土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『機動戦士ガンダム』#26~#43の感想。

「なぜ、なぜなの?なぜあなたはこうも戦えるの?あなたには、守るべき人も、守るべきものもないというのに…。」
「守るべきものがない?」
「私には見える…。あなたの中には家族も故郷もないというのに…。」
「だっ、だからっ、どうだっていうんだ!!」
『機動戦士ガンダム』#41「光る宇宙」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 まぁ、見ていれば絵には慣れるもんですね(^_^;)正直なところ、いろいろとアニメを見た上で改めて見ると、Firstガンダムもそこまで面白いとは感じませんでした。特に、反戦的な部分や個人のエゴや倫理観など、少し押し付けがましい内容もあったし。なんだか、『∀ガンダム』と比べちゃうと、物語としてはどうしても劣ってるように感じちゃいますよね。。。でも、今のアニメの原点だって思える部分はたくさんあって、その点では興味深かった。やっぱり画期的なアニメだったんですね☆

■反戦的な内容

 う~ん、反戦…だったのかな?戦争が生み出す一次被害も二次被害も、いろいろと描かれていましたけど、本当に反戦を強く打ち出すことを意識して作られたのか疑問に思う部分もあります。
 一番気になるのは、戦争することや目の前の相手と戦うことが当たり前に思われているところなんですよ。だって、誰も戦争することに対して根本的な疑問を持ってないじゃん。人を殺すことに躊躇してないし。むしろ、アムロが自分の手で銃を使って目の前の生身の相手を殺すときには、殺さなきゃ生きられないんだっていう「割り切り」が、まるで心の成長でもあるかのように描かれていたし。確かに、戦争のシビアな状況を伝える意味ではリアルさもあるし、そこから反戦的な内容を受け止めることも人によって可能とさせるんだろうけど。。。
 そういう根本的で難しい部分はあまり描かれてなかったんじゃないのかな?戦争をやらなければならない状況であって、アムロという少年主人公がそこに投げ込まれる。単にそれだけだったんじゃないのかな?そもそも「反戦」ってキーワードも受け手が勝手に持ち出してるわけですけど、「核」だとか「ソーラーレイシステム」といった大量破壊兵器を持ち出すし、マチルダさんの死も戦争の残酷さを演出しているから、どうしてもそう読み取りたくなるんですよ。他にも、明らかにザビ家のジオン公国を経営する発想は優性論だし、いかにも第二次世界大戦を想起させます。それに、アムロが「前に出るからっ!!」なんて言って相手を殺すことも、通常ならば否定されるべき殺人に対して自分を正当化するひとつの論理ですから。それに関しては、ララァとのやり取りでもこんなものがありました。

「守るべきものがなく、戦ってはいけないのか!?」
「それは、不自然なのよ…。」
「では、ララァはなんだ。」
「私は、救ってくれた人のために戦っているわ。」
「たった…、それだけのために?」
「それは、人の生きるための真理よ。」

 冒頭に掲げたセリフも合わせて、実はアムロにとって戦う動機がなんだったのかは分からないんです。。。何を守るわけでもなく、ただ単に自分の居場所をガンダムという機体に求めただけ。でも、最後にはララァの言葉もあって、ホワイトベースの仲間を守ることによって、そこを自分のホームとして大切にしようとする姿勢も見られました。そうやって考えてみると、結局はアムロも自己を正当化して自分の居場所を守るために戦争に参加していたって感じに見えちゃうんです。なんかガッツリと生存本能むき出しにして生きたって感じですよね。そんな無条件に相手を殺せちゃう部分が、今から考えれば少し違和感がある。葛藤がないんです。味方と敵ってのが始めから明瞭に区切られていたし。
 要は、「戦争」の有様を「叙事的」に描いたって見方が穏当なところなのかな?第二次世界大戦なんかをひとつのモデルとして世界観を構築し、それを「宇宙」という虚構空間を利用して非現実のものとして再構成し、アムロ・レイという少年主人公をそこに投げ込んだ。さらには、アムロを含む登場人物たちの掛け合いや人物関係をはっきりと演出するために、わざわざ子供とお兄さんお姉さんだけが乗組員であるホワイトベースを設定し、その限られた空間でどういう人間模様が描かれるのかっていのを試してみた。根本的な問題である人を殺すことへの躊躇や戦争の原因なんかについては取り上げないんですよね。。。それは前代からの引継ぎ事項なのかな?やっぱり、敵は無条件に絶対的な敵であるほうが楽チンですからw

