土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『涼宮ハルヒの憂鬱』の感想。

「自称、宇宙人に造られた人造人間。自称、時をかける少女。自称、少年エスパー戦隊?それぞれに、自称が取れる証拠を律儀にも俺に見せ付けてくれた。三者三様の理由で、三人は涼宮ハルヒを中心に活動しているようだ。百光年譲ってそれはいいことにしてみても、さっぱり分からないことがある。なぜ俺なのだ。宇宙人、未来人、エスパー少年がハルヒのまわりをウヨウヨするのは、小泉曰く、ハルヒがそう望んだからだと言う。では、俺は?なんだって俺は、こんなけったいな事に巻き込まれているんだ…。俺は100%純正の、謎の力など何もない、普遍的な男子高校生だぞ。これは誰の書いたシナリオなんだ…。お前か?ハルヒ…。なぁんてね、知ったこっちゃねぇや。なぜ俺が悩まなくてはならんのだ。すべての原因はハルヒにあるらしい。だとしたら、悩まなくてはならないのは俺ではなくハルヒの方だろう。長門も古泉も朝比奈さんも、本人に直接話してやればいいのだ。その結果がどうなろうと、それはハルヒの責任であって、俺には無関係だ。せいぜい走り回ればいいのさ!俺以外の人間がな!」
『涼宮ハルヒの憂鬱』#14「涼宮ハルヒの憂鬱?」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 別に新しいハルヒが始まったわけじゃなかったんですね(^_^;)ちょっと早とちり。ちょうどいいタイミングで「笹の葉ラプソディ」を見てしまったので、てっきり新作が始まっていたのかと思いました。しっかり見ていないので、細かい部分が変わっていることがあるのかもしれませんが、とりあえず、今回は以前に放送されていたハルヒについての感想を今更ながら。

 つまるところ、この作品は「ハレ」と「ケ」の対比という常套手段を用いて、無気力で主体性のない男子高校生に日常の大切さを気付かせるという構造に尽きます。主人公は「キョン」であって、「涼宮ハルヒ」ではないんです。
 この物語は平凡で無気力な「キョン」が高校に入学し、世界を自分の好きなように変質させることができる「涼宮ハルヒ」に出会うところから始まります。ただし、彼女は自身にそんな力が備わっていることには無自覚です。常に「面白いこと」がないかと探し回っており、容姿端麗ながら奇人としてまわりから遠巻きに見られているようで、自己紹介においても「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません!この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私のところに来なさい!以上!!」なんて、突飛なことを堂々と言ってしまう人間なんです。キョンは日和見主義というか、ほとんど積極的に動こうとしない人間であり、確かに世の中つまらないと思っているとは言え、特にそのままでも構わないとさえ思っている無気力男子高校生です。その一方で、ハルヒは積極的に面白いことを探し、たとえ他人から白い目で見られようとも物ともしない、そんな女子高生です。この二人が出会い、ハルヒによって強引に「SOS団」という団体を作ってしまいます。
 まぁ、ハルヒはその特殊能力から、無自覚ながらSOS団に宇宙人と未来人と超能力者を集めてしまうんですけど、でも、世の中のつまらなさから来る憂鬱は止まない。一方、キョンはハルヒと関わるようになってからと言うもの、時間移動をしたり、閉鎖空間に行ったり、宇宙人同士の戦いに巻き込まれたり、「面白い」体験を色々とするわけです。それでも、キョンは面倒なことに巻き込まれたくない!と、そんな出来事から逃れようとします。そして、ついにハルヒと一緒に異空間に迷い込み、自分達を中心として世界がハルヒの好きなように改変されることになります。その段になって、ようやくキョンは今まで日ごろ付き合ってきた友達とのやり取りや、何気ない日常の大切さに気付くことになります。その場面を以下に引用します。

「なんなんだろう、ホント。この変な世界も、あの巨人も!」
「もとの世界へ帰りたいと思わないか?一生こんなところにいるわけにもいかないだろう。腹が減っても、メシ食う場所なんかなさそうだし。」
「不思議なんだけど、なんとかなりそうな気がするのよ!どうしてだろう…、いまちょっと楽しいな!」
「SOS団はどうするんだ。お前が作った団体だろ?ほったらかしかよ!?」
「いいのよ、もう。だってほら、私自身がとっても面白そうな体験をしてるんだし、もう不思議なことを探す必要もないわ!」
「俺は戻りたい…。こんな状態におかれて発見したよ。俺はなんだかんだ言って、今までの暮らしが結構好きだったんだなぁ。アホの谷口や国木田も、小泉や長門や朝比奈さんも、そこに、消えちまった朝倉を含めてもいい。」
「何言ってんの?」
「俺は連中ともう一度会いたい。まだ話すことがいっぱい残っている気がするんだ!」
「会えるわよ、きっと!この世界だって、いつまでも闇に包まれているわけじゃない。明日になったら、太陽だって昇ってくるわよ!私にはわかるの!!」
「そうじゃない。この世界のことじゃないんだ。元の世界の、あいつらに俺は会いたいんだよ!」
「意味わかんない…。あんただって、つまんない世界にウンザリしてたんじゃないの!?もっと面白いことが起きて欲しいって思ってたんじゃないの??」

