土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

アニメ制作の職制がおかしなことに…

 最近のエンディングクレジットを見ていると、おかしなことが起こっているような気がしてくる。総作画監督が5人いたり、作画監督が10人もいたり、動画や仕上げで括られる職種にもそれぞれ本当は2種類あったり、制作進行にも動画管理とか仕上げ管理が出てきたり、なんだか職制に変化の兆しが見られるような感じがする。ここらでひとつ、アニメ制作の職制についてまとめておきたいと思います。




 要するに、クレジットで表示されている内容と実際の仕事の内容が違うっていうのが問題なわけで、それをどう適正化するのか、しないのか、それが問題なのです。アニメ制作の工程がセルからデジタルに移行したのはいいけれど、クレジットの職制がいまだにセル時代を踏襲したままになっているのがまずい。今まではなんとなく両者が乖離することもなかったから良かったけれど、制作期間の圧縮を一因とした制作工程の変化に伴って、職制も変更する必要が出てきているように感じる。かつて「仕上げ」と呼ばれていた工程は「デジタルペイント」になったし、それをチェックする作業も「セル検査」と呼ぶにはどこか古めかしい。それはまだしも、デジタル化に伴って「動仕」と呼ばれる新たなセクションが登場したのに、クレジットが対応していない。別に細かいことなんてどうでもいいんだけど、どこかで心機一転しないと!

■総作画監督制度

 基本的に総作画監督は作品につき1人、作画監督は話数につき1人が本来のあるべき姿だろう。昔は総作画監督という話数を超えて作画を修正する役職がなかったために、各話の作画監督によって作画の持ち味が異なり、むしろそれを楽しむ風もあった。ところが、その作画の異なる風合いを作画崩壊と指摘されることがあったり、あるいは作品全体のクオリティーを上げようとしたり、そのために、いつしか総作画監督が置かれることになったらしい。したがって、総作画監督とは話数を超えて作画を統一することが本来の仕事であるため、必然的に1人であることが望ましい。また、作業の都合上、基本的にはキャラクターデザインと兼務されることが多い。
 ところが、ここ最近は総作監が1人ではないことが多い。2人で担当して偶数話と奇数話を分担するような態勢ならまだ理解できる。それが5人もいた日には意味がわからない。作画の統一が仕事のはずなのに、5人もいたら統一どころではなくなってしまう。あまりにも不思議な現象と言える。
 このような事態がなぜ起きるかというと、それはスケジュールの巻き上げを目的としているに他ならない。どの作品も当初は総作画監督も1人や2人を基本形とするものの、話数も進んで後半に入ると前話数の作業が後ろ倒しになってスケジュールがなくなってくる。しかしながら、たとえ日数はなくても、ある程度のクオリティーは保たなければならない。そこで取られる手段が総作画監督の追加投入ということになる。人手を増やすことで作業量を増やそうという狙いなのだ。たとえば、総作画監督の1人が1日に60カットを消化するとして、それを3人に増やせば2日あれば1話数分は処理できることになる。1人のままであれば6日ないしは7日ほどかかったところ、工期が大幅に短縮される。それなりに腕のある人物を宛てるだけに、作画の統一からは離れてもクオリティーの維持は果たせる。
 つまり、総作画監督が数多くクレジットされる話数はスケジュールがない状況で作られていることが明らかであり、各話間での作画の統一よりも場当たり的な作画クオリティーの向上を優先したものと考えていい。おおよそ、そのようなスケジュールの場合には二原撒きが大量に出ているため、とんでもない二原を見られるレベルの原画に修正する作業が必須となる。もはや、総作画監督の本来的な仕事は棚上げにされてしまい、スケジュール短縮のために犠牲となった原画の尻拭いに徹することを仕事とするほかなくなる。それもまた、納期を抱える商用アニメの宿命でもある。
 ということで、いっそのこと総作画監督ではなく原画監修とかにクレジットを切り替えたほうが正直な気もする。ただし、制作の初期段階ではスケジュール悪化など想定の外にあるため、そんなことをするはずがない。そこで、折り合いをつけるべく、総作画監督を追加する場合には総作画監督補佐とすることが多い。考えてみれば、作画を統一する役職なのに補佐を付けてしまったら、本来の仕事の意味がなくなってしまうのだ。かくして、矛盾を抱えつつ総作画監督制度は続く。

