土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『化物語』#15「つばさキャット其ノ伍」の感想。

「お前を助けたいと思ってるやつが、一体どれだけいると思っている。それをお前は一人残らず、拒否するのかにゃ?」
『化物語』#15「つばさキャット其ノ伍」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 もはや過去の内容は記憶の彼方に…。OVA作品だと思えば気にならないペースなんだけど、かと言って、あの止め絵主体の作風であんなに時間をかけるってのもどうなんだろう。今回の作画は羽川の泣き崩れる場面などなど今までに比べてスゲーと思わせる場面も多かっただけにそうとは言い切れない部分も多いけど、なかなか冒険をした納品のペース配分だったように思う。っていうか、えっ、中身は何も解決してないんじゃないの?w

■相手の気持ちを受け取り兼ねるアララギの資質

「確かに、お前の言う通り、僕がストレスの原因だったとして、それだけでは、お前は出てこないだろ?他にも有力なストレッサーが…。」
「違うにゃ。お前のことだけにゃ。」
「でも、お前は、羽川が家族のことで、ずっと積み重ねてきたストレスの権化なんだろ?そのお前が、たかが数ヶ月の恋愛のことで…。」

 なぜアララギは羽川の好意を素直に受け止めようとしないんだろうか。意地でも羽川がアララギのことを好きだと思っていることを認めようとしない感じ。何かにつけて理由を探して必死に否定しようとするあたり、よっぽど信じたくない気持が表れているように思う。
 このアララギの性格が、彼の本質的な部分を考えるのに重要なんだろうと思う。結局は、アララギは自分から何かをすることには躊躇いがなくとも、相手から何かをされたり思われることには慣れていない。今までも自分の身の安全を考えることなく人助けを行っていても、何かしら相手からの見返りを求めることはなかった。そういった態度から、作中でもあるように「お人好し」のレッテルが貼られることになったんだろうと思う。でも、ただ誰かれ構わず捨て身で人助けを行うというだけでなく、他人から何かをされることを避けようとする点では「お人好し」という呼び方では収まらない性質も持ち合わせているのかもしれない。荒川の河川敷に住んでいるリクとかいうアララギと同じ声の人も、他人に借りを作ることを極端に嫌っていたことを思い出すw

「たかが?十数年積み重ねてきた家族の苦しさが、数ヶ月積み募らせた恋愛の切にゃさに、劣っちゃいけにゃい理由でもあるのかにゃ!お前ひょっとして、真剣に人を好きににゃったこととか、ねぇんじゃにゃいのか?今その女と付き合っていることだって、ただ単に押し切られただけじゃにゃいの?だとしたら、さっさと別れて、ご主人と付き合ってやればいいにゃ。」

 見事にアララギの推測を否定した猫…wアララギの主体性のなさを指摘したよなものなんだけど、実は猫がアララギとご主人である羽川の仲を必死に取り持とうとしている姿勢も感じられる。もしも猫が羽川に寄生しているだけの独立した怪異であるならば、この猫の行動は不可解なものとなる。アララギが羽川の恋心を受け入れてしまったら猫の存在が消えてしまうだけに、猫が自分から進んでアララギを説得しようとしている動機がわからない。猫のやっていることは自殺と同じことじゃね?それも積極的に周到に話を進めていることからすると、どうも猫自身が羽川の本意を遂げさせようと助力しているように見えてしまう。

「でも、それはできないよ、猫。」
「あぁん?どうしてにゃ!?ここは、ご主人の恩義に報いるべきじゃにゃいのか?」
「それをやると、羽川に、恩に対して付け込ませることになってしまう。羽川にそんなことはさせられない。いや、違うなぁ、これは都合のいい言い訳だ。単純に、僕の戦場ヶ原に対する気持ちを偽ることはできない。僕はあの性格を含めて、戦場ヶ原のことが好きなんだ。生まれて初めて、真剣に人を好きになったんだよ。」
「ふぅん。そうかにゃ?」