■個人の登場

 そして、最も特徴的だと思ったのが、「エゴ」の存在。『∀ガンダム』でもそれは顕著に見られた部分なので、逆襲のシャアと合わせて三つしかガンダムを知らない身としては「ガンダム=エゴ」っていう印象を持ちましたwだって、みんな身勝手過ぎでしょww一人一人が癖のある個性を持っていて、それがどうにか反応し合って「ホワイトベース」っていう社会を作り上げている感じ。キャラがすごく立っていて、だからこそ作品として成り立つんだろうけど。あんまり登場しない端役にまでも、何か奥ゆかしい設定を感じさせるところが良かった。あのハヤトがアムロの才能に嫉妬していたところなんかは、後半になって明らかになるので意外でしたwしかも、なんだか突然そんな描写が入るから、びっくり。カイも一度だけホワイトベースを降りたときがありましたけど、それも彼なりの葛藤が描かれていてよかった。たぶん、この場面が『機動戦艦ナデシコ』で主人公のテンカワ・アキトがナデシコを降りる場面の原点になるんでしょうね。なんだか、歴史を感じさせます(^_^;)こうやって、時代ごとに描かれ方が更新されていくんだなって感じられて、面白い。とにかく、こんな端役にまで人物背景やシナリオを用意するあたり、ひとつのガンダムらしさを感じさせます。

■物語の作り方が継ぎ足し的

 『∀ガンダム』は首尾一貫して完成された物語と思わせるような構成でしたけど、このガンダムは継ぎ足し的な感じがした。それぞれの話が単独でも成立している部分が多いし、布石がほとんどなくって、思わせぶりな表現がないんです。さっきのハヤトやカイの話も、どの時点で出しても構わないような内容だったし、単なるボトルショーというわけではなくって、一話ごとに完結してもよさそうな感じ。キャラと世界観を隅々まで徹底的に構築しているからできることなんでしょうけど、ある目的地や結末を想定して作られているというよりは、出発点とキャラと世界観だけ決めて、あとは自然に任せる感じなのかな?そういう意味で、首尾一貫した物語とは思えなかった。だから、布石もないんだろうし。今から考えれば、43話で終わってることからして不自然だし、制作の環境がまるっきり違ってたんでしょうね。

 ま、とにかく、これでガンダムの原点はいちおう見たわけです。ようやく他の宇宙アニメの元になった要素を見ることができたし、ちょっと安心。でも、まだ『宇宙戦艦ヤマト』は見てないんですよ。。。まだまだアニメ見まくりますw
 次は何を見よう。。。『電脳コイル』やら『コードギアス反逆のルルーシュ』やら『カイバ』やら『十二国記』やら『地球少女アルジュナ』やら『攻殻機動隊』やら『BLACK LAGOON』やら、見たことのあるものを見直して感想を付けたいってのもあるし。かと言って、『BLOOD+』や『SoltyRei -ソルティ・レイ-』や『ジャイアントロボ』や『Darker than BLACK 黒の契約者』なんかも見てみたいし。それに、書きかけの「作られた人間考」も完成させたいし…。やることはいっぱいwwまぁ、気の向くままにやりますけど(^_^;)
 たぶん、次は『うる星やつら ビューティフル・ドリーマー』になると思います。

テーマ:機動戦士ガンダムシリーズ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/30(火) 18:29:36|
  2. 機動戦士ガンダム
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