土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」の感想。

「卑怯者っ!!」
「大人には褒め言葉だ。手段や美学に拘るのは子どものカッコつけだ。汚い手段を使っても目的を実現するのが大人というものだ。これは戦争だ!!あらゆる卑怯も不正義も、勝利が塗りつぶす。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。




 サキがショーコからの呼び出しを告げる携帯を隠したり、ショーコの視界の外でエルエルフが銃口をショーコに向けていたり、やっぱり魂の宿った表現が多い。サキにしてもエルエルフにしてもアキラにしても、感情の動きに沿って物語が構築されて進展する感じがいい。あくまで設定やらパロディーというのは形式や道具であって、そこで何を表現するかを問題としなければならない。それこそ『翠星のガルガンティア』との決定的な違いだろうと思う。

■自他の境界

 今回はショーコとサキとアキラの三人について、他人との関わり方の違いが浮き彫りとなった話だったと思う。ショーコの人付き合いの方法は誰もが憧れるような眩しいものだけど、その明るさがアキラを焼き尽くすこともある。サキは誰からも認められるようなアイドルではあるけど、その空虚さに気付いている本人は一対一の関係性へと心を向かわせる。多くの他人の中で自分をどのように位置づけるのか、あるいは、どのように自分から他人に接して行くべきなのか、そんな問題が三人の性格も相俟って対照的に描かれていた回だった。

「わたし、ずっと一人だった。家族も友達も、誰もわたしを選ばなかったから。」
「選ばれてるじゃないか。人気アイドルで、映画の主役もやって…。」
「選ばれたかった、たった一人でいいから。一人ぼっちから二人ぼっちになれれば、それで良かったのに…。」
「流木野さん、それって…。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

「貧乏、暴力、アルコール、犯罪、ほんっと、毒みたいな親だった。親から逃げるには、あの最低な世界から逃げ出すためには、有名になるしかなかったの。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#06「サキ・カムバック」より

「自分の存在を世界に刻みつけないと、消えてしまうから…。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#06「サキ・カムバック」より

 サキが劇中劇と重ねてはぐらかすから、どこまで本心と受け止めればいいのかわからない。けど、#06「サキ・カムバック」での発言から推測するならば、世界=他人に自分というものを認めさせることを目的としているように見える。ただし、その世界=他人というのが、不特定多数を相手にしているのか、それとも特定の個人を指しているのか、そこんところが曖昧な感じもする。一番わからないのは、当初は「みんなに認められたい」だったのが、いつのまにか「彼に認められたい」になってきているところ。やっぱりラノベと同様に具体的な部分は描かずに、視聴者の想像に委ねてしまう手法の延長と見るべきなんだろうか。確かに最初から「一人ぼっち」とか「二人ぼっち」というキーワードは言っていたし、ヴァンパイアという特別な存在になれたことがサキにとっては意味の大きいものだったこともわかる。でも、それがどうしてハルトに収束するのかは話が見えてこない。

「謝らせてなんて、やらないんだから…。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

 前回でサキがハルトの強姦を受け入れたように、サキはハルトとの揺るぎない関係性を構築することに執心しているように思える。他の誰からも否定され得ない「夫婦になる」という半ば絶対的な関係性へと行き着くことにより、ハルトという他人に自分を認めさせることができる。だからこそ、強姦をも受け入れ、謝罪させずに事実を認めさせ、ショーコからの連絡を妨害した。それがサキにとっての「自分の存在を世界に刻みつけ」る行為なんだろうと考えられる。
 だけど、やっぱり腑に落ちないのは、どうしてハルト一人なのかっていうとこ。別にハルトはイコール世界じゃないでしょ。ツイッターの無責任な観客を揶揄する表現を多用していることから推測すれば、もしかしたら、アイドルとして大衆から認められたところで空虚さしか感じることができず、ハルトという具体的な個人に自分を刻み付けるほうが、よっぽど実感が強く湧くということなのかもしれない。それだけ顔の見えない不特定多数の他人は個人にとって意味がなく、目の前にいる具体的な個人のほうが重いということなんだろうか。にしては、あまりにも描写が省略され過ぎていて、よくわからない。それに、ハルトである必要性はない。

「寂しいんだよ、一人ぼっちは…。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

 サキは「みんな」に選ばれているにも関わらず、自分を一人ぼっちだと言う。唯一無二の二人ぼっちになるためには、世界に類を見ないヴァンパイアになり、たった一人の仲間であるハルトとセックスをし、結婚をし、子どもを産み、ヴァルヴレイヴを操縦する、なんていうことが必要だと考えたんだろうか。どんどん引き籠る方向にサキが向かっているように感じられる。
 その一方で、ショーコも同様に「みんな」に選ばれて総理大臣となるものの、そこに彼女が不満を持っているようには見えない。しかも、ショーコはハルトとの相思相愛の関係であることは明白でもある。そうなんだけど、ショーコの場合には多くの人と相思相愛なのであって、ハルトに限定されたものではない。その点、サキとは対照的なところ。
 さらに、複雑にもアキラがそこに入ってくる。アキラもショーコの人格に触れて相思相愛の関係になっていたんだけど、ショーコを介して不特定多数の他者と接触しそうになった途端、その関係性をアキラは拒絶してしまった。
 他者との関係性の中で自分をどのように位置付けるべきなのか、ショーコとサキとアキラの三者三様のあり方が提示されたものと思う。

