土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『Angel Beats!』全13話の感想。

「あぁ、この気持ちはなんなんだろう。どうしちゃったんだろう…。私を突き動かしていたものが、消えていく。それが消えちゃったら、ここにいられなくなる。人生はあんなにも理不尽にあんたたちの命を奪い去っていったのに、なのに、みんなと一緒に過ごした時間はかけがえがなくて、私は、みんなの後を追いかけたくなってきちゃったよ。」
『Angel Beats!』#12「Knockin' on heaven's door」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 新しいオリジナルアニメだ…という気がした。神とか死とか非日常とか新しい解釈が行われている…気がした。ずっしりとした重量感のあるアニメだ…という気がした。歌の通り、そんな気がしただけのアニメだったwなまじっか絵も小奇麗に作り、中途半端に新しそうな雰囲気を出していただけに、本来は期待されるはずもないのに期待だけが先走った感じがする。羊頭狗肉。看板ではワクワクさせるようなものを見せておきながら、中身はオリジナリティーのない単なる軽いギャグアニメだった。流行りに飛びつきそうな視聴者を狙ってのことか、ウケの良さそうな要素を上手いこと整理して取り入れていたところも期待を高める一因になっている。ツンデレとか非日常とか学園ものとかライブシーンとかゲーム要素とかミリタリー要素とか、とにかくウケのよさそうな要素だけを継ぎ接ぎしながら、欲張りにも脉絡なく理念なく作中に取り入れていた。例によって最近のラノベやアニメが陥り勝ちな文脈や動機を排除した短絡的なシチュエーション重視の展開も見られ、パッケージングされたシナリオによる安易な娯楽性を追及する姿勢があったように思う。エンターテイメント性を求めた作品としては上々なのかもしれないが、エンターテイメントらしからぬ変に気取った設定を用いただけに期待外れの印象を与えるような作品だったのかもしれない。単なるギャグアニメとして考えれば並以上の仕上がりだった。込み入った設定の部分は蛇足だったというか、力量不足のためか扱いきれてなかった。浅はかなり。

■初期設定を覆してしまったメチャクチャな展開

「ここにいるってことは、あなた、死んだのよ。」
「は?あの…、よくわからないんだけど。」
「ここは死んだ後の世界。何もしなければ消されるわよ。」
「消される…、誰に?」
「そりゃぁ、神様でしょうね。」

 ツカミは良かった。ユリのツンデレ風味で頼りがいのあるキャラクターと合わせて、人の気を惹く要素があったと思う。けれど、ここで言っている「消される」とか「神様」っていうユリの発言が、後の展開によって実体を持たない虚妄であったことがわかるに及んで作品世界がガラガラと崩れた。めちゃくちゃなんだもんw
 最終的に「消される」ことを受け入れた状態になると、前半において、なぜ彼ら戦線のメンバーが天使に抵抗していたのか理由を失ってしまう。天使は「消す」という主体的かつ実際的な行為を行える能力を持っていなかったし、もとより「消される」という何か被害を受けるような意味合いではなくなってしまった。初めから戦う必要はなかったし、なぜ戦うのかという動機付けも結果的には曖昧なものとなってしまった。すると、この時点でユリの言っている内容は、結果としては嘘を含むものになってしまう。初期設定として事実の如くユリに語らせておきながら、それを後に覆したとなっては、もはや何でもありの設定になってしまう。後半になってから初期設定というルールを破ったことによって、すべての設定に対して信頼することができなくなった。後に設定を覆したいのであれば、ユリに断定的なニュアンスを用いて設定を語らせることは避けるべきだったように思う。

「天使の言いなりになって授業や部活を受けると、私たち人は消えちゃうの。」
「人は?まるであいつらが人じゃないみたいな言い方だな。」
「その通り。彼らはNPCよ。」
「NPC?」
「知らない?ノン・プレイヤー・キャラクター。」
「ゲームの話か?」
「たとえよ。連中はこの世界に最初からいる模範っていう意味。」

