笑わせんな。怖いのは俺のほうなんだ。てめぇの力を抑えきれないで、いつも何かしくじっちまうんじゃないかって…。そう、俺は世界一の臆病モンだ。だが、それがどうした。俺が臆病なことは、てめぇらをぶちのめすことに、何も関係ありゃぁしねぇ。それによぉ、俺のことを愛してくれるやつの前で、倒れるわけにはいかないだろ?」

 こと、愛に関して言えば、これほど語れば語るだけ嘘になるものってないよねwこのごろのデュラララは愛ばっかり口うるさい。具体的な表現に裏打ちされた上で総括した表現ならばいざ知らず、ただただ言葉だけ並べているような状況になりかけているから具合が悪い。セルティと新羅の関係性については多くの具体的な言動をもとに展開されていたから良かったけれど、今回の愛を知らない杏里とか気軽に愛を口にする贄川とか愛されたい静ちゃんとか、多少はそれぞれの愛を伝えるだけのエピソードを持っていながら、詳しく表現されていないために理解に苦しむ部分がある。具体性を欠く「愛」に関するセリフは、パターン化されてしまって面白みがない。
 静ちゃんの話って『泣いた赤鬼』みたいな話だよねw社会的に一般的には怖い存在であると認知されている一方、本人は他の人と仲良くなりたいと思っているというギャップがある点で似ていると思う。まぁ、自分の力を抑えきれずに悩むという部分はオリジナルなのかもしれない。静ちゃんの場合は自分の戦闘力が他の人と桁違いなために、他の人と対等な関係になることができずに悩んでいる感じがする。そのため、今回のように罪歌の影響で強化された人々を相手にした場合には、初めて対等に渡り合える相手を見つけたことになり、それで静ちゃんは喜んだんだと思う。もともとセルティと仲良くできていたのだって、セルティが静ちゃんを怖がることなく、能力的にも対等なものを持っていたからという理由もあったんじゃないだろうか。
 そんな静ちゃんは至って内省的な感覚を持っている。だって、自分の力に恐怖を感じ、それを改善しようと意識してるんだよ?自分と同じ能力を持たない相手を責めるわけでもなく、能力ゆえに相手に暴力を振るうことで愛情表現をするわけでもなく(臨也との関係を除くw)、自分を変えることで相手との関係性を成り立たせようとしている点では謙虚なように見える。こういった姿勢を見せる登場人物は、この作品の中で唯一といっていいかもしれない。誠二も美香も波江も新羅も臨也も贄川も罪歌も、誰もが自分という存在を棚上げにしてしまい、相手にばかり「こうあってほしい」とか「こうあるべきだ」と一方的な愛を要求する中では珍しい。
 誠二はセルティの首のために自分の存在を捧げることに意味を感じているようで、何の反応もしない首に執着する行為そのものを愛だと語っていた。そこには相手が存在せず、自分の中の妄想や解釈を相手に押し付けるだけの一方的な関係性しか成り立たない。美香は誠二をストーキングする途上、自分をセルティの首として扱って愛でる誠二との関係性に甘んじることを受け入れた。彼女も誠二と同様に相手が自分のことを思っているかどうかなど関係なく、自分が相手に尽くす行為に意味を見出していた。波江は弟の誠二がセルティの首に執着していることを知りながら、そんな弟を愛することを至上命題として行動していた。新羅はセルティと相思相愛の関係になっているようにも見えるが、実際にはセルティの本来的なアイデンティティを奪って自分がいないと自我も成り立たないような状況に追い込んだ経緯がある。セルティは自らのアイデンティティを保証する首を見つけることをほぼ諦め、新羅との関係を続かせることを優先している。そういった意味でも、新羅は自らの都合に合わせてセルティの生き方を枉げたわけであって、セルティには新羅に対する双方向の愛があったとしても、新羅からしてみれば一方的なものと言うこともできる。臨也は誠二・美香・波江・新羅とは違って、人間という種に対してお互いに愛し合うべきだと言っていた。この点では双方向とも言えるが、臨也の関心は相手が自分に対してどれだけ興味深い行動を取るかという点にあり、自分が相手に対して何かのアクションを取るわけではない。贄川はあまり具体的な描写がないものの、那須島に斬りかかるほどの一方的な愛情表現は相手に自分の気持ちを押し付ける行為に他ならない。罪歌も人間ではなく相手に気持ちを伝える手段を持たない点では何とも言いがたい部分があるが、その愛情を相手を斬るという行為で表現する点は前回の話で新羅の分析にあったところだった。
 彼らは自分の存在を超然としたものとして考えているのか、内省が見られない。そう考えると、静ちゃんだけが内向きのベクトルを合わせ持つ愛を語っているように思える。

