土星蜥蜴の「筆のすさび」

日々雑感。 アニメ文化に関する気ままな評論・感想を書き連ねます。

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『化物語』#05「まよいマイマイ其ノ參」の感想。

「先ほどからの口ぶりからすると、アララギさんはあまりご両親のことを好いていないような印象を受けますが。」
「あぁ、そうじゃないよ。ただな、ぅん。僕ってさ。中学まではすっげー、いい子だったんだよ。意味もなく親に反抗したりもしなかったしな。育ててくれることに、感謝してたんだ。」
「ほほぅ、ご立派です。」
「けど、高校で勉強についていけなくなっちゃってさ。すると、今までいい子だった分、反動が来てさぁ。言葉にならない気まずさみたいなものがあってな…。そんなことだから、僕は、いつまでたっても大人になれないんだってさ。いつまでも大人になれない、子供のままだぁ、そうだ。」
「子供ですか。では、私と同じです。」
「お前と一緒ってわけじゃないと思うけどなぁ。身体ばっかでっかくなって、中身がそれについていってないって意味だろうから。」
『化物語』#05「まよいマイマイ其ノ參」より

以下、ネタバレが多分に含まれますので、ご了承の上でお進みください。


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 いやぁ、いい最終回だったwっていうか、この作品の本気を見たような…。う~ん、なかなかの秀作でした☆表向きはしっかりと今までどおりのギャグっぽさを残しつつ、その陰影のように本質的な心情の吐露が行われてて、絶妙な感じだった。それに、端的に言えば「ニート」って呼ばれるような現象をうまく切り取って、それをアララギくんを中心にして語らせた感じ。社会にコミットできない人間の悩みと、その救いとして美徳に価値を求められるようなことが示されていて、この作品を作った側のメッセージがよくよく表現されていたように…思う。。。wシャフトって、たまには本気出すんですねww

■「今らしさ」の表現

 要するに、アララギくんは学校の「成績」という序列化を生みやすい統一的な価値基準によって劣位に置かれたわけです。もし、そういった価値基準に対して従順な姿勢を示すことを「大人」だとするならば、彼は「反動」を起こしたために基準外の存在、つまり「子供」として規定されるわけです。子供っていろんな価値体系から逸脱した純粋無垢でアウトローな存在ですからね。だから、そんな非社会的な存在を一人前の「人間」にするために学校という場所があるわけです。でも、そこで示される基準に満たない場合には、一人前の「人間=大人」として扱われないわけです。したがって、そう考えればアララギくんは「子供のまま」ってことになりますね。 
 これを敷衍して考えれば、「ニート」も同じ仕組みになるんだと思います。ニートは学校ではなく大人社会の示す価値基準に対応できない人々なわけですから、それを逸脱した人間は一人前でもなく「ニート」と呼ばれるわけです。正確な定義は別にあるんでしょうけど、実際にある現象を素直に捉えれば単に働いたり学んだりする意欲もなく何もしていない人間のことだけを言うものじゃないと思うんです。仕事に就いていても働くことに意義を見出していない人はたくさんいると思いますし、単に社会にコミットできないだけで社会に関わろうとする意欲のある人はいるんだろうと思うし。明確にニートと非ニートを区別するんじゃなくって、ニート的な「要素」は多少の差はあっても多くの社会人にも内包されているものなんじゃないのかな?どうもニートを好意的に捉えてしまうせいか、隱逸なんてものと同一視してしまいそうに…w大隱・中隱・小隱みたいに、大ニート・中ニート・小ニートみたいな発想ってありなんじゃないかな?ww
 とにかく、そんなニート的社会被疎外者としてのアララギくんを物語に配置したってことです。それも、学校という社会からの疎外と、家という社会からの疎外の二つを同時に抱えながら。そんな流れを受けて、マヨイという怪異に出会ったわけです。マヨイを招いたのはアララギくん本人。いや、怪異の本質ってこんな感じですよね。。やっぱり実際の現象としての怪異というより、精神的な作用の表象としての怪異っていい感じですw
 そして、その怪異を解決するために、アララギくんはマヨイと決別することじゃなくってマヨイを助ける道を選んだんですよね。そして、それを評価するヒタギ。社会的な価値体系からしてみれば逸脱した存在であるアララギくんに対して、「誰でも助ける」という一種の自己犠牲的倫理観に価値を認めたってことです。これは、ヒタギが新たにアララギの評価者=社会としてかかわりを持ったってことで、それは畢竟、恋愛関係に結びつきますよね。一般的な社会が認めないところについて価値を保障して存在意義を提供してくれるのが恋愛の相手であり、それは最小単位の社会と言うこともできると思います。社会から疎外されたアララギくんには、ヒタギという救いが現れたことになります。
 そんな現代社会の様相を切り取ったような内容を盛り込んだところに、今回の話のポイントがあるんじゃないのかな?その時代の「今らしさ」ってのを出していくのも、作品の大切な役割なんだと思います。