 第一に、天使が敵であるという明確な根拠を示していない。この空間が本当に死後の世界であるのかもわからない。消されるということの意味が不明なままとなる。とにかくユリの知ったような口を通して世界観が語られてしまっては、視聴者はセリフで示された内容を信じるしかない。しかし、その設定は後に覆され、信じるしかなかった受け手の側も裏切られることになる。結局は天使は明らかな敵ではなかったわけだし、消えることは避けるべき事態であるという考え方も間違っていたことになる。なんだか、最初にわざと嘘の情報を流しておいて、あとで嘘でしたと発言を撤回するような、バカにされた気分になるwユリたちが生き方に対する考え方を改めたにしても、その改めた根拠やきっかけが具体的に描かれないまま物語が進んでしまったため、単なる設定の変更にしか受け止められなかったという背景もある。なぜ「消される」から「消える」という表現に変わったのか、肝心の動機付けが描かれなかっただけに、単なる詐欺まがいの設定変更にしか見えなかった。その最も顕著な例は、ユリが天使のことを急に友達として扱うようになった瞬間だったw
 そうなると、もう何をやっても信憑性がなく、「消える」とか「転生する」とか言われても眉唾ものとして聞くしか受け止めようがなくなった。直井が催眠術を使ったことに関しても都合のいい急な設定であり、エンジェル・プレイヤーによって改変された能力でもない規格外な能力にも関わらず何も説明がなかった。ギルドで自由に物を作り出せることや、エンジェル・プレイヤーで世界のルールをコントロールすることも、あまりに自由過ぎて何でもあり状態を助長してしまっている。前半では「天使に抵抗し続ければ存在し続けることができる」と言っていたにも関わらず、別に存在し続けることに天使は無関係だった。神の存在をチラつかせておきながら、最後までその具体的な説明が与えられなかった。数々の矛盾やご都合を経て、その設定は信頼を失ったように思う。
 もはやリアリティなど感じられない。現実にフィードバックするだけの地続き感を持たなくなり、学園という現実に身近な舞台を用意しておきながらその設定は意味を持たなくなった。設定がめちゃくちゃで、何でもありの状態になって、ただのギャグだけが内容の実質を占めるように感じる。にも関わらず、小難しい神だのルールだの生き方だの青春だのと御託を並べてしまい、白けてしまっている中で盛大な空振りをしてしまったようなもんだった。すでに設定に対する信頼を失っている中で、そんな話をしても空虚さしか目立たないよ。何か言っているように聞こえるけど、何でもありな上に積み重ねた言説は、何も言っていないようにしか聞こえない。

■文脈カットのパッケージングされたシナリオ

 加えて、それぞれのキャラクターの内面描写に関しても動機付けや物語上の文脈が与えられていなかった。その場限りの感動を誘うような設定が用意されるものの、物語全体の中で脉絡を持つようなものでもなかった。それぞれの生前の悲惨な記憶だって、それを聞いたところで「だから?」っていう感じになる。ユイや日向の生前の話にしても、単発的なものであって作品全体の流れとは関係を持たなかった。前後の物語とつながりを持たないだけに、「へぇ、そうなんだぁ。」という受け止めしかできない。彼らの生前の記憶からは「悲惨だ」という記号的な意味合いしか読み取れない。最終話で天使の心臓が音無のものだったという事実の曝露が行われるけれど、それも突然の「何でもあり設定」に思えてしまって仕方なかった。

「そして、この死後の世界に残っている人たちは、みな一様に、自分の生きてきた人生を受け入れられず、神に抗っていることを知りました。」

 神に抗っていたと言うけれど、すぐに抗うことを止めちゃうじゃんw止めた理由も不明瞭なままだったし。このあと音無は「生きることの素晴らしさ」に気付いたと言うけれど、具体的にどう素晴らしいのかといった内容が曖昧なままだっただけに、口だけのセリフになってしまっていたように思う。本質的な部分として狙っていたであろう「生きることの素晴らしさ」とか「死」とか「神」とかっていう設定は不明なままで、不発に終わった。
 一方、素直に面白いと思えた部分は、ゲーム感覚で進められるギャグ展開だけだった。ギルドへの降下作戦や食券の巻上げ作戦はゲームっぽくって普通に面白かったし、各所に散りばめられたギャグも良かった。試験中に椅子が天井に向けて発射される場面はギャグ的に良かったように思う。

