土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『Genius Party-ジーニアス・パーティ-』の感想。

映像こそ雄弁に語っていたので、今回は取り上げるセリフなし。
『Genius Party-ジーニアス・パーティ-』

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 一言で言ってしまえば玉石混淆って感じかな。すげー作品もあれば、別にどうということもない作品もある。それぞれの監督の持ち味が出されつつ、映像表現に軸足を置いたような作風で統一されていたと思う。こういったオムニバス形式の作品と言えば、『迷宮物語』しか見たことがない。他にも『MEMORIES』や『ロボットカーニバル』などなどあるんだろうけど、どうも映像表現に疎い身としては手が出ないんだよね(^_^;)今回も映像としての表現方法云々ではなく、その実質的な内容からの感想になります。

■GENIUS PARTY(監督:福島敦子)

 わぁ、映像がキレイだなぁ…って感じw美術館に行くと3分で飽きる身としては、ボケーっと見ているしかなかったよ。。映像を読み解く素養っていうのは、どうすれば身に付くんだろうか。。。
 なんだか骸骨みたいな生物の頭からハートが出てきて、それを鳥みたいなのが食べて、進化したのか高速で飛び回るようになり、それを見上げる骸骨っぽい生物たちが描かれて、そのうち主人公みたいな骸骨がにょきにょき大きな樹みたいなのになって、骸骨たちが連動して、最後にはよくわからんことになったwなんだろうねww
 おそらく、あの骸骨は監督たちや人間の頭ってことなんだろうと思う。そこから出てくるアイデアなりイメージをハートが表していて、それを食べる鳥みたいなのが見ている側ってこと?最後に進化した骸骨が大きくなって、映像を映し出している場面があったけれども、あれはそれぞれの監督の見ている世界をこれからの作品が映し出しているんだよっていうことの暗示なんだろうか。。
 とにかく、骸骨っぽい生物たちが、主人公がハートを食べて楽しい状況になっているのに憧れて、自分たちもああなるんだっていうかの如くエネルギーを出しているところが良かった。楽しそうw無邪気に想像を膨らませながら、奔放に夢を見ることの愉快さが伝わってきたように思う。けど、やっぱりわからんw

■上海大竜(監督:河森正治)

 ゾクゾクした。一番のスゴい場面は、描いたものを実体化できる能力を持つ純粋な子どもに、その子の手を強引に取って敵をやっつける強い兵器を無理やり描かせたときの大人の表情だった。仮面ライダーみたいな正義の味方を想像した少年に対して、大人の描く兵器はあまりにも残酷すぎたように思う。そんな無邪気な子どもが好きじゃない絵を描かされたために泣きじゃくる表情と、そんな無邪気な子どもに残酷な兵器を描かせてしまった大人の罪悪感がコントラストとして鮮明に浮き上がっていて、思わず毛穴が全開になったw真っ白なキャンバスに黒い絵の具をぶちまけたような感じで、見ている側も罪悪感に苛まれる感じ。大人の理性ってヤダよねってなるw子どもは相手と戦うにしても美学のある戦い方をするけど、大人は冷酷無慈悲に相手を撃滅することを最優先にえげつない兵器を想像してしまう。大人と子どもの対比が良かった。
 やっぱり河森監督はスゴいよ。マクロスのことで可変ヴァルキリーだのメカニックだのと、デザインの面で取り上げられることが多いように感じるけど、河森監督のスゴいところは訴えるべき中身を持っているところだと思う。あの『地球少女アルジュナ』やマクロスシリーズでも『マクロス+』『マクロスゼロ』のような作品があるのが特徴的。単に映像として素晴らしいだけでなく、はっとさせられる文脈を持つ内容を作れるところがスゴい。今回の『上海大竜』もそんな作品に列せられるものだった。こういう子どもの無邪気さに憧れる内容を描く点では、宮崎駿監督と同じ資質を感じるよね(^_^;)クリエイターが子どもの直感的世界認識や無邪気さに憧れるっていうのは何か必然性や蓋然性があるんだろうか。ついつい、今回の少年を見て、ポニョを想起してしまったwポニョだって、汚れた大人と無垢な子どもの対比をこれでもかと表現した作品だった。この『上海大竜』が2007年、『崖の上のポニョ』が2008年の公開となることを考えると、時代的な関係性もあるんだろうか。
 そんな嫌な大人が描かれて終わるわけではなく、最後には、子どもが金色の竜を描いて宇宙へ向けて旅立つシーンがあって救われたかなw笑顔で終わって良かった。子どもにとって、あんな竜の背中に乗るだけでは真空状態に耐えられないとか、竜の推進力はどのように確保されているのかとか、そういった現実的な計算は関係ない。理性とは関係なく、直感的に夢を描くことを体現していたと思う。もはや、なんとかフィールドとか、なんとかバリアとか、青いタヌキが出すなんとか灯とか、なんとか粒子とか、そんなフィクションを成立させる細やかな設定すら必要ない。最後は子どもの自由奔放な想像力の豊かさを見せられたことで、ホッとさせてくれるものだった。

■Dethtic4-デスティック・フォー-(監督:木村真二 )

 明らかに『ファンタスティック4』を下敷きにした作品だよねw発想としても、どことなく『アダムス・ファミリー』を思い起こさせるようなものだったwホラー・コメディってやつなんだろうね。たぶん気付いていないところでも、あちこちにパロディが仕掛けられているのかもしれない。個人的には、三輪車をこげていない生き物係がツボだったwあれは可愛い。普通に面白かったと思う。

