土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『電脳コイル』#10「カンナの日記」の感想。

「待って、今から行くの?暗くなっちゃうよ!?」
「行きたいんだ、すぐ!カンナの身に起こったことを知らなくちゃ!!」
「ハラケン…。」
『電脳コイル』#10「カンナの日記」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 なんだかヤサコの淡い恋心の揺れ動きが繊細に描かれていて、見ているこっちもモヤモヤしてきちゃう感じだったwヤサコの心情を表現するのに、変にセリフで語ることなく、不安げな表情をアップで映すわけでもなく、俯瞰で見たハラケンとの微妙な距離感によって演出していたところが良かったんだと思う。変に押しつけがましくなく、見ている側の想像を掻き立てられるような表現だった。この作品全体を通して見ても、屈指の名場面だったと思う。

■巧妙に表現されたヤサコの恋心

 ハラケンのカンナに対する一途な様子と鈍感さに比して、多感なヤサコの心情の揺れ動きが手に取るように伝わってきて素晴らしかった。テントの中でカンナの声を再生しているハラケンを覗くヤサコの表情もさりながら、まるで不都合な事実から目を背けるようにしてテントに戻るヤサコの行動も良かった。さりげなく「カンナってどんな子だったの?」と質問をするヤサコも良かった。いつの間にかハラケンに好意を寄せていくヤサコの心の動きが緻密かつ自然に描かれていて、俯瞰して見ていながらも恋愛への発展が自然すぎて驚いたw4423とハラケンを同一人物だと勘違いしちゃいたくなるヤサコの恋心も可愛らしかったし、自分の恋心を隠しながらハラケンに強か手を伸ばすヤサコの女の子らしい狡猾さもリアルだった。ハラケンとカンナの関係に立ち入ってはいけないとわかっていながらも、抑えきれない恋心から立ち入ってしまうヤサコっていう構図が秀逸だったと思う。キャラクターへの感情移入って、こうやって導けばいいんだねっていう感じだった。

「ねぇ、ハラケンって、ずっとここに住んでるの?」
「いや、五歳のときに越してきた。」

 ヤサコが夢で見ていた4423だったけれども、ハラケンもメタバグから4423の声を聞いていた。本来ならばつながりのないはずのことなのに、ヤサコがハラケンの口から4423というキーワードが出てきたことで運命を感じちゃうんだよねwそこで、夢の中で4423と名乗っていた男の子をハラケンだと勘違いしてみたくなり、妄想を膨らませちゃうわけだ…。次第にハラケンに思いを募らせるヤサコの内面が上手いこと描き出されていると思う。

「もし、4423がハラケンだったら、運命的だわ。」
「ウンチ!」

 そんな妄想を京子が一発で吹き流してしまうところも面白かったwしかも、絶対にハラケンじゃないと自分で言っておきながら、やはり捨てきれない可能性に妄想を膨らませるヤサコっていうのが上手かった。そんな中、偶然とは言えカンナの日記を読んでしまい、カンナのハラケンに対する思いを知ってしまったのもいい感じ。なんだかヤサコの揺れ動く心情がダイレクトに伝わってきた。スゴイよね…。
 そして、「私は、もう見ない。」と言って、カンナの日記をハラケンに託す姿も印象的だった。あの場面はヤサコやハラケンの表情を映すことなく、俯瞰で捉えた構図から二人の距離感が描き出されていた。カンナの日記を読んだことによって、それまでのヤサコの妄想が一瞬で吹き飛ばされてしまったわけだし、これを読んだハラケンが一意にカンナの残したものを探ろうと行動するところもヤサコには衝撃だったんだろうと思う。本当に内面の描写が上手い。さらには、ハラケンの涙がカンナのデジタルな日記を通過して染みを作ることの無かったことも至上の表現だった。メガネの映し出すものは虚構でしかないにも関わらず、ハラケンはメガネの世界によってカンナとのつながりを感じ取り、涙を流した。日記に涙の染みを作るというアナログな記録すら拒むデジタルな世界であっても、そこには感情の機微に大きな影響を与えるだけの力が潜んでいたことが訴えられた瞬間でもあった。この表現を見るためだけでも、この作品を見る価値はあると思う。

「待って、今から行くの?暗くなっちゃうよ!?」
「行きたいんだ、すぐ!カンナの身に起こったことを知らなくちゃ!!」
「ハラケン…。」

「もう今日は諦めたら?」
「いや、もう一度。もう一度!」

「日記の道順が間違ってるかもしれないし…。」
「そんなはずない!」

 一途にカンナとのつながりを保とうとするハラケンが描かれる一方で、自分の淡い期待が水泡となって消えていくのを見守るしかないヤサコの複雑な心境が折り重なって見えて良かった。二人のすれ違う心情がダイレクトに伝わってきた。

