土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『RDG レッドデータガール』#03「はじめてのお使い」の感想。

「本当はわたし、ここにいるわたしを、誰かにわかって欲しいと思っていたのかな。だから、和宮くんが寄ってきた。見られることが怖いのは、傷付けられるのが怖いから。見られることが恥ずかしいのは、自分で自分を否定しているから。わたしは、これほど冴えない鈴原泉水子ではなく、他のものになりたい。」
『RDG レッドデータガール』#03「はじめてのお使い」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 これにて原作の第一巻が終了って感じかな。このペースだと駆け足で行けば1クールで全巻走破だろうけど、2クールやったりするのかな。どちらにせよ、なんだか原作の持ち味が損なわれて、プロットを追いかけるだけになりそうで少し不安もある。そして、和宮くんは影が濃かったw

■シュレーディンガーの猫的な熊野の泉水子

「本当はわたし、ここにいるわたしを、誰かにわかって欲しいと思っていたのかな。だから、和宮くんが寄ってきた。見られることが怖いのは、傷付けられるのが怖いから。見られることが恥ずかしいのは、自分で自分を否定しているから。わたしは、これほど冴えない鈴原泉水子ではなく、他のものになりたい。」
『RDG レッドデータガール』#03「はじめてのお使い」より

 泉水子にとって、相楽深行は外に連れ出そうとする存在であり、和宮さとるは内に引き込む存在だった。その二人を対置させたうえで、どちらに進むかを泉水子が決めた感じだったのかな。泉水子が外に出ようと最終判断をした理由は#02「はじめての手のひら」で描かれたように、相楽が手を引っ張ってくれて安心したから。なのか?あまりにも表現が短絡的だった気もする。

「それなら、わたしは姫神じゃないのだから、何もできないと言って、もう私にあたることはしないと思っていいのね?」
『RDG レッドデータガール』#03「はじめてのお使い」より

 当初、相楽深行は泉水子を否定する存在だった。それが変化したのは、東京に行った際に姫神を見たことや、父親が何をしているのかがなんとなくわかったことや、転校してもいいと言われたからなんじゃないだろうか。だから、別に泉水子を認めたかと言うわけではない気がする。泉水子もそれはわかっているんだろうけど、相楽深行のもやもやの矛先が自分から逸れたことを、自分を優しく見てくれているっていうのと勘違いしているような…。まぁ、恋とか言うものは勘違いから始まっていいのか。。

「あんなに穢れきった場所に行ってはいけなかったんだ。旅行へ行く前とは、まるで違ってしまっている。」
「わたしが?」
「君はここを出て行かないよね?東京へ行こうなんて、思っていないよね。」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「鈴原さん、この前、相良くんは嫌いだと言ったよね。」
「言ったけど、でも…。」
「心変わりしたんだ。君を変えさせたのがアイツなら、アイツを排除しなければならない。」
『RDG レッドデータガール』#03「はじめてのお使い」より

 和宮さとるは泉水子の外に出たくないっていう気持ちが顕現したようなものだろうから、当然、相楽深行を排除しようとする。相楽と和宮の対立軸が、そのまま泉水子が東京に出るか熊野に残るかといった判断の構図と符号して、わかりやすい感じだった。

「僕は古くからこの山にいたものだ。ところを定めずに漂っていたのが、鈴原さんの願いが元に、寄り集まって生まれたんだよ。」
「私の願い?」
「友達が欲しかったんでしょ?わかってもらえる友達が。違うとは言わせないよ。こうして僕を作り上げたのだから。そして、勝手にもういらないとも言わせない。」
『RDG レッドデータガール』#03「はじめてのお使い」より

「和宮さとるを解いてもらいに来たんだ。もう必要じゃなくなったなら。」
『RDG レッドデータガール』#03「はじめてのお使い」より

 和宮さとるは泉水子の願いによって顕現した神霊だった。そして、その願いの実体化した存在を「和宮さとる」と呼ぶことで、現象として縛っていた。これは夢枕獏『陰陽師』で言うところの「呪(しゅ)」と同じ着想だろうし、たとえば『千と千尋の神隠し』で主人公の千尋が名前を湯婆婆に奪われたことにもつながったり、『ゲド戦記』(原作のほう)の「真の名」の発想とも淵源を辿れば同じものだったり、あちこちで使われている考え方だと思う。要は「名」によって認識されることで、そこに現象として立ち現れるっていうこと。和宮さとるについても、単なる泉水子の願いという実体を持たないはずの存在だったのが「和宮さとる」と名付けられることによって、はじめて現象として認識されるに至る。
 そして、それは泉水子にも同様のことが言える。泉水子は当初は熊野に引き籠る「見られることが怖い」と思ってしまう女の子だった。それは外の人間からは認識されないからこそ、怖がらずに安定して存在していられた。そこに相良深行という、まるっきり外の人間が割り込んでくる。彼に「見られる」ことによって、はじめて泉水子は外の人間によって認識された。泉水子は相楽深行に観察されることによって、外界に通うことを可能とする実体を獲得する。泉水子は相楽深行と出会うことによって、熊野を出る泉水子という可能性を手に入れた。そして、泉水子も東京に行く判断をした。

■ストーリーの犠牲になるキャラクター

「来た来た、泉水子!体調はもういいの?」
「うん。」
「あのさ、大事な話があるの。」
「実は和宮のことなんだぁ。」
「和宮くん?」
「あいつ、目立たないから、ついつい忘れて平気になってるけど、それじゃぁ、いけなかったんだよねぇ。」
「はい。」
「このお土産、泉水子が代表して渡してあげてよ。」
「一番に和宮を気遣ったのは、泉水子なんだから。」
「大丈夫!ライバルはどこにもいないから。」
「っわ、わたし、そんなつもりじゃ…。」
「勇気を出して、渡してごらんよ。あいつが一緒に来られなくて、残念だと思っていたのは本当なんでしょ?」
『RDG レッドデータガール』#03「はじめてのお使い」より

 なんていうか、味気ない。どんどんストーリーを進めないと尺が足りなくなるのはわかるんだけど、あまりにもプロットを追いかけるに終始している感じがする。もっと原作は乙女ちっくというか、女の子のきゃぴきゃぴした恋話を楽しむような雰囲気があるんだけど…。これじゃぁ、ただ泉水子を和宮さとるにけしかけるだけの役割りに落ち着いちゃってるじゃないか。
 初回からどことなく味気ない感じだった原因はこれなのかもしれない。無駄を省き過ぎているというか、ストーリーを進める一方でキャラクターの掘り下げが浅くなっている。もうちょっと余裕を持たせて、寄り道できるくらいの内容があればいいんだけど。泉水子の物語を追いかけるだけの一本調子になっている気がする。



 あの泉水子の舞いは3Dを下敷きにしてたのかな…。開く花々も3Dっぽかったかも。今後の展開の中で『西の善き魔女』でも見られた「女の園のひそひそ感」みたいなものが出てくるといいなぁ。このままじゃ、単なる学園異能力モノで終わってしまう…。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2013/03/31(日) 04:40:03|
  2. RDG レッドデータガール
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