「あんたバッカじゃないの!?いっぺん死んでみたら??」

 初回のユリのセリフはベタで面白かった。とにかく、みなさん罵られたいんですねwこのセリフと容姿もセットで、ユリがハルヒにしか見えなくなった瞬間だった。でも、みんなハルヒみたいなキャラクター好きなんだろうねぇ。この作品って、そういうラノベとかゲームとかの流行りの要素を分析して織り込んだような部分があったと思う。文脈や動機をカットしてパッケージングされたシチュエーションを提示するのもよく使われる方法だし、ウケを狙う分には気を惹く要素はあっちこっちに見られた。そこらへんの分析はよくてきたいたと思う。ギャグ的な場面のテンポ感も良かったし、最近のラノベとかゲームが好きな人は好きになるのかもしれない。

■ポスト『涼宮ハルヒの憂鬱』には成り切れなかった

 死んでも死なないとか、場所を切り替えるときにはテロップを出すとか、あちこちに仕掛けられたトラップとか、NPCという呼び方とか、ゲーム感覚な部分は多かったように思う。つい最近の『バカとテストと召喚獣』も似たような設定を持っていたけど、あっちはギャグアニメとして割り切ってやっていただけに潔かったし面白かった。こっちは変にシリアスな内容を持ち込んだだけに、中途半端になったように思える。
 流行りやウケを考えてゲーム要素やパッケージングストーリーを持ち込むのはいいんだけど、最も鼻についたのは『涼宮ハルヒの憂鬱』の二番煎じとも言えるような内容が目立ったところだった。何をあやかろうとしているのか、使いこなせもしていないのにハルヒ的な設定を使っていたように思う。
 まず、ユリがそのまんまハルヒに見えたwあのカチューシャっぽいリボンと言い、制服と言い、強気な性格と言い、リーダーであることと言い、顔の作りと言い、最初はハルヒの二期が始まったのかとさえ思った。そう思えてしまうと、あの音無の距離を置いたような立ち位置もキョンと通じるものを感じるし、実況役になっていることも似ているように感じてしまう。天使の銀髪で無口なところだって、そのまま長門に通じるものを持つように思えてしまう。まずはキャラクターの視点から言って似ているように感じた部分が多かった。
 そして、非日常の世界へキャラクターを導いてから、改めて客観的に見て日常生活の楽しさを再発見するというシナリオの構造も一致している。最初はハルヒやキョンは日常をつまらないものと感じていたが、ハルヒが能力を使って楽しい世界を再構築しようとする段に至って、キョンは日常生活の楽しさを見つけ出した。ここでは非日常の空間になったことによって、初めて日常生活の楽しさを客観的に眺めることができたという、非日常から日常へと回帰するシナリオが用意されていた。これは神に抗って自分たちの生き方を貫こうと戦線の活動を行っていたが、次第に青春をするという模範的な学校生活の良さに気付いていくという『Angel Beat!』のシナリオ展開とピッタリ一致するように思う。まぁ、ハルヒのストーリーのほうがシンプルに上手く使いこなせていたように思うし、キョンが新しくて楽しそうな非日常の世界よりも慣れた日常の世界のほうがいいと判断した動機が明瞭に示されただけに、よっぽど良かったように感じる。こっちの場合は、なぜ抗うことよりも青春するほうがいいのかという動機付けが曖昧だったし、生きることの素晴らしさと言うだけの裏付けとなる具体的な描写が見られなかった。
 他にも、どちらもライブシーンを持つことで共通する。あるいは、『Angel Beat!』の空間は『涼宮ハルヒの憂鬱』で言うところの閉鎖空間と同じように見えてならない。

■煮詰まっていない神

 要は、設定がめちゃくちゃ、物語としても文脈や動機付けが悉く不明瞭、ハルヒに似ている部分が多くてオリジナリティーがない、しかも劣化している。ただギャグアニメとしての面白みを部分的に汲み取るしかなかった。
 では、無駄に取り上げていた「神」だの「消される」だのといったシリアスな内容はなんだったのか。

「バカにしてるの?表にこれ見よがしにプレート貼ってあったじゃない。」
「ここは学校ですからねぇ。」
「おかしな価値観をお持ちのようで。」
「いやいや、それがルールなんですよ。」
「この世界の、神の。」
「神…。存在するか否か、実に深遠なテーマです。興味深い。」