■ドアチャイム(監督:福山庸治)

 え?これって『世にも奇妙な物語』だっけ!?と思った作品w常にもう一人の自分がいて、自分より先に行動されると自分の存在を認知してもらえなくなる世界を描いていた。今いるもう一人の自分より先に行動しなければならないわけであって、それは常に自分自身と戦い、前に前に進まなければならない向上心の必要性を説いている…のだろうか。確かに残るものはあるけれども、あえてアニメでやる必要を感じるわけではなかったなぁ。。
 中身から言っても、なんだか説教臭く感じてしまう。そりゃぁ、ちょっと前の自分より少しでも前に進もうと思う心がけは大事だろうけど、なぜ大事なのかといった物語には触れられなかった。比喩的にドッペルゲンガーの如き存在をちょっと前の自分に見立て、それに打ち勝つことを良しとしたに過ぎない。主人公の行動は認知されたいがためのものであって、別に発展的な向上心を獲得したわけでもない。これでは、なぜ打ち勝つべきなのかは他者に認知してもらうためという作中の設定から抜け出せず、それを一般論として語ることはできないままとなる。その結果として、少し押し付けがましい説教臭さを感じたんだろうか。ここらへんの物語の作り方からして、やっぱり河森監督の子どもはスゴかったと思うwあれは文脈の上にしっかりとメッセージ性が定着していた。

■LIMIT CYCLE(監督:二村秀樹)

 ん?なんと前衛的な…w意味がわからん…ww元ネタはクレジットにもあったように、『錬金術と神秘主義―ヘルメス学の博物館―』という本らしい。しかしながら、意味がわからんw早口で難しい言葉を立て続けに言われるけれども、その意を理解するのは難し過ぎるだろう。。とは言え、何度か繰り返される表現はあって、それらをつなぎ合わせれば理解もいくらかは容易になるんだろうか。
 なんだか刷り込みの方法を感じるなぁ。。見ていると洗脳されそうだよwサブリミナル効果とは違うんだけど、難しい表現を早口で投げかけつつ、大事な表現を随所に繰り返し散りばめ、それらの漠然とした情報の海の中から、見ている側に対してひとつのメッセージを汲み取らせようとする方法みたいな…。そうは言っても、何かしら意味のあるつながりなんだろうし、理解できないだけで遠ざけるのも気がひけるが…、やはり臭さは残る。キーワードは「連環」ってことなんだろうけど、結局はわからないの一言に尽きるかなw

■夢みるキカイ(監督:湯浅政明)

 いかにも湯浅監督らしいものだった。けれど、湯浅監督らしいというだけで、他の『カイバ』や『マインド・ゲーム』のような湯浅監督作品に比べて、何か大きな筋があるわけでもなかった。どちらかと言えば、『ねこぢる草』に近い感じかな?
 幼い子どもを「夢みるキカイ」として描いた点で、ひとつの筋を読み取るべきなのかもしれない。その点では、冒頭の二つの作品と共通するコンセプトを感じる。最初の『GENIUS PARTY』(監督:福島敦子)は、それこそ子どもではなく骸骨みたいな生物だったけど、「夢みるキカイ」を描いたようなものだった。ある人間の視点を通して描かれる世界観を表現するっていうことなんだろうか。それに、『上海大竜』(監督:河森正治)も無邪気な子どもの想像力がどのような夢を引き出すのかといった視点があった。湯浅監督のこの作品も合わせて、この三作品には共通点を強く感じる。。どれも『攻殻機動隊S.A.C.』で引用される映画監督ジガベルトフの「私は、私が見える世界を、皆に見せるための機械だ。」というセリフが思い起こされる。

■BABY BLUE(監督:渡辺信一郎 )

 一見して新海誠作品かと勘違いしたwだって、あの画風というか背景は新海作品でしょww中身は新海作品にしては異色だったけどね…。新海作品っていうと一途で初心な恋愛っていう感じがするけど、もう少し大人びていたように思う。新海作品にはない、物語における安定感と豊かさがあるよねw
 とは言え、転校するっていうことを幼馴染に言い出せずに、二人して思い出作りのために逃避行するっていうのは、いかにもベタな感じだった。青春してるねぇって感じ。個人的には警察官と自転車競走をする場面がツボだったwあんな無意味な競争を大真面目にやるところが大爆笑だよwwでも、女の子が電車の外で花火を振ってさよならしている場面は、さすがにないよなぁって思った。。あれって、他の通行人が見たら、ただのイタイ子じゃんw感動的な音楽で盛り上げてはいるけど、なんだかコントに見えてきて、この場面でも大爆笑だったwもしも「笑う犬」でやるとしたら、あの女の子をウッチャンがやって、男の子は原田泰造だろうか…。そんな妄想が膨らんでしまって、笑いが止まらなかったよw青春真っ盛りの恋愛を描いているにも関わらず、シリアスな笑いがあるところが面白かった。



 さすがSTUDIO4℃だけあってクオリティが高いw今回は『鉄コン筋クリート』や『魔法少女隊アルス』や『マインド・ゲーム』のようなキャラデザだけではなかったけど、こんな絵柄もできるんだって感じだった。この作品って、STUDIO4℃のプロモーションも兼ねているのかな?私達はこれだけの能力がありますよ~、こんな画風の作品も作れますよ~的な。。これだけ幅の広くてクオリティの高い技術があるとなると、将来的にはマッドハウスのような存在になるんだろうか…。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/06/01(火) 00:01:00|
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