 ホントに、骨組みだけ抜き出しちゃえばこんな感じwだけど、今の若者が抱いている世の中に対する非当事者意識や無気力感なんかを巧みに取り上げて、それを「ハレ=非日常」と「ケ=日常」の対比構造を用いながら描出した点は面白かったと思います。まぁ、キョンに独特の語り口調や、ストーリーよりも「眼鏡キャラ」「巨乳天然キャラ」などといった「キャラクター」に重きを置いている点や、主人公が何もしなくとも周囲から何らかの働きかけがあって物語が進行する点など、なんだか引きこもりの人間が好みそうな要素は多くありますけど(^_^;)
 でも、本当ならハルヒとキョンが閉鎖空間から戻ってきた段階で、ハルヒの能力がなくなって終わりになるのが綺麗だったと思うんですよねぇ。。。だって、ハルヒは閉鎖空間でのキョンとのやり取りによって、もとの世界のほうが好ましいと判断した。だからこそ、無事に改変されることなくキョンも元の世界に戻れたと思うんです。それはハルヒがキョンとの恋愛関係を少なからず肯定した結果であり、次の日にポニーテールにしてきたことがそれを象徴しています。その点、キョンの視点からしてみても、自ら積極的にハルヒとの関係を見つめて、一歩踏み出してキスしたことが大事だったんだと思います。世の中の「面白い」ことが向こうからやって来るのを待つではなく、無気力を否定して自らの主体性によって世の中を面白くすることができるという認識を始めて二人は持ったのではないでしょうか。そう考えると、ハルヒはすでに目的を達成したわけで、無自覚ながら所有していた能力も不必要になります。だから、物語としては能力を失って幕を閉じるのがいいんじゃないのかな?相変わらず続いているし、後続の作品は当初のハルヒからだいぶ趣旨や世界観が変わってる気もするんですけどw

テーマ:涼宮ハルヒの憂鬱 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/16(火) 02:39:09|
  2. 涼宮ハルヒの憂鬱
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

No title

長くてよめねー
こんにちは
ハルヒの特徴は主人公とヒロインにおける隠喩的なダブルツンデレにあると思います
未来から来た人の存在意義ほとんど無いのが受けるよね
アニメ始まったときに先にラノベのほう読んだ俺の意見としても憂鬱以外はオマケですよね
キャラ布陣と物語構成としては一巻で完結しててその後出た奴はは二次創作みたいなもんですよ 消失は面白かった。いい二次創作だった(二次創作じゃねえけど
一巻で完結した物語だと考えると脇役三匹のなんかぴんとこない特殊能力っぷりもハルヒの夢の世界でキスしろ!という助言を与えるためだけのものだったと考えればちょうどいいバランスです
フィクションから抜けて出来たような人たちがハルヒの作った非現実世界のなかで「チュー!そこでチュー!」って後押しするだけの小説だと考えればなかなかよく出来た作品です
  1. 2009/06/18(木) 23:46:21 |
  2. URL |
  3. いっしーいしはら #T5cQRYBo
  4. [ 編集 ]

Re: No title

コメントありがとうございます。

> ハルヒの特徴は主人公とヒロインにおける隠喩的なダブルツンデレにあると思います

 自分としては、「ツンデレ」そのものが「無気力」を正当化する機能を持っていると思っています。
 本来的に、「少年A」から主体的に行動を起こすことを是とするならば、「少女B」から何かしてもらうことは受動的なものになるので理念に反する。けれど、「ツンデレ」の場合は「少女B」は「やりたくない」と口では言いつつ「少年A」に対して「何かしてあげる」っていう点がミソで、体面としては「少年A」の「受動性」を表面に出さないまま、「少年A」に「何かしてあげる」ことになります。すると、「少年A」は社会的に批判の対象となる「無気力」な状態であったとしても、それを表面に出さず咎めだてされないような状況で「何かしてもらえる」ことになります。いわば、「恥じらいもなく他者に甘えられるシステム」が「ツンデレ」って発想なんじゃないかな?
 ハルヒでは、キョンと互いに「ツンデレ」と呼ばれる性質を持ってるんでしょうけど、それが最終話で克服されるところにジュブナイル的な要素があるんだと思います。

> 未来から来た人の存在意義ほとんど無いのが受けるよね
> アニメ始まったときに先にラノベのほう読んだ俺の意見としても憂鬱以外はオマケですよね
> キャラ布陣と物語構成としては一巻で完結しててその後出た奴はは二次創作みたいなもんですよ 消失は面白かった。いい二次創作だった(二次創作じゃねえけど

 本当にその通り!w消失は確かによかった。なんか、ラノベのハルヒが新刊遅れてましたけど、もう出たのかな?はじめの設定のまま続けちゃったもんだから、ここに来て無理が出てるんだと思いますw

> 一巻で完結した物語だと考えると脇役三匹のなんかぴんとこない特殊能力っぷりもハルヒの夢の世界でキスしろ!という助言を与えるためだけのものだったと考えればちょうどいいバランスです
> フィクションから抜けて出来たような人たちがハルヒの作った非現実世界のなかで「チュー!そこでチュー!」って後押しするだけの小説だと考えればなかなかよく出来た作品です

 きっと、あの脇役三匹は今までのアニメなんかで培われてきた「キャラクター」を集約したものなんだと思います。キョンが「憂鬱Ⅰ」で「宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力者や悪の組織や、それらと戦うアニメ的特撮的漫画的ヒーローたちが、この世に存在しないのだということに気付いたのは相当後になってからだった。」って言っているように、その存在を暗示しています。ちょうど、土日の朝方にやってるようなアニメを意識してたんじゃないのかな?長門は宇宙人という性質だけじゃなくって魔法使いっていう性質も併せ持っているし、小泉は超能力者であると同時に「エスパー戦隊」なんて言われるように「戦隊モノ」を匂わせているし、朝比奈は…未来人ってだけ?wとにかく、そういったキャラクターを記号的に用いただけのことかと。まぁ、キスさせるきっかけを与えるためだけって言っちゃうと極論のような気もするけど、パロディーな感じで気軽に発想したラノベらしいキャラ設定だと思いますw
  1. 2009/06/20(土) 00:36:33 |
  2. URL |
  3. 土星蜥蜴 #-
  4. [ 編集 ]

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