 このセリフを聞く限り、エンジェル・プレイヤーのプログラミングも世界のルールには従っていることになる。でも、そんな神の作ったルールにバグがあったっていうことでしょ?それって神って言えるのか…wしかも、エンジェル・プレイヤーを使えば神に成り代われるほどのシステムの改変が可能になるらしい。ここで言っている神は宗教的な意味のものでないのは明らかだろうし、社会システム=ルールとしての神としてもバグを含むだけ違和感があるし、ルールの設計者=プログラマーを神と言うにしては「消される」という生死や転生を扱う分だけ度を越えているように思う。確かに、何かしら超越的なルールを決めた存在のことを「神」だと言っているようだけど、その神の設定に関しても揺らぎがあるように感じられる。
 従来の作品において、アッチの世界とコッチの世界の対比を取り入れるようなものの場合、おおよそアッチの世界は魔法が使えたり悪魔や天使や神様が登場するファンタジックなものになる。けれど、この作品の場合には敢えて学園を舞台にして現実世界と鏡写しの関係になるよう仕組んだ。一件すれば現実と地続きの部分を持つだけにリアリティのある作品になるのかと思いきや、先の通り設定がめちゃくちゃだったために「ぽかーん」となってしまうだけだった。なぜこんな世界設定を用いたのか、なぜ神様を持ち出したのか、なぜ転生や不死を取り入れたのか、それぞれの設定に理念を感じない。どこかで見たような要素をぐちゃ混ぜにして固めたようなもので、作品に貫かれるはずの秩序が見えてこない。

■ユリの気付き

「人間というものは、たったの十分だって、我慢してくれないものなのよ!」

 最後の最後でユリは他者からの支配を否定した。自分がシステムの管理者になって好きな世界を構築できるチャンスを得たものの、それを否定してシステムを丸ごと破壊した。(これもハルヒと共通する。ハルヒは世界を改変する能力を持っていたし、キョンはハルヒの創造しようとした新たな世界を否定した。)この行動は個人の生き方を尊重するものであって、他人に管理されたり支配されるのを嫌ったものと思える。この時点では「消されてたまるか」という気持ちと同様に、神や天使に抗って自分たちの生き方を貫こうとする姿勢が感じられる。

「あぁ、この気持ちはなんなんだろう。どうしちゃったんだろう…。私を突き動かしていたものが、消えていく。それが消えちゃったら、ここにいられなくなる。人生はあんなにも理不尽にあんたたちの命を奪い去っていったのに、なのに、みんなと一緒に過ごした時間はかけがえがなくて、私は、みんなの後を追いかけたくなってきちゃったよ。」

 けど、その反抗の目的が達成されてしまったら、残ったものは達成感と裏返しの喪失感だけだった。ユリが感じたのは、今までの自分が反抗することだけのために行動していたのではないかという虚無感だったんじゃないのかなぁ。。反抗することばかり行っていたユリは、いざ目的を遂げたら、この後何をすればいいのか思いつかない自分に気が付いた。本当なら反抗の後に行いたい何かの目的があるはずなのに、ユリはただ反抗することを目的だと思ってしまっていたように感じる。ユリにとって天使や神に反抗することこそ青春そのものになっていた。このユリの気付きの部分は珍しく良かったように思うwただし、野球だ音楽だと部活動的なもので青春して成仏するのはいいんだけど、すでに反抗を行っていた戦線の活動そのものが青春っぽい部活動に近かったという事実は作中の大きな矛盾になってしまう。彼らの反抗は本質的なものではなかったわけだし、それは「反逆部」とでも名付けていいような部活動レベルのものだった。戦線の活動によって成仏しても、設定から言えば不思議ではなかったように感じる。
 作品の前半では人生の不条理を受け入れずに自らの生き方を貫こうとする姿勢が描かれ、後半では不条理など気にしないで青春して往生しようとする姿が見られた。その変化のきっかけは不明瞭なものの、最後にユリが活動の空虚さに気付いたことによって、少しは救いがあったように思う。ユリにとっては戦線の活動そのものが青春として機能していたわけだし、目的を遂げたことによって活動の終止符を打つこともできた。



 う~ん、総括すれば、物語としての秩序を失ってしまっていたということなのかな。ルールを無視して節操なく作品を作ってしまったがために、何をやっても説得力を持つことがなかった。剣道の試合をやっていたのに、相手が急に拳銃を使ってきたような感覚に近いwそれはそれで強いんだけど、だから何って感じ。感動的な場面を装っている部分は多かったけど、それも物語の中の文脈に裏付けを持つような設定でなかっただけに、身につまされるものとして受け止めることはできなかった。ただのギャグアニメとして気楽に見れば、それでいいのかな?w

テーマ:Angel Beats! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/06/27(日) 05:59:16|
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