 以前にも羽川はアララギとヒタギに近寄り難いセルフフィールドがあると言っていた。それって、アララギの場合は相手から何かをされることを避けようとする雰囲気から来るものだったのかもしれない。アララギは人助けをしても、人から助けられることを好まなかった。今回も最後になるまで助けを呼ぶことをしなかった。それに、羽川の恋心を受け取らないだけでなく、それが本当であるという事実でさえ認めようとしなかった。やはり、アララギは人助けが大好きな「お人好し」というだけでなく、何か相手からの気持ちを避けようとする傾向があるように感じられる。
 ここのセリフでも「恩に対して付け込ませる」と言うように、羽川と対等な関係であろうとするアララギの意志が出ているように思う。決して羽川を優位にも劣位にも置こうとしない。アララギが羽川から受けてきた恩に報いろうと恋心を受け入れたとしても、それは借りを返しているだけの関係であって、対等な関係にはならない。つまり、純粋に羽川のことを好きに思う気持ちを持つことができないっていうことなんだろうと思う。そして、純粋にヒタギのことが好きであることを告白した。ヒタギとの場合は星空を見に行った回からもわかるように、お互いがお互いを認め合う双方向の関係に発展していたわけだから当然だよね。アララギにとって、相手の気持ちを気兼ねなく受け入れられる初めての人物がヒタギだったんだろうと思う。逆に言えば、羽川の好意には気兼ねしてしまうってことなのかな?

「それにさぁ、猫。事情はどうあれ、お前を出したのは羽川の弱さなんだ。さっきの言葉は、お前じゃなくて、羽川が僕に言うべき言葉だった。苦しい役目をお前に押し付けたに過ぎない。羽川と同じ環境でだって、怪異に頼らず、自分一人でその環境を生き抜いているやつもいるはずさ。羽川がお前みたいなのに頼ったのは、そういう連中に対する冒涜だ。」

 おっと、アララギが反撃してきたwでもさ、言い換えれば羽川は猫に頼っているってことでしょ?羽川が言い出せない気持ちを猫が代弁してしまっているわけで、それは筋の通らないことになる。やっぱり恋の告白は本人が直接するっていうのが鉄則なんだろうねw妙にアララギってフェアでいようとするところがあるように思う。これも羽川の恋心を受け取らないようにする方便なのかとも思うけど、すでに本心は言い合っているのだから意味はないのかな。もしも羽川本人がアララギに向かって「アララギくんは戦場ヶ原さんに押し切られただけなんでしょ?だったら、私と付き合ってよ!」みたいなことを言ったら、どうするんだろうね…w今回のように断れるんだろうか。相手が猫だからこそアララギも反撃できていたけれど、もし羽川がヒタギの如く鋭く突っ込んできたらアララギも迷うように思う。
 しかしながら、このセリフの後半は話が飛んでいる。一体、いつ羽川が猫に頼っているという構図が出てきていたの?この意味で考えた場合、障り猫という怪異が羽川のストレスを起点にして表れているのではなく、羽川が正直に物を言うことのできない自分の弱い部分を障り猫に押し付けたっていうことになると思う。主語が変わる。羽川は家族との関係を上手く自分から変えることができずにストレスを溜めていた。今回はアララギに告白できずにいたからストレスを溜めていた。そのストレスを吐き出すために、猫のような怪異を呼び出して、自分の素直にやりたいことを臆面もなくやってもらうということなんだろうと思う。以前は人間とは関係がないというような文脈を猫に言わせていたにも関わらず、どうしてアララギが認識の転換を行ったのかわからない。いつの間にか…って感じ。

「お前の言うとおりに動くやつがいるか?」
「そんなやついねぇなぁ。じゃぁ…?」
(「ごめんね、今、私、いじわるなこと言ったよね。」)
「あぁ、そういうこと…。」

 羽川も吸血鬼の魅了の力によってアララギを好きになったと考えるだなんて、アララギの自惚れも過ぎる感じがするw本気で羽川の恋心を否定したいんだろうね…。よっぽど思われることに慣れていないのか、ヒタギがいる中で羽川の恋心が事実であると困るのか…。まるで自分が怪異と同等の能力を持っているかのような「魅力」の発言は自惚れもいいところだと思う。要は羽川を怪異の被害者であると考えようとしているわけで、そこに羽川の本意は存在しないと考えたいらしい。