■主人公のキャラクターと取り巻き

 でも、そんなアララギくんを取り巻く環境ってのは異常に思う。これも「今らしさ」って言えばそうなんだけど。なんていうか、ハーレム状態?最近のアニメって、みんなこんな感じ。主人公の男はあんまり主体的に動かないんだけど、まわりの女からいろいろと働きかけがあって、それで満足しちゃうような感じ。ツンデレってキャラ属性がそもそもそんな設定を求めた結果ですよねwシンジとか、キョンとかが典型例になるのかもしれないけど。ちょっと問題だと思うんだよね~。しまいには、「男をほとんど出さないアニメ」って流れができつつあるようにも見える…。要は、主人公の男にとってのハーレムを演出するんじゃなくって、テレビの前の視聴者にとってハーレムに思えるようなシステムを演出しようってこと。いいんだろうか…。

■はっきり物を言うキャラ

 それにしても、珍しく物事をはっきりと言わせるアニメですよねwっていうか、ただ逐一思ったことを口に出すだけじゃなくって、説明文を読んでるんじゃないかと思うくらい生真面目な文体でもある。ちょっと表現として斬新さを感じるw

■ラノベの体質

 やっぱり綱手は内容に関係なかったw元ネタなんて意味ねぇwwたぶん、マイマイ=カタツムリですから、そこから単純に綱手って名前を発想したんでしょうね。だから、元ネタにある綱手のイメージなり設定なんかは使わないで、ただただ名前を流用しただけ。この手のネーミングはよくありますよね(^_^;)ただカッコよさそうとか、意味ありげだとか、思わせぶりとか。。。やめたほうがいいと思う。うんw



 今回のまよいマイマイはよかったなぁ。もう一回見よう☆

テーマ:化物語 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/08/02(日) 04:48:01|
  2. 化物語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

コメント

はじめまして

はじめまして、化物語の感想を読ませてもらっています。

僕は先週のまよいマイマイの最終回から拝見させてもらっているのですが、凄くニートについて考えてさせられる文章でした。

化物語の感想を読むのを楽しみにしているので更新頑張ってください。
  1. 2009/08/09(日) 22:51:06 |
  2. URL |
  3. 藤川 #-
  4. [ 編集 ]

Re: はじめまして

コメントありがとうございます☆

ニートについては『東のエデン』が作品全体としてこの問題を扱っており、#06や#11に関しては自分も少しニートについて書いている部分があります。もしよければそちらもどうぞ♪

応援されることに慣れていないせいか、嬉しい反面、緊張もしますwとにかく、気負わずに書き続けようと思いますが、笑い飛ばすくらいの気楽な気持ちで読んで頂けると助かります(^_^;)ただ、長文のために気楽に読めないという意見が大多数なんでしょうけど…wどうぞ、よろしく。
  1. 2009/08/10(月) 00:17:48 |
  2. URL |
  3. 土星蜥蜴 #-
  4. [ 編集 ]

ありがとうございます

返事ありがとうございます
東のエデンも見た作品ですし、ニートについての内容も気になるのでぜひ読ませてもらいます。

言葉が足りず、緊張させてしまってすいません(笑)。ただ僕は長文を読むのが苦ではないし、たとえ長い文章であっても分かりやすく考えを説明してくれているので読んで勉強になる文章だと思っています。
  1. 2009/08/10(月) 23:01:32 |
  2. URL |
  3. 藤川 #-
  4. [ 編集 ]

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