■第一原画と第二原画

 原画のクレジットは目に見えない部分での問題が多い。
 そもそも、原画は絵コンテを元にしてレイアウトと背景原図とセル素材を作ることを仕事とする。場合によっては、レイアウトのみを専門に描く役職があったり、背景原図を他の人の手で行う場合もある。その作業のうち、レイアウトと背景原図とキャラクターアタリを成立させるものを第一原画と呼び、セル素材(キャラクター)を動画工程にまわせるように成立させるのが第二原画となる。基本的には同一人物が担当すべきものとされる。工程が二段階に分かれるのは、その間で各監督のチェックを受けるためで、通常であれば演出と作画監督のチェックを受けて第二原画作業へと入る。また、現状では第一原画において、キャラクターアタリだけではなく、ラフ原画までの成立を要求することがほとんどだと思われる。ラフ原画とはアタリだけではなく、おおよそのラフな原画を第一原画の段階で成立させるものだ。中には、ほぼクリンナップに近い内容を要求する事例もあり、これもまたスケジュールや作品の方針によって異なってくる。
 ここでも問題になるのがスケジュールとクオリティーのバランス感覚だ。なによりも原画は各カットの映像の設計図であるため、クリエイティビティーが最も発揮される役職のひとつでもある。そのため、チェック期間も含めて一番時間がかかる。スケジュールのあるうちは許容できる遅れであっても、次第に余裕がなくなり悠長に作業を行っていられなくなってしまう。
 そこでスケジュール短縮の方法がいくつか取られる。まずは第一原画と第二原画を別人に担当させる。本来は同一人が担当してこそ意味のあるものではあるが、背に腹はかえられない。設計図の根幹となる第一原画は本来の人にお願いして、そこに作画監督の修正をのせたうえで、各所手の空いている人に第二原画の作業をお願いすることになる。たとえば、1人の原画担当者が30カットを分担するとして、そのうち第二原画を15人に分担すれば、あっという間に作業が終わる。本来の原画担当者とは綿密な打ち合わせを行ったうえで作業を進めるが、第二原画を他の人に任せる場合は時間の都合により打ち合わせが省略されることがほどんどとなる。そのため、クオリティーの低下や作業ミスの多発は否めない。このような状況が頻発するからこそ、第一原画の段階でラフ原画やクリンナップに近い内容を要求することにもつながってくる。そうして、第二原画に別の担当者を見繕う場合には作画監督がきっちりと修正を入れなければならず、したがって、作画監督の作業効率が低下し、なかなかチェックが進まなくなる。そうすると、スケジュールが圧迫され、結果的に第二原画を別の人に任せなければならない状況が出てしまうという悪循環に陥る。
 そもそも、第一原画と第二原画は役職名ではなく工程の名前だった。それがいつしか、スケジュールを巻き上げるために第二原画を別人に任せる状況が常習化し、そのために役職名かのごとく扱われるようになった。もちろん、原画見習いとして第二原画を担当することもある。しかし、現状においてはスケジュール巻き上げの手法として第二原画という役職が設けられる場合がほとんどだろう。さらには、「大ラフ」と呼ばれる工程や、「0原」や「1.5原」と呼ばれる工程でさえ、場合によっては存在することもある。どれもスケジュール回復のためである。

■動画協力と仕上げ協力

 このクレジットはJ.C.STAFFが用いている役職名である。他の会社はこのような表記を用いていない。しかし、実のところ、作業工程としてはどこの会社も同じものを用いており、ただ単にJ.C.STAFFだけが半ば正直な表記を用いているだけとも見られる。つまり、ここで「動画協力」「仕上げ協力」と表記されるものは「動仕」と呼ばれる通常の「動画」「仕上げ」とは別ラインの作業を実体とする。
 まず、「動画」とは各監督のチェックを通過した原画素材をクリンナップしつつ、中割りを作画する作業を指す。設計図である原画は動きの要所となる部分しか作画されないが、そこにタイムシートの指示に従って必要な枚数だけ中割りの絵を追加していく。このとき、原画の指示通りに丁寧に絵を割れるかどうかが動画の腕の見せ所でもあり、動く映像のクオリティーそのものに直結する。この作業が完了して、動画の監督である動画検査のチェックを経て、次の「仕上げ」の工程へと進む。
 かつての「仕上げ」といえば、まさしく「セル」に「筆」で「色を塗る」作業のことを指していた。これがデジタル化に伴い、パソコンの前でペンタブレットを操作する作業へと変わった。動画素材のスキャンや二値化やゴミ取りという作業は新しく発生したものの、画材を乾燥させる時間はなくなり、データ化されたことにより簡単に持ち運べるようにもなった。そのため、仕上げの作業を各地で分担しやすくなった。これもあって、主に韓国と中国における海外での仕上げ作業が本格的に始まる。
 そして、動画をスキャンする作業の便宜を図るためにも、現在では「動仕」と呼ばれる作業工程が存在する。これは作業内容こそ「動画」「仕上げ」と同一ではあるものの、工程としてはまったくの別物と考えてもいい。スケジュールがいい場合やクオリティーを維持したい場合には「動画」「仕上げ」を国内の然るべき担当者に委託するが、スケジュールがなくなると「動仕」工程として海外へと各カットが送られる。
 動仕のメリットは何と言っても短期間で大量の作業が終わることだろう。国内作業に比べて、作業の馬力は格段に上と言わざるを得ない。まさしく人海戦術と呼ぶべきもので、大量の人員を擁して大量の作業を瞬く間に終わらせてしまう。ただし、本来は1人で担当すべきカットを複数人で分担するだけに、やはりクオリティーは否応なく下がってしまう。その一方で、国内の場合は基本的にクオリティー重視のために1人が1カットを担当するため、動画作業にそれなりの時間がかかってしまう。
 J.C.STAFFが「動画協力」や「仕上げ協力」とクレジットする作業工程は「動仕」を指す。実は、他の会社も「動仕」を多用しているのだが、そのまま「動画」と「仕上げ」にクレジットする。見分けるポイントとしては、同一の会社名が両方にまたがって入る場合には、ほとんどがこの「動仕」だろう。これもまたスケジュールに関わる問題ではあるが、そろそろ正直に「動仕」という名称でクレジットしてもいいのではないだろうか。作業内容は同じではあるが、その手法は大きく異なる。



 尤も、スケジュール巻き上げのために支離滅裂な手法が取られた場合、多くはクレジットに表記されない場合が多い。それを見る人が見れば、状況が露見してしまい恥ずかしいからだろう。むしろ、正直に役職名を書くほうが珍しいかもしれない。ここに挙げた以外にも、「原動仕の電送」という究極的な手段があったり、原画担当のレイアウトの下敷きとして3Dのガイドを用いたり、現状の職制からは逸脱した工程がひそやかに存在している。イレギュラーな場合はともかく、3Dの職制は早く決めたほうがいいような気もする。

  1. 2013/03/31(日) 23:59:35|
  2. アニメ時評
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

<%template_post\comment>


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://lizardofsuturn.blog40.fc2.com/tb.php/371-0ef49a6b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。