「ここのところ、アララギくんが女の子にモテモテなのは、そういうのも関係してるのかなぁって。…ごめんね、今、私、いじわるなこと言ったよね。」
「別に…、そうでもないだろ。むしろ、納得したくらいだぜ。なるほど、魅力ね…。お前は何でも知ってるなぁ。」
「何でもは知らないわよ。何でもは…、知らないわよ。何にも、知らない。」
#13「つばさキャット其ノ參」

 アララギが回想している羽川を自転車の後ろに乗せている場面は#13にあった。ここって、実は遠まわしに告白していた場面だったんだねw気付かなかった…。要は女の子にモテモテっていうのは羽川がアララギのことを好きでいることを指していて、魅力というアララギの持っているかもしれない能力を引き合いにして自分の気持ちに気付かせるきっかけを与えようとしていたっていうことなんだろうと思う。それなのに、アララギは何も気付かずスルーしてしまい、アララギの気持ちを「何にも知らない」という自虐的な返答をしたっていうことかな。なんだか切ないなぁ。。
 猫はアララギに魅了の力がないと言っており、確かにアララギは人を意のままに動かす能力は持ち合わせていなかった。魅了の力がないことが証明されたっていうことは、羽川が言っていたことは半ば嘘が交じっていたということになる。それが解ったからこそ、アララギも「そういうこと…。」と言ったし、「切ない願望」とか「つかないはずの嘘」というテロップも流れた。ヒタギがいるアララギは羽川にとって手を出せない存在だったからこそ、募る思いをどうしようもなくなったっていう感じ。

「じゃぁ、僕は誇っていいんだな。羽川に好きになってもらえたこと。」

 ようやく認めたよw誇るのはいいけどさ、羽川の気持ちをどうやって解消するつもりなんだろうか…。羽川の気持ちが本当であることはアララギも信じたんだろうけど、結局はその気持ちを受け取ることはしなかった。封筒の中身を空けて読んだはいいけれど、そのまま切手を貼り直して送り返したみたいな感じwアララギと羽川の関係は双方向のものには発展しなかったし、アララギは羽川の本心をなかなか信じようともしなかった。よく言えば謙虚さとも考えられるんだろうけど、どうにも相手からの気持ちを受け取り兼ねるアララギの資質が表に出ているように感じられて仕方ない。セルフフィールドの話と合わせて考えても、双方向のコミュニケーションに不得手なアララギの姿が浮かび上がっているように感じられる。アララギは一方的に相手を助けることをやってきたけれど、相手から助けられることは今回もなかなか受け入れなかった。ヒタギやマヨイやスルガやナデコに手伝いをお願いしたことはしたけれど、それは頭を下げて「お願い」したに過ぎない。主体はアララギにあって、相手から発せられる言動は見当たらないことになる。相手が自発的にアララギのことを考えて、何かをしてくれているわけでもない。そこらへんの人間関係の作り方がアララギは独特なんだろうと思う。

■一方向的な人間関係から双方向の人間関係へ

「命の恩人、羽川のためなら、僕はなんだってする。」
「羽川のために、死ねるのなら…。」

 いやいや、いくら奉仕の精神を持ち合わせているとは言え、だったら死ぬ前に付き合ってやれよ!って思うw羽川がアララギのことを殺せばストレスの原因がなくなり、ブラック羽川も通常の状態に戻る。それはいいんだけど、羽川が自分の手でアララギを殺したと知ったら、余計に悲しむようにも思うんだけどなぁ。。本気で羽川を戻そうと思うのならば、合理的な解決方法はシノブの力を頼るしかない。なのに、ここではアララギは捨て身の覚悟を示すばかりで、冷静な判断を行えていないように思う。
 これは従来の話で示されてきたアララギの資質と共通する反応だった。自らの身体なんてどうでもよく、とにかく誰かに奉仕しようとする衝動があるらしいwここで死んでしまうのは、言ってしまえば、すべての責任を放棄してしまうことになる。それでも、相手への恩に報いるというタテマエを手に入れることはできるし、アララギはそこにこだわっていたのかもしれない。