■主導権を握った杏里

「私はいろいろと足りない人間なんです。だから、足りない何かを補うために、いろいろな何かに寄生して生きている。私には、人を愛する心が足りないから、ずっとこの声を聞き続けられるんです。ずっとずっと、客観的に…。」

 う~ん、杏里のキャラクターってセリフばかりが先行してしまって、なかなか具体的につかみずらい…。寄生して生きていることは以前から本人も言っていたけれど、あぁやって罪歌を制御して自分の考えを押し通すだけの力と考えを持っているからには、どうしても自立しているように見えてしまうw
 中学時代において張間美香と寄生の関係が成り立っていたことはわかる。確かに、杏里は美香の奔放かつリーダーシップのあるキャラクターの影で安穏とすることができていたんだろうし、美香は杏里という引き立て役を側に置くことで自分の存在感をアピールすることができていた。それは寄生の関係として納得のできるものだった。というよりも、杏里は美香に見放されたらどうしようもないという受身の関係であるだけで、むしろ共生に近いのかもしれない。けれど、罪歌との関係を寄生と言うのはどうもわからない。罪歌との関係で杏里はいろいろと恩恵を手に入れているけれど、罪歌は杏里からどんな恩恵を得ているのだろうか。この点では共生ではなく、明らかに一方的な寄生関係と言えるように思える。けれど、主導権が杏里にある時点で寄生と言うには疑問が出てしまう。むしろ、罪歌が杏里に寄生していると言ったほうがいいようにも思うんだけど…。よくわからんなぁ。。
 杏里の語る「愛」も意味がわからなかった。罪歌の声っていうのは怒濤の如く流れ込んでくる激しいものだった。もしも、まともにその愛を語る声を受け入れてしまっては、発狂してしまうほどなのかもしれない。だから、贄川に少し刃を触れさせて声を聞かせたとき、彼女は極度の拒否反応を示していた。なぜ杏里がその声に耐えられるかと言えば、「人を愛する心が足りない」かららしい。ってことは、相手に対して常に無関心だということなんだろうか。考えてみれば、杏里は誰かと対峙しているときに感覚を遮断するような表現が何度か用いられてきた。前回も贄川の一方的な言いようを回避するために、わざと気が遠くなるよう意識をコントロールしていたような場面もあった。いつもの羽つき女子高生三人組に「寄生虫」と罵られているときも、同じように意識を遠ざけて相手にしないようにしていた。つまり、杏里の能力は何か面倒になると相手に無関心でいられるように意識を遠ざけるものだと考えることもできると思う。ってことは、杏里の言う「人を愛する心が足りない」とは「相手に関心を持つことができない」と言い換えてもいいじゃないのかなぁ。。そうなると、罪歌の嵐のような声に対しても無関心でいるならば、それは耐えることができるのかもしれない。

「いいえ、私は贄川先輩とは違います。私は先生のこと、大嫌いですから。」

 でもさ、「大嫌い」っていう感情は無関心とは程遠いものでしょw関心があるからこそ「嫌い」と判断できるわけであって、本当に無関心であったならば好きも嫌いも関係がなくなってしまう。ここらへんが、理解を難しくしている部分になる。どっちなの?って感じw

「罪歌はさみしがりやなんです。私たちから見たら間違っているかもしれないけど、人間が本当に好きなんです。だから、愛してあげてください。贄川先輩も罪歌のことを…。先輩は私と違って、人を愛することができるんですから。」

 いやいや、罪歌って人じゃないでしょ?w「先輩は人を愛することができるから、罪歌を愛してあげてください。」っていう論理はどう考えても不思議だwwしかも、罪歌に対して愛を返すっていうことは、ずっと斬られ続けるか殺されるっていうことになるんじゃないの?杏里の母親が自殺していたのだって、完全に支配されていたのならば罪歌の愛を受け入れたためとも考えることができる。この杏里のセリフはちょっと理解できない。

