土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『東京マグニチュード8.0』#01「お台場、沈む」の感想。

「もうやだ!いろいろ面倒臭いし…。いっそのこと、こんな世界、壊れちゃえばいいのに!!」
『東京マグニチュード8.0』#01「お台場、沈む」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 なに、この不愉快アニメ…w初回から生々しく社会批判的内容を前面に押し出すってのは、なかなか勇気のいる展開だと思うけど。。。いったい、どんな視聴者を想定してやってるんだろう?それにしても、内容的に無気力感とか社会の閉塞感とか、先の『東のエデン』と共通する空気を感じました。これって、フジの考えてることなのかな?基本的に主人公の女の子の視点から、社会の実情を「リアル」に描いてるようですけど、ずいぶんフィルターがかかってるようにも…(^_^;)

■冒頭のテロップとニュース

 滝川クリステルの声だぁ!!ww地震をレポートする声が彼女のものでした。びっくりしたw
 それはさておき、冒頭に不要なテロップが…。正確な文言は忘れましたが、「リアリティを追求している内容ではあるが、実際とは異なる部分もある」とか、「膨大なデータを収集して、検証を行った…」とか。アニメって、基本的にフィクションですから、こんな細かいテロップ流すことないのに。。。それか、ドキュメンタリーチックなアニメを目指してるの?それは革新的だ!!でも、あの主人公の鬱な心理描写は確実にフィクション的アニメ表現なんだけど…w災害への注意喚起を促すことを目的とした、「災害想定アニメ」なんて位置付けなら、あそこまで主観的な描写は一切不要なんだろうし、わざわざアニメでやる必要があんまり感じられないし。。。よくわかりません。
 そんな目的が明確に伝わらないテロップを冒頭に見た時点で、このアニメの行く末を暗示しているような…w方向性を明確に打ち出して、煮詰まった上での物語の展開を期待するしかないですね。。
 それに、わざわざ「実際とは異なる部分がある」って冒頭で示したことは、クレーム対策も兼ねている気がする…。リアリティを追求しているってテロップを出したことで、「リアルじゃない」ってクレームを想定してるのかな?それこそ、現代社会の行き詰まった感じを象徴しているようで、このアニメの「らしさ」を出している気もするけどwそんなクレームを考え始めたら、某『さよ○ら○○先生』なんかは大変なことになるでしょww
 このアニメの考えてる「リアル」ってなんなんだろう。。。単なる「現実世界で起こるもので、誰しもが共通の認識を持ちうる物理的現象」としか捉えてないように思える。心理描写にリアルさを追い求めてるようには決して思えなかったし。このアニメの「リアル」って、具体的に言えば「地震」とそれに関わる「災害」での現象だよね?そもそも、「リアル」は「虚実皮膜」って言われるように、虚構の中にも存在するもんだし、むしろ「虚構」でこそ表現される「リアル」だって存在すると思う。
 たとえば、人を殺すにしても、本当に写実的に殺した場面を描いても、そこに「リアリティー」を感じることはないんだと思う。それは実際の現象を映像化して表現した場合には、必ずしも現象のすべてを表現することはできないわけで、人間の感じ取ることのできるすべての情報を文字や絵で表現することは困難を極める。それよりも、極端に言えば、人を殺した場面を描くことなく、殺人者の意識に焦点をあてたり、大切な人を殺された人物の憎悪を徹底的に描いたりしたほうが、よっぽど「殺人」に対する印象をリアルに描くことができると思う。でも、そういった場合には虚構性が含まれるようになってくるんだけど、それは難しいところ。
 ファンタジーやSFの世界だって、そこで展開される人間関係や心理的動向は現実世界にフィードバックできるものだし、そういった設定だからこそ演出できる特殊な感動だって存在するはずだし、今までのアニメは積極的にそういった「リアル」を体現してきたんだと思う。リアリティってのは現実の世界で起こることに決して限定されるものじゃないと思う。表現の方法としても、「リアル」ってのは「現実に起こる現象を…」って考えちゃうと、とたんにリアリティを失いかねない。なんだか、そう考えると、このアニメの「リアル」ってズレてる気がするんだよね。。。

■主人公のキャラ設定

 「別に…」とか「普通…」とか、やたら日ごろの生活に無気力であることを強調してましたけど、そのくせ周囲に対する不満とか多いし。。もしジュブナイル的に、この後の災害での経験を通して成長させる気なら、こんな初期設定もありなんだろうけど、それにしても粗雑な表現に思える。設定を剥き身で出しちゃぁダメでしょw「携帯星人」だなんて弟にからかわれるほど、四六時中携帯をいじってるし。学校の友達はカナダとかに旅行するとかいって、どんだけ格差社会をあからさまに表現してるんだよって感じだし。なんだか、アニメ製作の会議の議事録をそのまま見せ付けられてるような印象すらある…w
 それに、あの表情は何?なんか作画が崩r…w仕様なんだろうけど、「リアル」じゃないよねwwわざわざ断った理由はここにあったりして。。。

■子供⇔大人の対比

 妙に強調されていた設定と言えば、子供と大人の対比。そして、その中間に位置する存在として主人公がいるって感じ。要は、大いなる観察者・傍観者であり、それを主観的な視点から捉えているみたい。だから、「子供扱いしないでよね!」とか、「まだまだ子供ね…」とか、「子供のくせに…」とか、「大人って…」とか、そいういうセリフが目立った。まぁ、物語の語り部としては都合のいい位置になるんだろうし、それを主人公の一人称の視点から語るわけだから、表現の方法としては常套手段になるのかな。。。でも、大きく「子供」と「大人」って括ってるあたりからして、すでに終わってるwそんな単純に括れるものじゃないし、稚拙で短絡的な設定にしか思えない…。

■終末アニメ

 なんだか最近のアニメでは東京を破壊することが流行っているらしいww『シャングリ・ラ』では東京がジャングルになってるし、『東のエデン』でも東京にミサイルが何発か打ち込まれてたし、「現代日本はもう終わりだぁ~」って叫んでるようなアニメがちょっと増えてるようにも思えます。随分前…、といっても1990年代の終わり頃ですけど、その頃もこんなアニメが多かった。たとえば、『ガサラキ』なんかは典型的だし、『パトレイバーthe movie2』もそうだったし、社会的なアニメとしては『無限のリヴァイアス』もそうだし、『地球少女アルジュナ』もそういった側面は含まれていた。まぁ、後ろの二つは微妙に括れない部分があるけど。。そういった昔のアニメに比べると、特に『東のエデン』と『東京マグニチュード8.0』は現実に近すぎるんじゃないのかな?なんか違和感ありまくり。



 とりあえず、キープです。今週分は単に前置きみたいな部分だったので、次回からこのアニメの本性が出てくるのでは?なんて、思いながら、また来週~☆

テーマ:東京マグニチュード8.0 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/07/10(金) 02:37:55|
  2. 東京マグニチュード8.0
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