「いや、ダメだ!羽川が僕を殺せば、戦場ヶ原は確実に羽川を殺す!!だから、それは、ダメだ。これは最低最悪の手段だ!!」

 そこでヒタギの顔が思い出された。もはやアララギの身体はアララギだけのものではなく、アララギが死んだらヒタギが悲しむという契約をヒタギと結んでいた。今までは独り身だっただけに一方向的な人間関係しか持つことができていなかったアララギも、ヒタギと双方向の関係を結んだことによって新たな人間関係の在り方を見出した。ここらへんはアララギの成長具合が見られて良かったと思う。っていうかさ、ヒタギが羽川を殺すっていうよりも、自分が死んだらヒタギが悲しむっていう表現にしたほうが、双方向的な人間関係を獲得できたという転機を示すには正確なんだろうけどね…。そこは、まだまだアララギが煮え切っていないという部分を描いたっていうことなんだろうか。羽川への恩義を考えるあまりに羽川を殺すことを回避するという名目を出してはいるけど、それでは以前の一方向的な人間関係における考え方のままとなる。

「お前を助けたいと思ってるやつが、一体どれだけいると思っている。それをお前は一人残らず、拒否するのかにゃ?」

 これがトドメだった。アララギは他人の気持ちを受け入れることを避けていたことは先に触れた通りだと思う。自分の主体的な判断は許していても、相手が自分から進んでアララギのこと思ってを考えることに対しては拒否していたことになる。それは双方向の関係を否定しているのと同義と言える。アララギはヒタギとの関係において、その双方向の関係性を作ることができていた。今度は他の人に対しても双方向の関係性を作ろうっていう流れなんだろうね。そして、「助けて!」と叫んだ。自ら借りを作ることを進んで言った部分は、それまでの一方向的な人間関係ばかりに拘泥していたアララギからは前進したように思う。

「私との友情よりも、私に恩返しすることのほうがずっと大事だなんて、そんな寂しいこと、言わないでよ。アララギくん、きちんと、しなさい。」

 このセリフも、そんなアララギの成長前と後を指摘するようなものだと思う。羽川への恩義で動くアララギは一方向的な関係性によるものだったけれど、友情とは双方向のものになる。従来の資質からは羽川とは御恩と奉公の如き関係だったようなもので、そんな無機質な関係性を羽川は寂しいことだと言った。でもさ、本当にアララギは羽川との双方向的な友情の関係を作ることができたと言えるのかな?アララギの成長は描かれているように思うけど、結局は羽川の気持ちに対するアララギの返答は行われていないように思う。アララギの成長に関しては筋書きが見えてスッキリする部分もあるんだけど、とりわけ羽川との関係が変わったのかと言われれば、あまり具体的な描写が行われなかったように思えてモヤモヤした部分も残された。