「宙をふらふらと浮いていた自分が、人の運命を握るという重圧によって、地面にしっかりと足をつけたような気がした。そのとき、声が聞こえた。あなたのことは愛せないけど、嫌いじゃない。聞こえたような気がしただけかもしれない。問い返しても、返事はなかった。だが、それでよかった。ほんの少しだけ、嬉しくなった。」

 この総括を聞いて、ようやく納得した気分になるw杏里に主導権があったかどうかというのが最大のポイントなのかな。今までは美香に依存していたように自分が主導する立場にあることはなかったけれど、罪歌の能力を完全に自分のものとしたことによって、誰かを自分の意志で動かすことができるようになった。それが依存や寄生といった自らに主導権のない立場の生き方を否定することになり、杏里は自分の意志で何かを決断したり行動したりする必要に迫られることになる。
 これで罪歌と杏里に関する基本的な話は結着…、って感じなんだろうなぁ。。でも、こうやってセリフでオチをつけて締めくくるほど情けない表現はない気もするwこれじゃぁ、ただの説明文じゃないかw

■斬る以外の方法でも愛の成立を感じた罪歌

「あなたが罪歌に乗っ取られていれば、その、さらに親である私の罪歌から命令することもできるんですけど…。」
「そんなはずない!私は罪歌を押さえつけた。愛の力で!!愛を知らないあなたなんかに…!!」

 贄川って誠二と同じ臭いがプンプンするよねw愛することを愛してしまっている感じ…。キャラがかぶってるwそんなんだから、自分の物語をもらうこともできず、杏里と罪歌の話を展開させるための出汁にされちゃうんだよね。。彼女と彼女の父親は物語を進めるためだけの、都合のいい噛ませ犬でしかなかったw全員が脇役の如く扱われているこの作品において、ここまで脇役然としたキャラクターを出すっていうことも少し違和感がある。
 それにしても、依然として贄川が自我を保てていた理由がわからない。静ちゃんも罪歌の子に斬り付けられながら、自我を保っていた。精神力の強さが影響しているっていうことなのかな?罪歌の声に影響されないほど意志が強く、そのために乗っ取られなかったんだろうか。でも、それだったら、杏里のオリジナル罪歌に触れたときの声にも耐性を示したはずだと思うんだけど…。なんだか罪歌の設定に関して不具合があるのか、理解できないだけなのか、わからんなぁ。。それに、贄川が罪歌と関係した経緯もわからない。杏里が斬ったの?それだったら、最初から乗っ取られているようにも思うけど…。杏里が贄川を斬る動機もわからない。あれだけ人を斬ることを自制していた杏里が無闇に贄川を斬るとも思えない。今までの伏線を気付かないままでいるだけなんだろうけど(^_^;)

「そのとき、声が聞こえた。あなたのことは愛せないけど、嫌いじゃない。聞こえたような気がしただけかもしれない。」

 これで罪歌の性質も少しはわかった。罪歌の愛情表現とは新羅の分析にもあったように、相手に斬り付けることで成立するものだった。他に愛を表現する手段を持たない以上、相手を斬ることによって関係を構築するしか方法がないということでもあると思う。すると、今回の杏里を愛せない罪歌というのは、罪歌に対して無関心でいることのできる杏里に対してはコントロールがきかずに斬り付けることができないことになる。したがって、愛することができない。だけど、嫌いではない。それは、杏里を斬ることができないにも関わらず、杏里との関係が成立していることに由来するものだと思う。つまり、罪歌は杏里との関係において、初めて斬る以外の方法で愛を表現する手段を獲得したということなのかもしれない。 
 加えて、杏里の母親が罪歌に乗っ取られて、その上で自殺していることも印象的だった。罪歌の愛情表現が相手を斬ることに限られていたとしたら、相手が好きすぎて殺してしまうというのも成り立つのかな。。自らの寄生している宿り主にを殺すということの意味をどう考えるのかにもよるけれど、杏里の母親を愛した結果だからなのかもしれない。っていうか、よくわからないw

