土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『KITE』シリーズの感想。

「人の死は日常だよ…。」
『A KITE』#01より

『KITE』シリーズとしましたが、具体的には『A KITE』と『KITE LIBARATOR』の二作品を指します。

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


----------------------------------------------------------------------

 なんだろう、ずいぶん生々しいアニメでした。というのは、殺人や性行為の描写がやけに強調されていました。それに、現実に存在する牛乳パック(「おいしい牛乳」⇒うまい牛乳)やら書店(ジュンク堂)やらビール(ヱビス)やら、作中に実在するものを登場させる点では特徴的だったと思います。それだけ、現実との近似性を打ち出しながら「人の死」とか「性行為」を身近なものとして強調することで、いわゆる「リアル」を表現しようとしたのかな?でも、主人公たちは明らかに「リアル」を無視した「異能者」の部類に入るものだし、その点では「虚構」を脱することができないから「リアル」を表現しようとしても無理な気もするけど。そう考えると、やけに強調される殺人や性行為には「作られたリアル」しか感じられないし、確かに殺人や性行為は現実においても身近に起こりうることだろうけど、それを先鋭化して取り上げたものとしか考えられません。畢竟、単なる「殺人の描写が生々しいアニメ」に落ち着くのかな?人物の設定や行動についても矛盾や不完全な部分を感じないわけではないし、人の「欲望」とか「憎悪」とかを描こうとしているようには思えるけど今一つ物足りない。

『A KITE』
 ちなみに、「カイト」と読みます。タイトルでカタカナ表記が浮かび上がるので確か。
 殺人能力と性奴隷としての資質を養われた主人公の砂羽(さわ・女)の話です。彼女は赤井に殺人と性奉仕について仕込まれたわけですが、実は砂羽の両親を殺したのが赤井。設定としては、已む無く赤井のもとで生活を送るものの、いつしか復讐を遂げようと虎視眈々とタイミングを計っているといった感じです。でも、なぜ仇である赤井のもとに落ち着いてるのか解らないwそれが人間の複雑な心情なんだ!と言えばそうなんでしょうけど、なんていうか、彼女は赤井の気持ちもよく理解しているらしく、仕事のパートナーとして最高のパフォーマンスを見せていたように思えます。また、決定的な点として砂羽が赤井に対して嫌悪感を示す場面が最後までなかった。大事なピアスを赤井が回収しなかった際に口論になりますけど、それは特に明らかな原因もあるし一過性のものと思います。結果的には赤井のことをよく理解していたからこそ、復讐を貫徹することができたわけですけど、ちょっと消化不良。
 それに、同じ境遇にある音分利(おぶり・男)と恋愛関係になるようですが、その過程も描かれずにいつのまにやら意思疎通。暗殺稼業をやっている者同士、そこらへんはシビアに警戒するのが筋なんじゃないかなぁと思うんだけど、何の障害もなく相思相愛になってました。そこらへんの人物関係が曖昧だったり大雑把だから、受け手としては推測の域を出ない。
 最後も音分利が他の人間に殺されてしまい、それを知らずに砂羽が音分利を待っている場面で終わるんですけど、おそらく砂羽は同じ人間に殺されている。つまり、最後の場面も受け手の判断に委ねてしまっています。確かに解釈の揺らぎを持たせることは一つの方法なんだろうけど、それにしても投げっぱなしな気がする…。セリフも細切れで、ある種、制作サイドの「こうだったらいいのにな」っていう反応を砂羽に求めてるようにも思います。無条件の「音分利に対する信頼」と「赤井に対する憎悪」を砂羽が持っている時点で、不信感が…。
 その反面、やたらとアクションシーンにこだわってますw人が殺される瞬間の肉の破片が飛び散る様子とか、爆発の際の建物の壊れ具合とか、銃弾が当たったときのナイフや石ころの破片の飛び散り具合とか、そこらへんは斬新な感じもしました。でも、実際には無理だろwって場面もいくつか。かなり「オーバーアクション」な感じです。上空から落下した車とバスがお団子になって地下鉄の階層まで地面を突き破って、それでも生き残る砂羽wガンアクションとしては『攻殻機動隊』にも引けをとらないんじゃないのかな?よくわからないけどw映像表現の方法としては見るところが多かったと思います。

『KITE LIBERATOR』
 こっちの主人公は関西弁を話すドジッ娘メガネキャラで暗殺が得意な百南花(もなか)ちゃんです。ちなみに、今回はアクションも少なめで性描写もありません。冒頭は超きれいな宇宙の描写。CGに凝ってます!!これだけリアルな宇宙を描いたアニメは他にないんじゃないのかな?まぁ、実際の映像を取り込んでるのかもしれないけど。他の宇宙アニメはリアルを追い求めるというよりも、虚構という設定を意識しているから、そこまでリアルな宇宙の映像描写を求めないんだと思う。やっぱり、その点では現実との地続きな感じを出したいっていう意図が感じられますよね。。。
 今回もオレンジジュースのパックが「DOLE」だったり、フジテレビ本社が出たり、やたらと現実味を出してます。けど、やっぱりw百南花ちゃんは「異能者」だし、ゴーレムみたいな強化人間が出てくるし…。前回は確かに殺人やら性行為やら身近なものをひきつけたものでしたけど、今回の設定は無いんじゃないのかな(^_^;)前作のように「リアル」を追い求めたものとは思えない。絵がきれいだったってのと、百南花の存在を萌え萌えに描いたってだけな気がする。
 しかも、ラストは怒った!!さすがに投げ出しすぎ!!一番大事なところをスルー。肩透かし。作品として未完成。続編が出るならわかるけど、出なかったらヒドイww実は、百南花に依頼された殺人の対象が、宇宙から帰還した強化人間ゴーレムのお父さんという設定なんです。戦っているうちに、お互いにお互いのことを察知して…、そこで終わり。なんだよ!!w

 まぁ、考えるべきは、なぜ高校生くらいの女の子が拳銃ぶっ放して人並みはずれた能力を発揮しているのかってとこでしょう。なんで男じゃダメなのか。他の作品でも、同じような設定はよく見かけます。「アニメ」ではしばしば見られる手法。前にも指摘したように、「天才プログラマー」も小さい女の子であることが多いですし、他にも『喰霊-零-』や『BLOOD+』でも刀を振り回しているのは女子高生だし、『彩雲国物語』では徹底して「社会的に強い」女の子を描こうとしているし、同じような例はたくさなります。考えてみれば、「強い女の子」が描かれる反面、「弱い男の子」もたくさん描かれてきた。…、この手の話は面倒に思っちゃう。。。誰かジェンダー論を専攻している人がいたら、考えてみて!wたぶん楽しい論考になると思うwたぶん作品としての方法論だけじゃなくって、社会的な背景も強く影響してるんだろうなぁ。
  1. 2009/06/06(土) 02:06:09|
  2. KITE
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

<%template_post\comment>


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://lizardofsuturn.blog40.fc2.com/tb.php/45-87bbe2a3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。