■羽川の自作自演としての障り猫

 つまるところ、この作品の言っていた「怪異」がなんだったのかわからなかった。猫は人間とは超然とした関係に怪異があると言っていたけれど、結局は人間が存在しないと怪異も存在しないような描写が行われていた。しかも、人間の精神的な部分が怪異として立ち現われているだけで、怪異ちおう現象が独立して起こっているわけでさえもなかったように思う。単に人間の弱みや妬みといった精神的な「裏」の部分を怪異の現象として「名付け」ただけであって、怪異そのものを現象の前提とすることはできない。
 今回について言えば、猫が自分の存在が消されるにも関わらず、羽川の恋心を遂げさせようと積極的に行動していたことが特徴的な事例だと思う。それこそ、不自然な文脈ながらアララギが「羽川がお前みたいなのに頼った」と言うように、羽川が自分では言い出せないことを障り猫という人格によって臆面もなく言うことができたということになる。ストレスが原因で障り猫が出るというけれど、その実はストレスを発散させるための合理的な方法として、障り猫という現象を借りて好き放題してしまえるというものだったように思う。本来的に障り猫という怪異が存在していて、それが羽川に取り憑いたわけではない。ただ本心を抑えてばかりの羽川が暴走している状態を「障り猫」と呼んだに過ぎない。極めつけは、猫も、わざわざ影のできる場所にアララギを移動させてから襲い、アララギが助けを呼ぶように誘導し、最後にはシノブを登場させて自らの存在を消した。要は、言いたい放題に羽川の思いを告げ、その答えも仮に受け取り、言いたいことを言えないというストレスが解消され、元の姿に戻るきっかけを作りたかったというだけじゃんw

「だからよぉ、慣れたつもりににゃってるんじゃねぇって言ったろ?人間なんかと和気あいあいとするほど、俺は落ちぶれちゃいにゃいんだよ。」

 こんなこと言っているけど、これは嘘としか思えない。羽川の気持ちを伝えてあげた猫の心意気は和気あいあいとしたものだったし、自ら舞台から退場しようとする行為には慣れ合いの関係すら見えてしまう。もはや、穿って見てしまえば、すべては羽川の自作自演だったと見ても差し支えないほどの脉絡を持っている。羽川が障り猫を演じ、自分の思いを他人の口を借りているかのような体裁を取ることで好き放題に言い、事が済んだら自ら障り猫を殺すためにシノブの登場を導き、最後には無事にいつもの羽川に戻ってアララギの前に姿を現した。自作自演と言っても過言ではないほどの流れと言える。もしも障り猫に自立した自己保存本能があるならば、自ら存在を消すような行動を取ることは不可解でならない。人間に関係なく存在しているのであれば、羽川の気持ちなど歯牙にもかけない。
 作中では怪異が独立してアプリオリに存在しているかのような説明がなされているけれど、実際に描かれている部分から考えると、怪異は人間の精神性に依存した特異な現象を名付けたものとしか受け止められない。ヒタギの蟹はヒタギの母親に対する鬱屈した思いが具象化したものとして考えられるし、マヨイの蝸牛はアララギの家に帰りたくないという思いから具現化された怪異だと言えるし、スルガの猿は本人の抑圧された思いを遂げるために現出した怪異だろうし、ナデコは本人由来の怪異じゃないから微妙だけど、羽川は先に言った通り。考えてみれば、羽川の怪異とスルガの怪異って構造的には同じだよねwホンネを表に出せないから、裏の部分を怪異に担ってもらうっていう感じ。これも二度ネタだったのか…。とにかく、どれを取っても怪異が人間の精神性に由来するものとしか考えられない。今回の障り猫だって、怪異というよりも、羽川の本心を上手く伝えるための手段として考えたほうが筋が通るように思う。最後にアララギの「シノブ」という名前の呼びかけによって、シノブが現れたことも、精神性に由来することを如実に示す例だと考えられる。アララギの呼びかけ=認識=名付けによってシノブは具象化して実体を得ることができた。



 う~ん、なんだか中途半端な感じがするなぁ。第一、アララギが成長しきったのかどうか不明なままだという気がする。双方向へと発展させようとする筋書きの狙いは見えるんだけど、具体的な描写が狙いに追い付いていない感じ。もっと成長後のアララギを特徴づけるような言動を入れて欲しかった。あれだけ時間かけたのに、脚本の面で煮え切っていない部分があるように思う。ああいう精神的な現象を怪異として名付けるのはいいけれど、一方向的な人間関係から双方向的な人間関係へと発展させるドラマを描いたのはいいけれど、そういった狙いばかりが先行してしまって具体的な中身の部分が言葉足らずになったように思う。っていうか、怪異の名付けっていうと、夢枕獏『陰陽師』を思い出す。何か影響関係があるんだろうか。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/06/28(月) 00:01:00|
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