■三者鼎立の影に潜む臨也

 すべては臨也の盤上で起こっていることなんだねw彼の目的はセルティの首を覚醒させて、天国なりどこへなりと導かれること。そのためには擬似的にでも戦争を起こす実験をしてみる必要があるってことで、今回のようにダラーズ×黄巾賊×罪歌という三者鼎立の関係を築いたものと思われる。それにしても、そのリーダーが帝人×正臣×杏里という主要キャラクターに集約するとは…、ちょっとご都合だよねwしかも、互いに互いがそれぞれのグループのリーダーだということを知らないというのが、これまた…wラストでお互いの正体を知ったところで、オチへと急加速みたいな。。なんだか安っぽくなるねw
 臨也は観察者を気取っている。それは#02「一虚一実」のときからそうなんだよねw自分は高みの見物を決め込んで、常に相手の出方を見る側にいる。自分から何かアクションを起こすことって滅多にないように思う。そうでありながら、彼は「人間ラブ!」なわけであって、「相手も自分を愛するべき」だと考えている。臨也にとっての愛とは相手に関心を寄せることであって、自分から何かを与えたりすることではないみたい。そういう意味では、臨也の愛はウケ専門なんだよねw相手も自分を愛するべきだとか言っているってことは、現状としては相手から愛されていないように感じていることの証でもあると思う。愛して欲しいんだけど、愛されない。こんなに自分は相手のことを考えているのに、相手は自分のことを見てくれない。そんなところなんだろうか。。
 そういった臨也が三者鼎立を仕組んでいるからには、どういったオチをつけるんだろうか。臨也の愛の行方が気になる感じw

■いつもの通りじゃない演出と作画

 今回の演出には少し落胆した。今までの演出がスムーズかつ見事に進んできただけに、余計に悪く見えてしまう部分もあると思う。特に後半部分は臨也視点の解説で済ませてしまったのは、いかにも説明文ちっくな展開になってしまって味気なかった。帝人と杏里の対話に関しても、帝人のモノローグが微妙な感じだった。淡々と粛々と物語を進めているように感じて、演出として物語やキャラクターの見せ方に工夫がないようにも思える。短い尺の中で、一生懸命にストーリーを進めようとしているかのように見える。シチュエーションとかセリフばかりが先行してしまって、あんまり実のある展開になってないんだよねぇ。。しかも、そうやって物語を進めてはいるんだけど、今回の内容って前回内容の延長や補足でしかなくって、杏里と贄川の内面を少し描き出して、臨也の説明を加えたくらいだった。なんだか空回り感がある。
 作画に関しても違和感があった。静ちゃんの戦闘シーンはよく動いているのか動いていないのか微妙な感じだったし、杏里と対話しているときの帝人の表情もなんだか崩れていたように思う。なんだろ、演出や絵コンテとしての画面構成も違和感があったし、いつものデュラララじゃない感じがした。テンポ感がなかったのかなぁ。。妙に落ち着いちゃって起伏もなく、のぺーっとしちゃってるのかな。。

■非日常

「でも、ああいう人たちは、僕たちの日常とはずっと遠くにいる人たちだから、あんまり関わらないほうが…。」
「竜ヶ峰くん、この世で本当の非日常ってなんだと思いますか?何も起こらないこと、毎日毎日同じことの繰り返しで何も起きない。何も変わらない。それが本当の…。」

 何も起きない日常こそが非日常だって言うのかい?お嬢さん、それは飛躍が過ぎるというものだよ。今までの話では臨也や静ちゃんやセルティといった、明らかに非日常の住人としか言えない人物の話しか扱ってきていない。それに、罪歌と関わっている杏里自身が「何も起こらない」とは無縁の非日常の住人じゃないかwそんな中で、急に何も起こらない日常こそが非日常だと言われても、何の裏づけもないよ…w何がいいたいのかわからないし、なぜこのタイミングでこのセリフを言わせるのか目的がつかめない。言いっぱなしの無責任な表現になってしまっている。これから、このセリフを補足するような内容が出てくれば救いだね。。



 次回は正臣の過去話を含めた黄巾賊側のストーリー展開になるのかな?それで二~三話を消化して、三者間での戦争状態へと上手いことバトンをつないで、セルティの首が覚醒するなりしないなりしてオチをつけるっていう寸法だろうか。だいぶ着地点の目星がついてきたけど、最近の急ぎ足に暗雲立ち込める感じ。せっかくなんだから、狩沢・遊馬崎ペア視点で語るストーリーを作っても良かったように思うけど、今のところないよねwこの作品の登場人物の日常を描いたボトルショーを挿んでも面白かったと思うけど、さすがに尺が足りない。。作品に奥行きもあることだし、今の罪歌編も巻きでやってしまったことからして、本当は四クールやっても良かった作品だと思う。

テーマ:デュラララ!! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/05/07(金) 04:00:09|
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