■事態に流されるハルトとショーコ

 なんだかんだ言って、結局のところ、ハルトもショーコも主体的な判断をすることなく状況に流されている感じがする。カッコ良さそうなお題目を述べはするんだけど、実際の行動が伴わない。言葉ばかりが上滑りして、なかなか具体性が出てこない。この点はライトノベルの主人公像と共有されるものでもある。俺がお前たちを助けなきゃとか決意しながら、実際には助けられちゃうパターン。決意したことが大切なんだという現状維持かつ安易な肯定を促すものであって、決して実際的な成長とか行動を伴うものではない。前回の神社におけるハルトとショーコの会話もそんな感じだった。

「今度はわたしの番だ…。」
「今度?」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

 ハルトが身体を張って守ってくれたから、今度は自分が政治の場でみんなを守る番なんだっていうことだろうと思う。一見すると、事態を見守るお客の立場から、主体的に行動することを決意した場面なのかと思った。

「わたし、この戦争に巻き込まれるまで知らなかった。安全に暮らせるって、すごく幸せなことなんだなって。その平和はタダじゃなくて、誰かが守ってくれてたものなんじゃないかって。だから、今度はわたしが…!」
「国家の最大の使命は、国民の安全を守ること。ドルシアもそう考えた。ゆえに、強大な軍事力を保持する。」
「それは…。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

 おうおう、お客気分からの脱却じゃないか!と少し感動する。ずいぶんなお題目を言ってくれるなっていう感じ。ただし、すぐさまエルエルフがショーコの妄想を否定する。ショーコが口だけの人間みたいな上滑り感たっぷりになってくる。

「卑怯者っ!!」
「大人には褒め言葉だ。手段や美学に拘るのは子どものカッコつけだ。汚い手段を使っても目的を実現するのが大人というものだ。これは戦争だ!!あらゆる卑怯も不正義も、勝利が塗りつぶす。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

 本当に誰かを守ろうと決意して思考して行動したならば、手段なんて選んでいられる余裕があるはずない。単なる「勝てば官軍」の論理を言っているだけに見えるかもしれないけど、その文脈だけで読むのは少し足りないように思う。このセリフの重点は「子どものカッコつけ」にあって、それは決意することではなく行動に意義を求める発想の提示だと受け止めるべきなんじゃないだろうか。これはライトノベルの主人公たちに向けられたアンチテーゼでもあり、かなりキツイ皮肉だろうと思う。つまりは、碇シンジなんてクソ喰らえであって、グダグダと四の五の言ってないで、自分の身体を動かせということじゃないのかな。

「どうする…?どうすればいい。作戦、ヴァルヴレイヴ、戦争、学校、お父さん…。考えろ、考えろわたし!」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

 まるで、すごく悩んでいる風に見える。実際にそうなんだろうけど、考えている場合じゃない。自分の選択を後で肯定できるだけの理屈を導き出そうとしているんだけど、それこそ「子どものカッコつけ」でしかない。そして、結局は判断することもないまま、状況が勝手に進んでハラキリブレードが発動してしまう。あれだけ息巻いていたショーコだったのに、彼女自身の意味を何も発揮しないまま、事態が収束を迎えてしまった。もはやライトノベル的主人公の縮図でしかない。その背後でショーコに銃口を向けているエルエルフという構図こそ、本作の真骨頂なんだと思う。極め付けのラノベ主人公的展開が、ハルトのサキに対する結婚の申し込みだった。強姦しちゃったから、仕方なく責任取って結婚ですね。主体性の欠片もない。

■大人と子どものせめぎ合い

「卑怯者っ!!」
「大人には褒め言葉だ。手段や美学に拘るのは子どものカッコつけだ。汚い手段を使っても目的を実現するのが大人というものだ。これは戦争だ!!あらゆる卑怯も不正義も、勝利が塗りつぶす。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

「土になって新しい芽を出させるのも大人の仕事だ。」
『革命機ヴァルヴレイヴ』#11「軍事法廷54号」より

 これこそアニメの真髄とも言える。『機動戦士ガンダム』然り、『新世紀エヴァンゲリオン』然り、『魔法少女まどか☆マギカ』然り、『ガールズ&パンツァー』然り、どれを取っても、子どもが如何に既存の大人社会に立ち向かうかという発想が根底に流れている。既に構築されている大人社会の価値体系を漫然と受け入れるのではなく、そこに適応しつつも自分の立ち位置をどのように確立するのかが問題となる。サブカルチャーたる所以でもあり、非社会や反社会の発想と親和性が高い。
 ただし、ここでもラノベ臭が強い。大人の論理が展開される一方で、彼ら子どもの論理が見えてこない。大人を打ち破るだけの強い意志も感じられず、なんとなく状況に流され、グズっているだけの子どもという感じがしてしまう。彼らハルトとショーコという主人公をどのように受け止めればいいのかは、最終回まで行かないとなんとも言えない気がする。



 すっかり瀬戸さんに残念ヒロインなイメージが付いてしまったw月で暗殺されないことを祈るばかり。だんだん鬱展開も増えてきたことだし、自分の父親を恋人に殺させてしまった気持ちをどうするのか、すごくゾクゾクする感じで楽しみ。ラノベ万歳な文化の内部破壊工作が着実に進められる。それにしても、ヴァルヴレイヴのカラーリングはなんとかならなかったのか…。さすがに戦隊モノみたいな五色ってのも、いいんだけど、ちょっとギリギリでカッコ悪くないかなってくらいのライン。

テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2013/06/23(日) 05:17:34|
  2. 革命機 ヴァルヴレイヴ
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