■小学生らしく素直な姿を見せたイサコ

「あなたより腕が上の、単なる小学生よ。」

 イサコがめちゃくちゃ強い…wサッチー爆破するし、受けたダメージは自己修復してるし、無敵じゃないか!セリフまで気取っちゃって、どうしようもなく調子付いてるよねw

「今回は、あなたたちに落ち度はないわ。暗号やの技を、ひとつ教えてあげようか。」
「おめぇ、最初っからこれが狙いだったのか。」

 イサコは分け前でガチャギリたちを引きこんだわけだけど、もとよりダイチを追い出すことを目的にした計画だったとは…。ミチコさんとの融合も果たし、ダイチも追い出し、サッチーは破壊できるし、今回の策略はどう転んでもイサコの得になるよう仕組まれた素晴らしいものだったんだねwこれを考え出すとは、小学生とは到底思えない。
 そんな無敵で尊大に描かれてきたイサコだったけど、今回になって、ようやくイサコの背景が見えてきた。なぜキラバグとの結合を行っているのか、臨界量とは何なのか、大切そうに握る人形は何なのか、しきりにつながっている電話の相手は誰なのか、などなど。あっちこっちに伏線が周到に張り巡らされてきていた。

「褒めて、お兄ちゃん。私にもできたよ。」

 強気なイサコも「お兄ちゃん」っていう柔らかい言葉を使うんだよねwイメージから言えば「兄貴」って言いそうなんだけど…。そこらへんのギャップがイサコらしい部分なんだろうか。普段の小学校では強気で負けん気の強い女の子だけど、お兄ちゃん関連の話や身内の前では素直になるんだよね。叔母とは軋轢があるみたいだけど、叔父との会話からは確かに小学生らしい純粋さも感じ取ることができた。

「おじさん、聞いて。もうすぐお兄ちゃんが戻ってくるの。」
「そうかい、そうかい、うれしいねぇ。」
「冗談じゃないのよ?」
「うん、わかってるよ。」
「おばさんには言わないでね、嘘だってバカにするから。」
「わかってるよ。」

 ここらへんの生暖かい叔父の目線っていうのも伏線なんだよねぇ。。今回の内容って、ヤサコの内面描写もそうだったけれど、こういった伏線の張り方ひとつ取っても巧妙過ぎて愕然とするほど素晴らしいものが並んでいる。ここらへんのイサコの会話をすべてマトンが覗き見ているっていうのも伏線だしね…。

■怪談の類型

「ネットの噂によると、メガネが発売されるずっと前から、中津交差点は事故の多い怪奇スポットだったそうです。」

 前回のテントの中での怪談によって、メガネを介した都市伝説の類型を知ることができた。本来なら単なる噂話でしかないはずの都市伝説も、実際に目の当たりにしたイサコの能力を前にしては現実味を帯びてしまう。それを逆手に取って、イサコが「ミチコさんに頼んで、追い払ってもらおうかなぁ。」と脅していたところは面白かった。

「たぶん、クロエのことが忘れられなくて、何かを見間違えたんだと思うけど…。」

「もしかしたら、カンナが見たのは…。」

 ハラケンはカンナが死亡した事故の原因を分析していたけれど、死んだ大切な人や動物のことが忘れられなくて幻を見てしまうっていうのはアナログな怪談でも類型的に用いられる話素だと思う。それをメガネというデジタルな怪談に置き換えると、前回のテントの中での都市伝説になるんだろうか。中津交差点がメガネ発売の前から怪奇スポットとなっており、メガネが発売されてからも怪奇スポットとして機能したという設定は、やはりメガネによってアナログな怪談がデジタルな怪談へと変容を遂げたということの、ひとつの徴証になると思う。

「どっ、どういうこと?さっきは古い空間なんてなかったのに。」
「道順だ。道順がパスワードのような機能を果たしたんだ。」

 これが前回の感想でも書いていた「方違え」とも共通の概念を有するであろう発想。最短のルートで目的地に行っては辿り着けないため、ある一定の決められたルートで目的地を目指すことによって異世界への道を進むことになる。日常の行動では決して取るはずのないルートを通ることによって、非日常へと導かれる発想は「方違え」の要素と共通する部分を持つと思う。あるいは、階段や橋がアッチへの境界になっているのと同様に、道がアッチへの境界として機能しているようにも考えられる。グルグルと合理的とは言えない順路をめぐっているうちに反復作用による高揚感や疲労感を覚え、それが幻影を生み出す根拠になるのかもしれない。とにかく、この道順によってアッチへと通じる設定というのは、作中の設定に留まらない普遍性のある現象の一部として捉えていいものだと思う。

■マイコ先生の自己満足

「マイコ作戦、成功かしら!」

 あんなに酔っぱらってたのに元気だなぁwこのセリフの直後に画面が切り替わって、イサコが「失敗したようね。」と言うのが上手い。映像文法としてはマイコ作戦の失敗を指摘する意味として受け取らせるものになるし、実際に、大人の想像するダイチたちの円滑な人間関係とは別に彼らは新しい敵対関係を構築することになる。デンパだけがダイチに付いていくっていうのも可愛らしかったwダイチが負けを認めずに「俺はやめてねぇよ。あいつが勝手にやめさせただけだ。」とか減らず口を叩くところも趣深い感じがする。



 そして、猫目が初登場。しかも、「まさか、あの少女と同じ…。」とか言ってカンナとのつながりを感じさせる登場の仕方だったし、ここでも伏線を敷設している巧妙な手腕が見て取れる。それにしても、なんでメガネというツールがあるのにアナログなカメラを使用しているんだろうか…。メガネで見ている映像を記録するだなんて動作は、絵的に動きがないから採用されなかったんだろうかw本編はここで小休止となり、しばらくはメガネの世界を紹介するようなボトルショーが続く。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/06/17(木) 00:01:00|
  2. 電脳コイル
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